このブログでも以前ご紹介しました

オーストリア皇妃エリザベートの結婚にまつわるお話

 

今回はその研究成果についてご紹介したいと思います。

 

1853年、22歳のハンサムな皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に見初められ、翌年、弱冠16歳でオーストリアの皇妃に迎えられたエリザベート。ミュージカルをご覧になった方は、このシンデレラ婚の経緯についてはよくご存知かと思います。

 

実際に、この結婚式は1854424日にウィーンで盛大に催されました。とはいっても、結婚のお祝い行事そのものは、花嫁がミュンヘンからウィーンに向かう道中で数日前からすでに始まっていました。

 

では、当時のオーストリア国内のムードはどうだったのでしょうか?

国民はこの新しい皇妃をどのように見ていたのでしょうか?

 

一連のセレモニーはいったいどのように進行していたのでしょうか?

この晴れやかな舞台に、死(トート)の存在を予感させる何かはあったのでしょうか?

 

当時の新聞を手がかりにその真相を追い求めてみました。

 

『清泉女子大学紀要』第69号(20221月刊行)

「オーストリア皇妃エリザベートの婚礼 : 新聞が報じたロイヤル・ウェディング」

 

 

オーストリア皇妃エリザベートの名前は、映画やミュージカルを通して日本でもよく知られています。特に宝塚や東宝のミュージカルが過去25年間に果たしてきた役割はかなり大きいものでした。彼女の生涯は現代の女性にも共感され、その足跡をたどる旅も人気があります。

 

さらにはエリザベートに関連する出版物もたくさん刊行されています。マリー・アントワネットやダイアナとならび、日本でもよく知られたヨーロッパのプリセンスであるといえるでしょう。

 

※ちなみに、エリザベートは皇太子妃を経ずにいきなり皇妃になっているため、16歳の嫁入りとはいえ、正確には「プリセンス」ではなく「クイーン(エンプレス)」です)

 

ところが、世間の知名度とは対照的に、歴史学研究の世界では彼女の名前がほとんど出てきません。日本の論文検索サイトでエリザベート関連の学術論文を探してみると・・・・。

 

検索結果で出てくるのは演劇論の論文ばかりです!

つまり、実在したエリザベートの歴史を主題とした実証研究はほとんどないのです。

 

なぜでしょうか?

 

まずは、使える史料が非常に少ないことが挙げられます。彼女をめぐる重要な資料は、死後に処分されたり非公開とされたりしてしまいました。それゆえ、本場オーストリアやドイツの歴史家にとっても難しい研究対象となっています。

 

くわえて、彼女が歴史上重要な役割を果たした皇妃ではなかったことも関係しています。美貌で有名とはいえ、王宮を離れ公務から遠ざかっていた異国の皇妃、日本の歴史研究者にとっては「どうでもいい」人物だったのかもしれませんね。

 

とはいえ、ミュージカルでこれだけスポットライトを当てられ、関心と共感を呼ぶ謎多き人物でありながら、日本のアカデミズムで黄泉の世界に葬られたままとは・・・。

 

というわけで、ミュージカル好きの歴史学者として血が騒ぎました。リアルな彼女を黄泉の世界からよみがえらせて論じてみよう!今回はミュージカル愛好家としてではなく、歴史の研究者としてエリザベートにアプローチしてみようと思い立った次第です。

 

もちろん、私はハプスブルク史の研究者ではありますが、エリザベートを専門とする歴史学者ではありません。いずれは彼女に関するまとまった学術書を書いてみたいと心のどこかでは思っていますが、まだまだ初心者の域を出ません。そこで今回は手始めに、オーストリアやドイツの古い新聞記事を手がかりに、エリザベートの結婚をめぐる真相に迫りました。

 

ご関心のある方は、清泉女子大学の学術機関リポジトリから論文をダウンロードしてご覧になってみてください。

 

 

 

さて、論文を今回書いてみて、さらなる好奇心がかき立てられました。皇妃エリザベートをめぐる物語の「始まり」がこの婚礼だとしたら、「終わり」はその44年後の葬礼となるでしょう。この二つを重ね合わせると、いったい何が見えてくるのでしょうか?

 

というわけで論文の次回作が決まりました!

エリザベートの最期をめぐる問題に焦点を当てた

続編「オーストリア皇妃エリザベートの葬礼」

に挑んでみたいと考えています。

史料調査はまだ進んでいませんが、準備が整ったら執筆に着手するつもりです。

 

 

ところで今年2022年は、ミュージカル「エリザベート」の世界初演30周年です。

 

秋には東宝の全国公演が始まります。

宝塚歌劇団や本場ウィーンでもそう遠くないうちに上演される可能性があります。

 

 

この節目のエリザベート・イヤーを迎え、私が大学で担当する「女性史」の授業でも、昨年に引き続きエリザベートを主軸に据えます。

さらに今年は、講義科目「西洋文化史講義(旧カリキュラム名:西洋文化史特殊講義)」が「女性史」の直後の時間帯に配置されているため、そこもハプスブルクで攻めてみたいと考えています。つまり、ミュージカル「エリザベート」の裏面史、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇太子ルドルフに光を当てたハプスブルクの「男性史」に挑みます。

 

「女性史」と「男性史」のぶつかり合い、ブログでもいずれその化学反応の結果をご紹介したいと思っています。

 

それだけでなく、ミュージカル「エリザベート」に特化した特別な授業外イベントも構想しています。ミュージカルを観て感性を震わせながら歴史を学び、実際の史実と重ね合わせながらさらにミュージカルを楽しむ!

こうした相乗効果に期待しながら清泉のエリザベート・イヤーを盛り上げていきたいと思います。

 

 

 

ちなみに、今年の9月に実施予定のオープンキャンパスでも、高校生を対象にした以下のような模擬授業を予定しています。

 

歴史学で読み解くミュージカル「エリザベート」(2022919日)

 

HPに掲載される講座の案内は以下のとおりです。

 

今年の秋より全国公演が予定されているミュージカル「エリザベート」。実在のオーストリア皇妃を題材にしたこの作品は、初演30周年を迎える現在でも世界中で多くの女性を魅了しています。「エリザベート」がなぜ人気なのか?その秘密はフィクションと真実の絶妙な配合にあるといえます。では歴史学が明らかにした「真実」をこの作品に重ねてみると…。史実とフィクションが織りなす「エリザベート」の魅力に触れながら、歴史を学ぶ意味について楽しく考えてみましょう!

 

 

学外の一般の方を対象にした教養講座「清泉ラファエラ・アカデミア」にも、今年はエリザベートの話を1回分(90分)組み込んでみました。文化史学科で2年目を迎える「女性史」のエッセンスがこの講座に凝縮されます。

 

この3回講座では、エリザベス1世、マリー・アントワネット、エリザベートという3名の歴史上のクイーンを取り上げることになっています。いずれもミヒャエル・クンツェ/シルヴェスター・リーヴァイが手がけたウィーン・ミュージカルの題材になった女王たちです。この3人の人物史にミュージカルのエッセンスを絡め、歴史への楽しい触れ方をお教えしたいと思っています。

 

「運命と闘ったクイーンたち 3人の女性から見たヨーロッパ史」

(土曜3回講座 2023114日、21日、28日)

https://rafaela.seisen-u.ac.jp/lecture/detail.php?lecturecd=20220403

 

ミュージカル「エリザベート」初演30周年を迎える2022年。

私にとって忙しくも幸せな一年になりそうです。

 

おわり

 

 

清泉女子大学 学術機関リポジトリ

「オーストリア皇妃エリザベートの婚礼 : 新聞が報じたロイヤル・ウェディング」

https://seisen.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1395&item_no=1&page_id=25&block_id=29