魏元忠の再登場 | 歴史で旅する

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索元禮や周興、来俊臣を処刑し失った武則天は、新たな人材を探していました。

少し前に、姚崇から「来俊臣の密告は、ほとんど作り話でした」と明かされた武則天は、

左遷、流罪に処した臣下を再び抜擢することにしました。

 

臣下に「左遷、流罪に処した者の中で、誰を抜擢するべきか」と問うと、

皆が口を揃えて、「魏元忠です」と答えました。

 

魏元忠は、来俊臣の密告によって、涪陵(重慶市)へ左遷されていましたね。

 

 

武則天は、魏元忠を呼び戻し、粛政台中丞に任命しました。

 

続いて、魏州刺史・狄仁傑と司刑卿・杜景倹の二人を、

鸞台侍郎同鳳閣鸞台平章事として、宰相に任命しました。

 

宰相に任命されるとすぐ、狄仁傑は、武則天に、

「内政と国力を整えれば、他民族が攻めてくることはないでしょう」

と言いました。

 

優秀な宰相を中心に、唐の内政は安定しました。

 

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