戦乱の世、裏切りや計略が渦巻く『三国志』の世界。ですが、血生臭い戦場記の裏側には、思わず口角が上がってしまうような人間味あふれる「ホッコリ」な瞬間が隠されています。
今回は、強面な英雄たちの意外な一面をご紹介します。
1. 魯粛:気前が良すぎる「富豪の神対応」
周瑜が軍資金に困り、地元の名士だった魯粛に相談しに行った時のこと。魯粛は「いいよ」と即答するなり、巨大な米蔵が二つ並んでいるうちの一つを指差し、「あっちの蔵を丸ごと持っていけ」と言い放ちました。
この「細かいことは気にしない」ダイナミックな太っ腹ぶり。後の大都督同士の友情が、この豪快すぎるお裾分けから始まったと思うと、なんだか温かい気持ちになります。
2. 曹操:愛馬とトウモロコシ(麦)への神対応
厳格な軍規を敷いていた曹操は、「麦畑を荒らした者は死罪」と命じていました。しかし、移動中に自分の馬が何かに驚き、あろうことか麦畑へ突進。
部下たちが青ざめる中、曹操は「ルールはルールだ。自分を処刑せよ」と大真面目に主張。結局、周囲に止められて「髪を切る(当時は首を切るのに匹敵する恥)」ことで妥協しましたが、馬の失態を自分の責任として律儀にケジメをつける姿には、どこか憎めないマメさを感じます。
3. 陸遜:若き天才は「孝行息子」
呉の若きエース、陸遜。彼は後に大都督として劉備を破るキレ者ですが、実は非常に礼儀正しく、一族を大切にする苦労人でした。
若い頃、宴会に招かれた陸遜は、出された「ミカン」をこっそり懐に忍ばせました。帰りがけにそれがポロリと落ちてしまい、周囲に「盗んだのか?」と疑われますが、彼は恥ずかしそうに「病気で寝ている母(または祖母)に食べさせたかったのです」と答えました。
戦場を焼き尽くす知略の持ち主が見せた、親孝行な素顔。これこそ究極のギャップ萌えではないでしょうか。
4. 許褚:虎のような猛将の「天然」な忠誠心
「虎痴」と呼ばれた怪力無双の用心棒・許褚。彼は主君である曹操を守ることだけに人生のすべてを捧げていました。
ある時、曹操の親戚である重鎮が「ちょっと中に入れてよ」と頼んでも、許褚は「規律ですから」と一歩も通さず、鼻であしらいました。後で曹操に「あいつは本当に融通が利かないやつでね(笑)」と褒められ(呆れられ)、嬉しそうにしている姿は、まるで忠実な大型犬のようです。
殺伐とした時代だからこそ、こうした「ちょっと良い話」が語り継がれているのかもしれませんね。