発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子

第10章 治療・療育の可能性と早期発見
       ——子どもの脳の著しい可塑性

330〜333ページ

【第10章(15)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246(2023/10/11のブログに掲載)、『発達障害の薬物療法』(杉山登志郎)、療育の方法を知りたい方は人間脳の根っこを育てる(栗本啓司)、もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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  5. 早期発見の必要性

 大人の発達障害が社会的問題としてマスコミに登場してくるほど、日本の発達障害児は長年支援が受けられず、そのまま個人レベル、家族レベルの努力で成長し、成人した人が多い。その後も増加がつづく発達障害児も、現在大学、高校、中学校、小学校で苦闘している子が多い
 米国や英国にくらべ、日本の発達障害児への支援は著しく遅れているが、その第一の理由は「ある子が発達障害であるかもしれない」という最初の発見が遅いためもある。
 1項で述べたように、ヒト脳の可塑性は「臨界期」のように、ある時期を過ぎるとまったく回復不可能ではないが、「感受性期」でも時期によって回復しやすさには大きな差がある。シナプスの可塑性と、使われていない神経回路網の “広さ” から大まかに推測すると、二歳から六歳ごろにピークがあると思われる。小学校の入学がなぜ世界共通に六歳かというと、その頃の子どもは母国語が十分使え、小学校で先生、友だちとの普通の付き合いができる時期と経験的に決めたのだろうと思う。
 自閉症に対する米国の州(state)をふくめた国レベルの対応は、かなり異なっており、歴史的な歩みも早い遅いがあるが、先進国では日本は大きく遅れをとっている。神尾陽子らの実態調査では、日本の首都圏では親が「この子はなにか違う」と気づくのが、平均二·七歳、どこかに受診するのが平均三·九歳、最初の診断を受けるのが入学直前の五·九歳で、福岡では気づき受診するのがさらに平均二年遅れ、最初の診断では四年も遅れ平均九·九歳で、これでは療育の適期を明らかに逃している
 日本の公立をはじめとする小学校は、伝統的に三〇人から五〇人のクラスに先生は一人で、これでは一人一人に目を配れといっても無理な話で、発達障害児に特別に対応してくれるのは、善意ある特定の先生に限られるのは仕方ない。
 子どもは自分たちと違う者をかなり敏感に識別する性質があり、「いじめ」の下地になる。したがって、ただでさえ対人関係が苦手な発達障害児はいじめられやすく、本人はとりわけ友だちができにくくなり、学校生活でもトラブルがおこりやすい。発達障害の子どもが増えていない昔でさえ、子ども特有の「いじめ」はよくおきていたが、五〇年前から発達障害児の増加とともに「いじめ」は増え続けて現在に至っている。
 一九九〇年頃にはADHDの子どもが授業中にじっとしていられないことをきっかけに、「学級崩壊」がよくおこり、マスコミで盛んに報道された。「学級崩壊」の原因は詰め込み教育、受験第一主義で先生に余裕がないなど、さまざまな要因が絡んでいるが、ADHD児の行動が騒動のきっかけとなりやすかったことは確かであろう。
 これらの発達障害児への対応の遅れの最大の被害者は、子どもたち自身である対人関係がうまくいかないためのさまざまなトラブルに悩み、苦しみ、それで思春期に至るまでに二次障害、三次障害がおこりやすい。「感情障害、抑うつ、強迫、精神病様症状、PTSD、被害妄想、さらには摂食障害や自殺、行為障害、アルコール関連障害など、自閉症でない人でもわずかなリスクとしてはもっているものはすべて、特に高機能の自閉症スペクトラムの人々は合併する症状のレパートリーとして持ち得る」といわれている。
 また第4章で述べたように、発達障害の子どもは《養育者》との関係もうまくいかないことが多く、虐待のケースもおこりやすい。
 発達神経毒性をもつ化学物質の曝露を避けてもすべての自閉症など発達障害の発症がゼロになるわけではない。ちょうどヨード剤でクレチン症の多発は予防できても、甲状腺機能低下症の子どもの発症は完全には防げないので、新生児検診で発症のリスクがある子どもを早期発見し、甲状腺ホルモン剤の投与に治療が遅れないようにすることと同じである。とりあえず日本では療育システムは増強されつつあり、特別支援教育も不十分とはいえ公的に広く行われるようになったので、早期発見が緊急の課題であろう。