発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子

第10章 治療・療育の可能性と早期発見
       ——子どもの脳の著しい可塑性

323〜325ページ

【第10章(12)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246(2023/10/11のブログに掲載)、『発達障害の薬物療法』(杉山登志郎)、療育の方法を知りたい方は人間脳の根っこを育てる(栗本啓司)、もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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 (2) 対症治療薬の必要性

 根源的な治療は薬では無理にしても、日常の症状で結果的に本人や周囲が困る行動がどうしても出てしまうことがある。また療育のプログラムを実際に行っているときに症状が出て、コミュニケーションがうまくとれなくなることもある。さらにもともとのコア症状だけでなく、長い間療育などケアを受けないでいたため、二次的な症状、三次的な症状としてさらに広範囲の問題行動が見られることは多く、対症治療薬が使われている。どのような子にどのような薬をどの用量で用いるかは、その子をよく診て知っている経験ある主治医の判断にまかせるしかない。
 一般の医療でも同じだが、主治医の治療法に疑問があれば、質問してよく説明してもらう納得がいかなければ、セカンド・オピニオンをもらいに他の専門医に行くことは、最近の医学界では常識になりつつある。
 小児・児童に正式に使える向精神薬、抗てんかん薬は一般になく、自閉症の対症療法には、現状では多くの成人用の向精神薬などが医師の責任で処方されている(ピモジドには自閉性障害への適用あり)。きちんとした臨床試験での「多数の自閉症児に有効で副作用が少ない」という治療効果の証明は、個人差が著しいなど困難が多いからである。
 ADHDについては、多動を抑制するなどの効果が高いリタリン(化学名:メチルフェニデート)という対症療法薬が古くから処方されてきた。「覚せい剤がなぜ多動を抑えるのか」との疑問もあったが、運動抑制系を興奮させるためと思われる。もともと覚せい剤である上に、効果が持続せず一日三回の服用が必要で、学校などでの管理がむずかしいなどの欠点があった。
 しかも安易に使用し続けると一八歳以降の成人では当然覚せい剤として作用するので、依存性をおこし自殺した例もでた。さらに難治性うつ病などと一般開業医に診断してもらい処方箋を手にいれた若者などによるリタリンの乱用がはじまり、二〇〇八年からはナルコレプシーなどに用途が限定され、特定の専門医しか処方できなくなった。
 ADHD対症治療薬としては日本では二〇〇七年からコンサータというメチルフェニデート徐放剤が使われるようになっている。
 ADHDのHD:多動性、衝動性については、このように薬物で対症療法とはいえ “治療” できるので、同じ 「発達障害」、「シナプス症」でも、発症メカニズムは自閉症よりは単純で、ドーパミン系の抑制神経回路の一部のシナプスの異常と考えられる。一般に一八歳頃から、メチルフェニデート剤が、本来の「覚せい剤」として働くことは、問題のあったドーパミン系のシナプスも成人型に発達するのであろう。
 ADHDの子どもが思春期を過ぎる頃から、これらのシナプスの発達が追いつき、結果として「自然に治る」と言われることの背景であろう。
 ADHD(発達障害)の子どもの脳も発達するのである。
 ただし、AD:注意欠如の方のシナプスは成人になっても、あまり改善しないことが多く、しかも注意欠如に限っては、かかりやすさを決める遺伝子背景に男女差がなく、HD:多動性が男子に多いことと対照的で、より複雑な神経回路、シナプスの異常が想定される。
 いずれの対症治療薬でも、次の (3)Aで述べるように原理的な副作用の可能性は、子どもごとに異なる遺伝子背景もあり完全には否定できないので、治療効果によるその子(家族や学校の先生)の利益と副作用のリスクのバランスとなる投薬の際にインフォームド·コンセントを行い、よく理解してから使うべきである


【引用者注2021年1月現在、日本で保険適用となっているADHDの症状を改善する薬は4種類に増えており、アトモキセチン(商品名:ストラテラ)、メチルフェニデート塩酸塩(商品名:コンサータ)、グアンファシン(商品名:インチュニブ)、リスデキサンフェタミン(商品名:ビバンセ)となっている。これらはいずれも根本治療薬ではなく症状を抑える、または一時的に改善させる薬である。そのため、服薬をしている期間にだけ効果が持続するが、服薬をやめると症状が再び現れるという欠点がある。また、人によっては副作用が強く現れる場合もある
 自閉症(自閉スペクトラム症:ASD)の治療薬は無いが、さまざまな症状を抑えるために上に挙げたADHD治療薬が使われる他に、易刺激性に対してアリスペリドン(商品名:リスパダール)、二次障害として現れるうつ症状やパニックに対して各種のSSRIや抗うつ薬や少量の抗てんかん薬漢方薬(桂枝加竜骨牡蠣湯、十全大補湯、補中益気湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、半夏瀉心湯、抑肝散、甘麦大棗湯など)、フラッシュバックに対して漢方薬(桂枝加芍薬湯 + 四物湯)やアリピプラゾール(商品名:エビリファイが有効なこともある。漢方薬を扱うことができる精神科医は少ないため、現在服薬している薬で症状が改善しない場合や副作用がひどい場合には、漢方薬を扱える精神科医にセカンドオピニオンで意見を求めるのも一つの方法である。

詳しくは『発達障害の薬物療法』(杉山登志郎)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243〜246 を参照のこと