発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子

第10章 治療・療育の可能性と早期発見
——子どもの脳の著しい可塑性

312〜314ページ

【第10章(7)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246(2023/10/11のブログに掲載)療育の方法を知りたい方は人間脳の根っこを育てる(栗本啓司)、もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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  (6) ニコチン性アセチルコリン受容体を介する可塑性の調節
 ごく最近、 この後に述べる実験動物の「臨界期」の終了の調節メカニズムのように、ニコチン性受容体を介したアセチルコリン系の調節が非常に重要である事が分かってきた。
 弱視(難聴)は幼児期から小児期の間に適切な視覚刺激(聴覚訓練)を行わないと、矯正が困難になると言われる。マウスでは視覚修正の「臨界期」は生後二三日頃に始まり、三七日頃までに終了する。この「臨界期」の終了には、軸索の伸展を抑制する分子群のいわば「分子ブレーキ」の発現がかかわっており、これまでにコンドロイチン硫酸タイプのプロテオグリカン(細胞外マトリックスの構成分子)を主成分とするニューロンネット周辺体(perineuronal net)やミエリンからの情報を受ける Nogo 受容体が判明していた。
 森下博文ら(米国マウントサイナイ医科大学、フリードマン脳研究所)は、ニコチン性アセチルコリン受容体の措抗阻害薬として神経薬理実験に多用されてきたヘビ毒のα-ブンガロトキシンと類似の構造と作用をもつ内在性のタンパク質Lynxlも「分子ブレーキ」となっていることを発見した。一次視覚野に多いニコチン性受容体を抑制する Lynxl の働きで、興奮抑制のバランスを介して可塑性の調節が行われているらしい。この分子メカニズムを応用した脳の可塑性を調節する薬物は臨床治験中であるという。
 第8章でのべた、有機リン系、ネオニコチノイド系農薬などは、ヒト脳の発達の重要部分に、このようにアセチルコリンやニコチン性受容体が深くかかわっていることなどまったく知らないで開発・販売され、しかも母親や子どもに曝露しやすい農薬、殺虫剤として現在でも私たちの周囲で使用されているのである。
 このような「脳の可塑性」の実体ともいえるシナプスの可塑性は、自閉症など発達障害、統合失調症、うつ病などをはじめとするDOHaD型の「シナプス症」の基本メカニズムとして、療育の適期の問題だけでなく、精神疾患/発達障害研究の重要なテーマの一つであろう。