『発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子

第3章 日米欧における発達障害の増加
        ——疫学調査の困難さと総合的判断
85〜87頁

【第3章(11)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、『栄養素のチカラ』(William J. Walsh)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246 、療育の方法を知りたい方は『もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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  4. 総合的判断による発症の増加

 最近、この増加 “論争” は、さまざまな証拠を総合的に考察すると、ほぼ決着がついたと思われる。
 発症児の実際の増加の議論には、今まで議論の対象となっていた有病率の疫学調査だけではむしろ不適で、また、それだけでしか証明できないわけではない。増加の有無は、発生率の変化など多くの他のタイプの疫学調査や他の研究論文、情報で検討できる
 まず通常の疫学調査ではないが、古くから行われているカリフォルニア州での自閉症児の登録制度による、発生率の調査としては桁違いに規模の大きなデータベースが解析された。
 図3-4は一九九〇年から二〇〇六年までの新規登録児数をもとに作成されており、この間に自閉症と診断登録された子どもの数は、七倍以上に増加した。これらの「新たに発生した」自閉症児数の増加が、本当に発生率の増加なのかについて、年度ごとどころか四半期ごとの診断年齢も分けてある綿密な自閉症児数のデータを緻密に解析した論文が二〇〇九年に出た
 細かく年齢ごとの年変化が追えるので、診断基準が変わった一九九三〜九四年の影響が検討できる。「増加していない」説の中心だった①の「診断基準の変化説」について、当然そのための見せかけの増加はあるが、せいぜい全体の四〇%だという結論がでたすると残りの増加の約六〇%が②の専門医に診断に行く子どもの数の増加ですべて説明されるか、が問題となる。日本と違いカリフォルニア州は「自閉症の先進地域」で、すでに一九八〇年代から自閉症の子どもは社会的な関心を大きく集めており、この地域では「それまで自分の子が自閉症とは知らなかった親たちが子どもを医師に連れて行く」ケースは、最近はそれほど多くないと考えられる。少なくとも増加分の残りの六〇%をすべて受診率の変化だけで説明するのには、現地の事情を考えると大きな無理があろう
 もともと、この診察を受けない子の割合は、自閉症が良く知られていなかった昔には確かに多かったが、この数が現在どうなっているか、具体的数字をあげたデータは提示されていない。「増えていない」という主張は、コラム3-2で述べた疫学の困難さ、「個々の論文だけでは一般に結論が出せない」弱点をついて、不十分さを指摘しているだけの消極的な “議論” にすぎない
 山中伸弥(京都大学再生医科学研究所)らの「iPS細胞ができた」という論文がでたとき、特許獲得競争がらみと思われるが、論文の細部の不十分さを指摘して「できたかどうか、分からない」とコメントした人がいたらしい。しかし複数の研究者がすぐに追試し実際にiPS細胞ができたので、“反論” はただちに消えてしまった。このようにすぐ「正しさ」が分かりやすい実験医学・生物学と違い、疫学では正しい結論がでるまでに非常に長い時間がかかる場合がある、欠点がある。