『発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子

第3章 日米欧における発達障害の増加
        ——疫学調査の困難さと総合的判断
73〜74ページ

【第3章(2)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、『栄養素のチカラ』(William J. Walsh)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246 、療育の方法を知りたい方は『もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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【コラム3-2】
  疫学調査の重要さ、困難さと限界
 疫学の有効性は一八五四年ロンドンでのコレラ大発生の原因を飲料水経由と突き止め、その後の感染症予防に役立った歴史が有名である。
 現在でも「疾患や障害にどんな原因が関与していたか」を探る非常に有力な手段である。ことにスモン事件のキノホルムのように処方箋で特定の個人の曝露量、時期がわかる場合、水俣、チェルノブイリ、フクシマ原発事故のように特定の工場、原発の周辺で被害がおこる場合は、因果関係の推定が容易で、さまざまな健康被害の実態が明らかになる。
 しかし、PCBや農薬のように全国的に不特定多数への曝露がひろがってしまった場合は、疫学での因果関係の推定はむずかしい
 そもそも疫学とは病気などの発生とそれに関わる原因の相関関係を調べるもので、「相関関係は因果関係と同じでなく、因果関係の必要条件の一つである」。すなわち「その要因がヒトに実際にその病気をおこすか」という因果関係は、医学・生物学的知見・証拠でも立証されなければならない。最近では毒性学の進歩で、多くのケースで調査時にすでに因果関係を示唆する実験データが多数報告されていることも多い。
 巻頭の「はじめに」に示した米国小児科学会の「発達障害の原因の一つとして農薬があると考えられるので注意」という声明は、疫学的相関関係を示した論文が多数出た後に社会に公表されたが、付帯されたTechnical Note には、それらの疫学調査以前から報告されている因果関係を示す多数の実験論文が証拠としてあげられていた。二つはお互いに補完的なのだ。
 疫学原理的にもう一つ困った点がある。「事後の予防に役立つ」のだが、「事前の予防には役立たない」のだ。
 疫学調査の限界の一つに「患者・被害者数が統計的に検討できるほど十分に増えないとその調査自体が開始できないことである。これはコレラのような “流行感染症” が問題だった一九世紀の社会では目をつぶれたが、二〇世紀半ばからおこった潜伏期が発達障害やガンのように、何年、何十年と非常に長い潜伏期のある遅発性の病気では問題となる。疫学調査の結論を待っていられないので、近年EUなどで「予防原則」が重要視されはじめた背景の一つである。
 第一に、事後では原因と発症の間に時間が経ち過ぎ、調査した人達が過去にその原因にどれだけ曝露されたかの確かな情報が得にくいのである。
 したがって、相関関係の証明でさえ一般的に簡単なことでなく、各種ガン患者の異常といっても良い近年の増加の原因が、医学的にはっきりしていない理由の一つになっている。