『発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子
3〜5ページ

【はじめに(2)】
.....................................................................

※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、『栄養素のチカラ』(William J. Walsh)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246 、療育の方法を知りたい方は『自閉症スペクトラムの子どもの感覚・運動の問題への対処法』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
......................................................................


 1. 発達障害の原因と予防、発症メカニズムと治療・療育
 この本で、発達障害の子どもたちにかかわっている方々、興味をお持ちの方々に伝えたいことは、大きく分けて三つある。
 第一は、脳の仕組み働きの原理「遺伝と環境の相互作用」のヒト脳内での実態である。
 さまざまな環境要因で、遺伝子の発現が変わり、異なった神経回路(シナプス結合)が形成・維持され、シナプスの可塑性を通じ変化していく。自閉症など発達障害の発症では、これまで遺伝要因が過大評価されてきた。しかし子どもたちの発症の、少なくとも増加の原因は、環境要因による。
 第二は、原因が環境要因とわかれば、原理的に予防できることである。
 ヒト脳、ことに胎児期からの発達中の脳は、シナプスを中心に化学物質情報が飛び交う「複雑精緻な化学機械」で、ことにシナプスが外部からの人工化学物質の侵入に、成人の脳よりはるかに脆弱で遅発性の発達神経毒性による障害をもたらす(4章、図4 - 2に概念図)。



 証拠はこれから述べるが、自閉症など発達障害増加の原因のかなりの部分は、発達神経毒性をもつPCBや農薬などの環境化学物質汚染が日本で四〇年以上にわたって進行していることによるものと考えられる。これら毒性化学物質の母体から胎児への曝露、乳児、小児への直接曝露を防ぐことにより、その分のリスクは予防が可能となる。
 第三は、発症メカニズムと治療・療育の可能性である。
 発症メカニズムは、症状となっている脳の高次機能をになっている特定の神経回路(ことにシナプス結合)の異常である。分子、細胞レベルの脳神経科学を長年続けた経験からいえば、統合失調症、うつ病、双極性障害などと同じく「シナプス症」の一種と考えられる(5章参照)。これによって自閉症など発達障害児の症状にみられる著しい多様性(heterogeneity)と併発・合併性(comorbidity)が容易に説明できる。
 また脳神経科学が明らかにしている、幼児・小児期の神経回路形成、シナプス結合の大きな可塑性を考れば、個人の症状に合った治療・療育を早期から行うことができれば、症状の改善・回復は原理的に可能で、現実に「治った」といわれる自閉症の例は、最近三〜二五%と報告されている。
 これらの議論のベースには、「発達障害の発症しやすさ」と「治りやすさ」にかかわる遺伝子背景(関連遺伝子群)がある。発達障害はシナプス関係をふくめ、自閉症だけでも判明しているだけで数百から数千種の遺伝子が関係するといわれる著しい多因子遺伝疾患で、詳細はまだよく分かっていない部分もあるが、おおまかな全体像は分かってきた。
 これらの情報・議論のあるものには「今まで聞いたことがない」と驚く方が多いかもしれない。その理由は、発達障害をおこす脳そのものの構造や機能を統合的に研究している脳神経科学者が、これまでは、発達障害の研究を実際にはあまり行っておらず、最新の脳神経科学ことに脳の高次機能の分子・細胞レベルの情報が膨大で理解しにくいことに加え、発達神経毒性をもつ化学物質の情報が、あまり公になっていなかった事情がある。