紀元前300年ごろからを弥生時代と呼びます。


弥生時代というと「稲作」ですが、実は稲作は縄文時代後期に既に行われていたことが最近の調査で


判っています。歴史認識というものは時代と共に変わりますね。


出土された骨などから弥生時代になり食生活をはじめ生活が変わったせいもあり、縄文時代に比べると


平均身長が10cmほど伸び、いかつく狩猟的な体格から華奢な体格に変化しているそうです。


農耕民族、日本人のルーツがこの時代にあったのですね。



そして、農業によって豊かになったことと反して、遂にこの時代から戦争を始めてしまいます。


稲作によって食糧事情は安定供給になり、呪術を中心になると思いますが政治が始まり、


支配階級が生まれ争いが起こる。世界の歴史と例外なく、やはり日本でも戦争は起こるのです。


もともとは農業をより効率的にするために生まれたはずの銅や鉄は、剣や矛や弓と武器になります。


教科書で習った弥生時代といえば豊かで平和な時代でしたが、各所で戦争の跡も残っているのです。


人々が組織し国を作り、利権を求めて戦う。考えてみると人類はこの時代から進化していないのかもしれません。


そして、この小国を束ねる日本で最初の国家とされる「邪馬台国」が出現するのもこの時代ですね。


未だ謎は多いですが「魏志倭人伝」により、日本史上はじめて国家として記録されています。



縄文時代といえば、ドングリなどを拾って土器に入れて保存したり、狩猟中心で各地を転々とし


不安定な生活を送っている。


なにしろ農業が始まる前なので、私も含めてそう思っていたのですが、最近出版された本などを読んでみると


どうやら、これらは間違った定説だったようで、覆されています。


まず縄文人は集落を成し、陸地での狩猟に加え、船を使った外洋なども行っていたことがわかっているようです。


さらに土器を使い、食べ物を火にかけ、アクを取る、かまぼこに近い加工食品を作る、


秋にとれる腐りにくい食物は保存していたなど考えているより高度な生活を起こっていたようです。


また、この時代から呪術などが存在し、縄文土器にはこれらの影響をうけているものもあります。







日本誕生から書いていきたいと思います。


約3万年前、当時氷河期で、日本は地続きで大陸からナウマン象を追いかけて日本に渡ってきたと


考えられています。当時は北海道側も九州側も大陸とつながっており、北海道側からはロシア系、


九州側からはモンゴロイド系が入ってきて、これが日本人のルーツであると考えられているようです。


この時代は旧石器時代といわれ、単純に石を砕いただけの石器を用いていました。


ここから日本人が土器を使い出すのが1万2千年前ですから約2万年の歳月を必要とするわけです。


西暦がはじまって、たかだか2000年ですから、この時代はまだ動物の進化の延長上のようなタイムラインです。