給食の時間の直前に、かきぴーのミスで上げ膳リフトが止まってしまった。
その後どうなったかというと……
私が給食室に戻ると、スタッフのみなさんが外作業エプロンに着替えようとしているところだった。
チーフは栄養士の先生のところに報告と修理業者の手続きに行っていた。
「みなさん、すみません!」
私はまず頭を下げ、それから
「どうなるんでしょうか…?」
とおそるおそる原田さんに聞いてみた。
「チーフが今、先生のところに行ってる。
サブチーフと菊永さんと吉住さんで、出せなくなった食器を、
スタッフの分や予備から出して揃えてるとこ」
不幸中の幸いというべきか、
エレベーターに閉じ込められたのは2クラス分の食器で、
食べ物はまだ乗せていなかった。
チーフが戻ってきた。
「エレベーターの業者が来るのは、早くても3時だって。
これからみんなで、食器と食缶を階段で上げるよ。
食事前の運動だと思ってがんばろうね!」
「はい!」
みなさんが声を揃えて返事をするなかでも、私だけはまともにチーフの顔を見られない。
「すみません、みなさん、本当に申し訳ありません…」
そんな私の肩に、チーフが手をかけた。
「かきぴー、やっちゃったことはしょうがない。かきぴーも一緒にがんばろうね!」
胸がいっぱいになった。
「…はい…!」
そして、チーフはさらに、私の耳元で声をひそめてこう言ったのだ。
「先生には、エレベーターが原因不明のトラブルで止まったと報告したから、
ここから先は、『自分のミスです』とか『すみません』という言葉を、絶対に口にしないでね。
特に先生の前では」
私の一番大事な仕事は、これだ。
“騒ぎ立てないこと”
それからのみなさんは、無駄口を一切叩かず、見事な連携プレーで動いた。
まず各階の台車を先に上げ、それから食器かごや食缶を上げていく。
給食室から階段へ。
階段から各階へ。
台車に載せて配膳室へ。
3階が終わったら2階へ降りてこの作業を繰り返す。
これと並行して、普段通りに動かせる1階の配膳室は、1年生が早めに取りに来るので、
担当者が1人でセッティングした。
途中で4時間目が終わるチャイムが鳴り、
3階2階の配膳室には、待ちかねた給食当番の子ども達や先生方がどんどん取りに来た。
いつも早めに配膳室に上げるので、
これほどの手間をかけながらも、チャイムが鳴ってから10分以内で、
すべての階に給食を送ることができた。
「なんとか間に合ったね!みんな、お疲れ様でした!」
やっと自分たちの食事にありついた席で、チーフとサブチーフがみんなをねぎらった。
「悪いけど、今日はいつもよりお昼休みを10分早く切り上げて、さっきの手順でまた下ろして行こうね。
今度は、大きな台車を出して、降りてきた食器をどんどん乗せていこうか。
食器が先。食缶は後ね」
ああ、みなさんのお昼休みを短くしてしまったのは誰だよ。
また、情けなくて、涙が出そうになった。
でも、チーフに「すみません」を禁じられてしまったから、それも言えない。
いや、そんな言葉を口にしたところで、自分への言いわけにしかならないんだから…。
改まった口調で、菊永さんが私に聞いてきた。
「柿崎さん、つまり、扉を早く開けすぎちゃったってこと?」
かきぴーではなく“柿崎さん”と呼びかけてくるところが、菊永さん、マジだ。
「はい…子どもたちにせがまれまして…」
「それは言いわけだね。子どものせいにしちゃいけないでしょ。
もっと落ち着いて仕事しようね」
うう、きつい。
でも、きついことを言ってくれた方が、有難いんだ、こういう時は。
「チーフが先生のところに行って説明するのにどんだけ気を使ったか。
うちは委託会社だからね。うちがエレベーターを故障させた、ってことになったら、
委託契約を切られるかもしれないんだよ。柿崎さんのミスは、柿崎さん1人じゃすまないの。
そういうこともわかっておこうね」
というわけで、午後もバケツリレーで食器、食缶、台車を下ろし、
洗いものに入った後はいつも通りの作業で、30分残業して1日が終わった。
エレベーター業者が来たのはパートスタッフが帰った後だった。
翌日、出勤すると、エレベーターはすっかり元通りになっていた。
この地区を統括するエリア担当課長が本社からやってきた。
チーフとしばらく話した後、私が呼ばれた。
もしかしたら、クビか?!
「柿崎さん、あなたも含めて、みんな、いつも一生懸命、美味しい給食を作ってくれますよね。
その給食を子ども達に届けるためには、まず何が必要だと思いますか?」
なんだろう?
「どんなに美味しいものを作っても、それが子ども達の口に届かなければ何にもなりません。
温かい物は温かく、冷たい物は冷たい状態でね。
そのためにあるのが、エレベーターです。
エレベーターは、給食室と給食を食べる人たちをつなぐ、一番大切な道具なんです。
そのことを忘れないで、エレベーターを操作してください」
エレベーターは給食室と食べる人をつなぐ一番大切な道具、かあ…。
そんなこと、確かに考えてもみなかった。
もう二度とエレベーターを止めたりしないぞ。
扉を開けるときは、一呼吸おいて…。
ボタンの押し間違いなんかも………
怖いよ、エレベーター。