「せめて○○大学には入って貰わないと…」、「この子のためだから」
あなたの憤りはわかります。お母様も塾で教えていたとき、度々聞いたことばですから。
大学にね、芸術を愛するひとりの男の子がいました。
前衛的な音楽と絵画をこよなく愛し、その良さのちっともわからないお母様たちに澄んだ眼を、文字通りきらきらさせながら前夜のコンサートの素晴らしさを伝えてくれたものです。
いつも同じワインレッドのセーターに穴の空いたジーンズ。でも冬休みにお家に招待してくれたとき、代々市政を預かるお家の長男であるのを知り(大学では兄弟の有無さえ知らないお友だちが大勢いました)、泊めていただいたお家はお城のようでした。
「美大へ行きたいけど」と敷地内の小川に沿ってお母様たちを案内しながら友人はいいました「ここを継ぎたいから。…だって美しいだろ?」
法学は彼の選択でした。
一年後、日本への帰国を前に大陸を訪れたお母様に会いに来てくれた友人は、一年遅れて入った法科を落第し、二歳下の弟さんと同学年でした。
「兄は留学が楽しかったようです。僕は直接大学に入ったからその楽しみを知らないんです」
屈託なく笑う弟さんを「こいつは優等を取ったんだ」と誉める友人の眼がほんの少し悲しげだったのが長く心に残りました。
当時はよく思ったの、法科へ進んだのが間違いだったのではないかしら、と。でも今はどちらの道を歩んでいるにせよ幸せであれるのだと、全てが糧になったといえるのだと思います。
お城のようなお家はわかりませんけれど、小川も樹々も公園や森にありますものね!
喜びと恐れ、不安、焦燥、希望…感情は揺れ動きます。
でもいつか私たちが自らの幼さに倦んで脱皮したとき知るのでしょう、ある意味、喜びも希望も愛も意思であると。
そしてね、未熟だったことを他人事のように笑えるのかもしれませんよ、「何と愚かであったことか!」と。それは祝福ね。
不安も焦燥もすべては必要だった、ここに至るために---そういえる日が来ますように。
お子さんにすべてが糧に「なり得る」、と伝えるのはどうかしら?
表層ではたくさん思い煩って、でも一番底では心配しなくてよいのだと。
お祈りとともに、
母
