リジャムさん,少し痩せましたか?

 

看護婦さんが僕のはだけた胸を見て言った。

 

  ええ,ダイエットしてるんです。

  なかなかうまくいかなくて。

 

  アハハ。

 

看護婦さんは声を立てて笑った。

 

  今更どうでもいいようなものだけど,

  それでも服装と同じだから。

  服装を整えるように体型も整えておこうと思って。

 

笑われて,僕は一生懸命言い訳をした。 

しかし,死までの時間を考えれば本当にどうでもよいのだ。

 

ここに治療に来る人はみんな余命が限られている。

痩せたって太ったって延命には何の効果もない。

ちょっと痩せて見た目が少しばかりよくなっても,いずれすぐに死ぬ。

それにガンが進行すれば放っといても自然と痩せる。

若い看護婦さんが笑うのは無理もないと思った。

 

  私もダイエットしているんですよ。

  少しも効果がなくて。

 

大きなマスクの上で彼女の目は屈託なく笑っていた。

「ああ,そうなんだ」と思った。

彼女は僕のダイエットを笑ったのではなかった。

二人に共通した成功しないダイエットを笑ったのだ。

 

  ○○さんは太っていませんよ。

 

ネームプレートを見ながら名前を言った。

ここでは全員がナース帽を被り,夏でも冬でもマスクをしている。

目と額の一部しか見えないので顔を覚えることができない。

街で会っても「ああ あの人だ」とは気付かないだろう。

もう一年近くお世話になっているのに名前を覚えていなかった。

  

  そんなことないですよ。

 

  そうかなぁ。

  必要ないのに。

 

言いながら目をネームプレートの上,胸の辺りに移した。

確かに白い生地がピンと張りつめている。

このままいったら間もなくナース服をワンサイズ上げなければならない。

 

  はい終わりました。

 

点滴の針をガーゼとテープで僕の胸に留め終えたのだ。

はだけていた胸を仕舞い,シャツのボタンをかけ始めた。

 

  あっ,自分でできます。


いつもついそう言ってしまう。

本当はあなた任せに身を委ねていたいのに。

生真面目な男の習い性で,いつまで経っても羽目を外すことができない。

 

  それじゃあお願いします。

 

彼女はそう言い残してベッドを離れ,僕は寝たまま四時間ほど点滴を受ける。


点滴はそれで終わりではない。

帰りには薬液の入ったカプセルをいただき,家でも丸二日間続ける。


ただ,点滴自体は少しも苦痛ではない。

そのあとの副作用が大変なのだ。

吐き気がして四五日ものが食べられない。

それが収まると飢餓状態だった分猛烈な食欲に襲われる。

食べても食べても食べる手を止めることができない。

それで結局だいぶ太ってしまった。

止まらない手を止める何か方法はないものだろうか。