- 前ページ
- 次ページ
正しさとは 愚かさとは それが何か見せつけてやる
(Ado/うっせぇわ)
れいとです。おはようございます。
れいとの研究室へようこそ。顔は出しても出さなくてもいいです。自分は出席は取らない主義なので。
というわけでゆっくりしていってね!
私の現実世界は基本的にあまり変わることはなく回っているのですが、人様のおうちにお邪魔するさせていただくことになりました。明日から。
そう。明日から。
これは支度しながら打ってるからもしかしたら日付けも変わってるかもしれない。
そこで私は正しい人間の振る舞い方を考えたりしたわけです。
どうすれば正しくなれるのか。そんなことを。そして正しさを得たら明日から実行しようと。
そんなこと無理なんですけど。
まぁ当然のごとく無理。仮に正しさを見つけたとしても1日やそこらどころか数時間でそれが身につくのか?という話である。あったらこの人生の中でとっくにやってるわ。馬鹿か何かなのか?
まぁそんなこんなでうっせぇわを思い出したわけですね。私は結局この歌をめちゃくちゃ世渡りがうまい頭がまわり立ち回りもうまい社会人の健康的な歌、と認識してるし、得たものは私の現実世界にない上の立場の人間との飲み会の仕方くらいなんですけどね。どっちかというとAdoさんの楽曲だと阿修羅ちゃんの方が好きです。syudouさんはビターチョコデコレーションとかの有名楽曲やプロセカ書き下ろし曲くらいしか知らないので今後チェックしたいアーティストのひとりです。
……私はもっと世間との評価とかを意識した方がいいですね。少なくともブログを書くためには。うっせぇわに対して賛否両論とか見たような気がするけどそのとき思ったのが器のちっせぇ世間だなという感想で特に興味も持たなかったので。
というかわくわくしながら聴いてみたらどこに出しても恥ずかしくない模範的な歌で、がっかりしたな。これに賛否が集まる世間に。Adoさんの声はかっこいいので好きだなそれくらい。
そう。
正しさとは 愚かさとは 何とやらを思ったより私に見せつけてくれなかったという話である。
見せつけてくれよ。お願いだから。私に教えてくれよ。やきとりの串を外すことくらいしか使えないし、それすら使う機会ないわ。社会不適合ニートなのでまずそんな集まりないし。
あまり人間関係のために自分を悔い改めることないんですけど、今私に関わってくれる人は私にとってだいたい大切な人なんですね。
しかも家にお邪魔することを考えれば正しさを身に付けておきたかった。少しくらい。
これ、私が明日からお邪魔する人に見えるんですよ。そう思うと愚かさとはこういうことなのかなとも感じないことはないけどアメブロ教えてくれたのもこの方だしな……。
あまり個人への感情とか綴っても読んでておもしろくないのでなるべく省いてます。というか私自身そういうのが好きじゃない。他人へのラブポエムとか知らねーよって思う。個人間で伝えとけよ。読んだことないけどカップル日記とか見たことないけどカップルYouTuberとか興味ない。見たら変わるかもしれない。分からない。自分ほど信用できないものはないので。
そもそもだいたい自分の読みたいものしかかかない。ブログしかり創作しかり。その件に関してはプロじゃないし、くらいにしか思ってない。プロになりたいと思わないわけではないけど。
というわけで阿修羅ちゃん良い曲だな。さっきからずっと聴いてる。知ってるかもしれないけどよかったら聴いてね。私はNeruさんのファンなのでめちゃくちゃ嬉しいね。今度Neruさんについてもなんか書きたいね。やるか分からんけど。あとなんかおススメの歌とかアーティストとかコメントに置いておいてくれたらうれしい。チェックできる範囲でチェックしたいので。
では。
本日もお読みいただきありがとうございます。
しあわせに過ごせることを願います。
れいとの研究室
ハルヒの可動域すごいな……。 pic.twitter.com/JguKcseH1e
— ダ・ダ・恐山 (@d_d_osorezan) 2021年11月30日
これはAIノベルといって、ある程度の文章を書くとAIが続きを考えてくれる、と言ったツールだ。
言う通りにしないと……刺すから
見てないんだ。見てないんだ、見てないんだ見てないんだ見てないんだ見てないんだ!
見てないのに私、こんなことしちゃったんだ! あは!あはは!あははははははははははは!あははは!あははははははははははははははははははははははははは、ねぇ、北条君
天才月澪彩葉の精神病質学(サイコパス)研究ノートより明乃麗奈
私は、常々、人間とはなんだろう、と考えている。
普通の人生、普通の生活、というが、実際のところ普通とはなんなのか私には分からない。
それはひとえに、私自身が『普通』を熟せなかった人間であることに起因しているのかもしれない。
世の中が掲げる『普通』に、多少の反発や疑問はあれど普通に従事できる人間は普通であることを概ね受け入れて生活ができる。
難しい前置きをした。要は、私は人間に興味がある。ステレオタイプな人間などもう見飽きた。理解できない人種ほど見ていて楽しいモノはない。人間はもっと自由であるべきだと。そう思っている。
そういう理由もあり、私はいろいろな本を読んでいる。
今日はその中の一冊を紹介させていただく。
『天才月澪彩葉の精神病質学(サイコパス)研究ノート 著玄武総一郎』
自分に理解できないサイコパスに会いたい――
そう願ってサイコパスの研究を続ける月澪彩葉。彼女はその専門を生かし、警察の事件捜査にも協力していた。だがあるとき、サイコパスの犯行ではあるが、動機が全く分からない殺人事件に遭遇してしまう。
第二、第三の凶行が続く中、事件解決の鍵となるのは、みただけでサイコパスを見分けられる「共感覚」の持ち主、北条正人だった
ここまでがあらすじである。私はあらすじを書くのが苦手なので本の後ろに書いてある文面を打ち込んだだけだが。
とにもかくにも、ミステリの一種類だと思ってくれればいい、と思っている。読み口はラノベに近い。文章は固くない。そもそも調べてみたらこの本はアルファポリス文庫のラノベらしい。ラノベミステリ。好きな方は好きなのではないだろうか。私の好きな本のひとつにラノベレーベルから出てるものがあるのだが、重いラノベと評されている。異例だの異色だのとも評されている。カルト的人気がある。そんな感じ。そういった経緯もあり、自分の好きなジャンルは何かが分からない。そのため、ラノベだから読む・読まないを決めるポイントにはならないのだが、これからはそういったカテゴリにも注目してみたいと思う。
話を戻す。
サイコパス、わりと聞きなれた単語のひとつではあるな、と思っている。それぐらい日常的に使われている単語と言ってもいい。
そもそもサイコパスの説明を簡単にすると。
「サイコパスとは主に異常心理学や生物学的精神医学などの分野で使用されている心理学用語で、サイコパシー(psychopathy 精神病質)を有する人、つまり精神病質者を指します」
「サイコパスの特徴を満たす疾病者に対してはサイコパスを含む広い概念である「反社会性パーソナリティ障害」という診断名が使用されています」
(まんがでわかる隣のサイコパスより引用)
とあることを念頭に置いて、話を進める。
ぶっちゃけ、サイコパスって随分軽い言葉だなって思うんだが。
ちょっとやべぇやつ見たら、あいつはサイコパスだ、異常だ、頭のねじが吹っ飛んでる奴だ、なんて早急な決めつけにラベリング。
正直言って、おもしろくない。
凶暴性を持て余しただけのキャラクターをサイコパスとして紹介されているのを見るとがっかりする。
はぁ? その程度でサイコパスキャラを名乗ろうとするなんて甘いわよッ!
ってなわけで、私は登場人物のひとりである月澪彩葉さんにとても共感を抱きました。
長いのでところどころ略を使って引用させてもらうが
「人間ジュース事件」(略「狂気のぬいぐるみ事件」(略「指切りげんまん事件」(略「絶対王政事件」(略
ああ、なんて……なんて普通な事件。
どの事件も、新聞や週刊誌が大げさな見出しと飾り文字で異常な犯罪だと煽り、騒ぎ立てていた。
「心の闇」「異常な心境」「サイコパス」「狂人」「狂気」「理解できない行動」……
異常? 理解できない? 違うだろ
分からないということにしたいんだろう?
私は彼女のようにリアルの事件を追っているわけではないし、単純にグロ画像が苦手なゆえ本や記事、またはフィクションでしか見れないので同じ目線で追っているというわけではないのだがそれを差し置いてもらえばすごく共感できる。
その通りだ。なんて、普通な事件。
自分が異常者であることを自称し、紹介される人間ほど、実は至って平凡。平凡というか、面白くない。がっかりだ。
そんな彼女が共感覚を持つ、北条正人と組んで人間を調べていく、そんな話だ。
冒頭にあげた、明乃麗奈のセリフがあるのだが、私は好きだが、これだけでは足りない。
狂気性があると言えばあるのだが、これがこの作品で狂気であると定義されてしまったらそれは、少し期待外れだ。
しかし。
この結末に対し、月澪彩葉は「やはり、こんなものか。あまりにもチープだ」と評した。
さらに。
だから僕は、今日もまた考えるのをやめた。
そう、北条正人こそがその一人者であったわけだ。
北条がかき乱される思考の中、壁一面に張った月澪彩葉の写真に「ね、先輩」と微笑む。
そして流れ続けていたテレビから、サイコパスの種類の説明が入る。
【デミ・サイコパス。
サイコパスと一般人の狭間で揺れる、とてもとても不安定な存在】
ここで第一部が終わるのだ。
私はここまで読んで、ありがとう、そんなことを思った。
この本に出会えてよかった。私はまたひとつ、サイコパス、ひいては人間の可能性について知ることができた。
続きがとても気になる。私はこの本が好きになった。
世の中には様々な、程度はさまざまだが異常な人間が出てくる作品が多数ある。
そのなかで、自分が納得できる狂気性を見つけることはなかなか難しいのかもしれない。
特に、私は異常として出てきていないのに明らかに異常な人間が大好きなので、カテゴライズされないぶんさらに難しい。
ナイフを口にくわえて、危ない目をしている人間をサイコパスと評したり、倫理観という言葉の軽薄さだったりと、あまりにも短絡的過ぎるものが多い。
断っておくと、私は人間についてあまり詳しくない。その道に携わっているものでもない。だけど、興味がある。今日のレポートはそのひとつである。
読んでくれてありがとう。
これが今日の生きる理由のひとつになればうれしい。
では。
震えが止まらないのが、自分のせいなのか外のせいなのかわからない季節になりましたね。
れいとです。
月曜日はだいたい調子が悪い。生きているのがつらい。なんで生きているのか分からない。かといって死ぬ力もない。寝るしかない。
そうですね。寝るしかないのです。
もう起きていても碌なことがない。
夜は睡眠導入剤やら入れて寝ますが、昼は不思議と抗不安薬くらいで寝れます。
私は今、学校にも社会にも出ていない、格好良くいえば社会不適合者、カタカナでいえばニートなので、月曜日だからといって何も変わらない日々がそこにあるわけなんですよね。基本的に休日である日曜日から基本的に外界に出る月曜日の落差を感じない生活。
なのに、いつも決まって月曜日は調子が悪い。
なぜだろうか。
数年前、大学の研究室に行きながらハロワに行ってた思い出でも蘇るんでしょうか。謎は深まるばかりです。
とりあえず、今日もおつかれさまです。
今日を生き抜いた、それだけで偉い。
だけ、なんて失礼ですね。
あなたはとてもすばらしいことをした。
もはや勇者です。ゲームあんまりやらないので分かりませんが。
では。


