痩せたいから走るってなんですか。


走るために痩せるって言え!痩せたいなら走るのはオススメしない!あんなのやる奴はだいたいランニングハイシンドロームに罹った病人どもですわ!


最初に言っておく。
ダイエットだとか、痩せたいとか、そういうものがインターネットランニングに対して付き纏ってくることに長年キレ続けた人間だ。


そして私は健康な人間ではない。やる気がないとかそういう話でなく動けない日は動けない。


ランニングスケジュールなんてものを立てても端から薙ぎ倒していく人間だ。


とにもかくにもなんにもなれない。おまえはなんにもなれない。




ここ、最近(累計で個人的に7年ぐらいやってるけども)真面目に走り始めたので、まぁそろそろこの問題にぶち当たるころだと思っていましたわ。


何年あなたと付き合ってると思ってるんですの?あなたが馬鹿で、実は学習能力の薄い行き当たり野郎なのは知っていますわ。


だって多分記録見返したら納得するでしょうけど、あなた、いつもこのことでキレてますわ。


そりゃあ独学でやっている身、情報収集及び学びは必要となってきます。
何もしなくても指示してくれるようなトレーナーも清瀬灰ニもいないんですよ。


あーあ、私も清瀬灰ニに駅伝に出ないかとか言われてぇよ。素人集団なんだからできるか、とか言いたいよ。

だからって言ったって、あなたは現実問題、体力がないですわ。
……まぁそれは半分誤ってますが。
メンタル的な問題なので。

じゃあサブ4とかサブ3とか言ってる人間になれるかって言ったら、現時点ではならないし、なる気もない、ですわ。

だってこの人、大会に申し込むと鬱症状やら強迫観念やら、特に不眠症が一層酷くなり、最終的に前日に棄権するんだもん。もったいなさすぎる。主に金が。マラソン大会って意外とするよ。ピンキリだけど、安い大会もあるけどドブに棄てるならなんにせよもったいない。


もう、なにもする・しない以前の問題なんだよ。
メンヘラランニング部なんだよこっちは。


で、検索すればダイエットですよ。走りたいって言ってるんですけど。
そのふたつ、なんか関係あるんですか?私には因果関係が分かりませんけど。

そりゃあ走るために痩せたい。
そんな気持ちを抱くこともありますわ。
ですけど、インターネットはその逆をいく。

走るために痩せたい。
ではなく
痩せるために走る。
と出てきます。

なんですか。

もうなんですかとしか言いようがない。私のことが嫌いなんでしょうか。知りませんけど。左右固定オタクならブチギレますわよ。知りませんけど。


知らね〜〜知らね〜〜よ。なんも分かんね〜〜よ。
理解できないならしなくていいよ。だけど、私はいつまで経っても人間に馴染めないんだよ。知らん。社会不適合者だからじゃん?
……そんな。


とりあえず報告として、昨日LSD(94分8.75km)を完走しました。
おめでとうございます!
おまえがどこに向かっているかは結局、今日出すことはできませんでしたが、ありがとうございました!!



2022.01.15
れいとの研究室


走ってきた。
まぁ、5kmちょっとぐらい。ランニング計測アプリによると最速らしい。そうなんだ。

ところで今私は特捜戦隊デカレンジャーのOPを聴いている。
私は戦隊モノに関してあまり詳しくない。話せる戦隊が3つ、歌える戦隊が5つくらいのものである。

私は戦隊モノも好きだし、なんならプリキュアも好きだ。
何故少ないかは私のキャパシティと家庭の事情である。
今でこそ配信サービスがあり、様々な媒体で見ることができるが、1年くらい前まで私にはテレビしかなかった。
そしてテレビはリビングにしかなかった。今日は家庭の事情云々について話したいわけではないが、気軽に観れるところになかったのだ。

話を戻そう。

私は南条光に恋をした。

何回も言ってすまない。だけど言いたいので言わせてほしい。

前記事に書いてあるから経緯は省略されてもらうけど。
↓前記事



走っている間、私はずっと考えていた。

誰かアタシのヒーローになってほしい。

その願いを。

愚直なまでにまっすぐで、いっそすべてを捧げるほどの異常さを私は求めていた。

かっこいい王子様もいらない。
かわいいお姫様もいらない。

そこにあるのは異常なほどのまっすぐな愛で、想いである。

仲間のため。チームのため。
多いに結構。
多分このへんまでならそれなりにいる。普通にいる。
だけど、さらにそこから、そのまま仲間さえ置いて走り出してしまうほどのヒーローを求めていた。

うまく言語化ができないが、みんなのため、そして自分のために走り出してしまうような天性のヒーローを求め、憧れ、そして恋をしていた。

南条光が私のヒーローになるかはまだ分からない。

だけど、私はどんなあなたも好きだよ。でも、少しだけ期待させて。

今日はこのへんで。

ところで南条光担当の称号をゲットしました。うれしい。

2022.01.08
れいとの研究室


「今日も世界の平和はアタシが守る!」
(南条光より)


走ることとは、自分を信じなければならないことと同義である。
ランニングという長距離が、競技が、気持ちだけではどうにもならないとしても、結局、精神が堕ちてしまえば途端に道を見失ってしまう。
迷いを生じてしまえば動けない。
たとえ、どんなに普段ひねくれて生きていたとしても、長距離を続けるということはまっすぐ世界を射抜く必要があるのだ。
雑音や雑念が入ってきても、私はこの足で、この背中で、この肺で、この身体で前に進まなければならない。
「この距離を私は乗り越えることができるのか」
という不安。
「こんだけ走れるんなら、社会生活もできるでしょ」
という幻聴。
「自分を見失ってしまえば、この道は茨の道でしかない」
という昏さ。
とにかく、走り続けるためには祈りを捧げ、信じる必要があるのだ。


そして、南条光の話に入ろう。
私はデレステを始めて一か月経つか経たないかレベルの新参Pである。夢見りあむや佐久間まゆらへんが好きかなぁとぼんやり思っていたタイプのにわかオタクである。

正月はどのソシャゲも太っ腹になってくれるのか、無料でガシャやらガチャを引くことができる。
例にもれず、私も、今いっしょに住んでいる方と、プロセカやデレステのガシャを楽しんだ。

そこで私は南条光のSレア(多分これだったと思う)を引き当てた。

恋に落ちた。

南条光に恋に落ちた。

多分その表現が近いのではないかと思う。分からないけど。
デレステにはカワイイキャラクターや、かっこいいキャラクター、様々なキャラクターが存在して、この子かわいいなとかこの子いいじゃんとか言ってたくらいの私が。

この子に着いて行きたい。

崇拝したい。

彼女をヒーローとし、私もまた彼女のヒーローになりたい。

多分そんな感じの感情である。
言っておくが、私は南条光のことをなにひとつ知らない。
ただその小さくてかわいらしいルックスと、ヒーローになることを疑いもなく信じているまっすぐな子、くらいしか知らない。

だけど、好きになってしまったのだ。
彼女がヒーローになることを望むなら、私は彼女の相棒になりたいと。

私の好きなキャラクター傾向も合わせて語ってもいいが、今はそんなことはどうでもいい。

ただ、貴女と共にヒーローになりたい。
貴女がヒーローを心から信じるのなら、それは私の救いである。

これが私のお正月である。2022年である。

駅伝は見るより、走る派。
そんなダークサイドれいとのランニングへの想いと南条光への憧れである。
これからもっと好きなキャラクターが表れるかもしれないし、どうなっているかなんてなにひとつ分からない。

ただ、今日は南条光とともに走れたことを幸福に思う。
今日はいつものコースの2倍走ったよ。5kmを超えたよ。
私が41.195km走るまで見守っていて。

それでは。



れいとの研究室

2022.01.01





戦え! 何を!? 人生を!
(戦え!何を!?人生を!/筋肉少女帯)



私は最近、『人生』とは何か、そんなことを考えるようになりました。
今、多分私は初めて親元を離れて生活している。
信用できる誰かと、生きている。



色々思うようになりました。
相手のことを慮り、尊重すること、料理を作ったり片付けをすること、やりたいことをどのように進めるかということ。



そして、何より、どう生きていくか。
そんなことを考えていた。



このブログを読んでくれるような人はだいたいわかると思うが、私は人間不信の社会不適合者である。言ってしまえばニートである。
ニートの定義とは。
労働力調査において、月末の1週間に「家事や通学が生活の中心を占めていない非労働力人口のうち、年齢が15〜34歳までの人」という条件に該当していた人口のことをいう。若年無業者層。
であるらしい。まぁそのうち言及したい。

話がズレた。社会的にどうとかこうとかを今は言いたいんじゃない。

何を言いたいかというと、テンプレートの存在を見つけることが難しいということだ。

聞き馴染みのある言い方をすれば、「敷かれたレールの人生」である。

そう。私には敷かれたレールがない。誰も敷いてくれないし仮に敷かれてもその通り走らないんだから無用の産物である。

だから考えていた。
お金の使い方や食事の用意といった、「生活」のことから
アートとは何か、世間様(この表現は皮肉ですよ)とは何かについての、「人生」のことまでを。

私は考えを言葉として伝え、相手の世界に触れリンクしていくこと、共通する点と相違点をぶつけあい理解していくこと。共有していくこと。それがどんなに貴重かは流石に私でもわかる。


まず、そうそうそんな人間はいないのです。
「生活」することを求められ、「生活」することに頭のリソースが大幅に裂かれ、最終的に、「生活」の話しかしなくなる人類を、私はずっと見てきた。


「生活」は大切だ。

だけど「生活」のために生きるのはまっぴらごめんだ。



そんなことを思いながら朝を、今日を迎えた。
今日もいい日になりますように。
そんな祈りを捧げて。

そして、そんな私といてくれる存在にできる限りの最大の敬意を。



れいとの研究室。



正しさとは 愚かさとは それが何か見せつけてやる

Ado/うっせぇわ)



れいとです。おはようございます。

れいとの研究室へようこそ。顔は出しても出さなくてもいいです。自分は出席は取らない主義なので。

というわけでゆっくりしていってね!




私の現実世界は基本的にあまり変わることはなく回っているのですが、人様のおうちにお邪魔するさせていただくことになりました。明日から。


そう。明日から。


これは支度しながら打ってるからもしかしたら日付けも変わってるかもしれない。


そこで私は正しい人間の振る舞い方を考えたりしたわけです。

どうすれば正しくなれるのか。そんなことを。そして正しさを得たら明日から実行しようと。



そんなこと無理なんですけど。



まぁ当然のごとく無理。仮に正しさを見つけたとしても1日やそこらどころか数時間でそれが身につくのか?という話である。あったらこの人生の中でとっくにやってるわ。馬鹿か何かなのか?




まぁそんなこんなでうっせぇわを思い出したわけですね。私は結局この歌をめちゃくちゃ世渡りがうまい頭がまわり立ち回りもうまい社会人の健康的な歌、と認識してるし、得たものは私の現実世界にない上の立場の人間との飲み会の仕方くらいなんですけどね。どっちかというとAdoさんの楽曲だと阿修羅ちゃんの方が好きです。syudouさんはビターチョコデコレーションとかの有名楽曲やプロセカ書き下ろし曲くらいしか知らないので今後チェックしたいアーティストのひとりです。




……私はもっと世間との評価とかを意識した方がいいですね。少なくともブログを書くためには。うっせぇわに対して賛否両論とか見たような気がするけどそのとき思ったのが器のちっせぇ世間だなという感想で特に興味も持たなかったので。




というかわくわくしながら聴いてみたらどこに出しても恥ずかしくない模範的な歌で、がっかりしたな。これに賛否が集まる世間に。Adoさんの声はかっこいいので好きだなそれくらい。




そう。

正しさとは 愚かさとは 何とやらを思ったより私に見せつけてくれなかったという話である。

見せつけてくれよ。お願いだから。私に教えてくれよ。やきとりの串を外すことくらいしか使えないし、それすら使う機会ないわ。社会不適合ニートなのでまずそんな集まりないし。




あまり人間関係のために自分を悔い改めることないんですけど、今私に関わってくれる人は私にとってだいたい大切な人なんですね。

しかも家にお邪魔することを考えれば正しさを身に付けておきたかった。少しくらい。




これ、私が明日からお邪魔する人に見えるんですよ。そう思うと愚かさとはこういうことなのかなとも感じないことはないけどアメブロ教えてくれたのもこの方だしな……




あまり個人への感情とか綴っても読んでておもしろくないのでなるべく省いてます。というか私自身そういうのが好きじゃない。他人へのラブポエムとか知らねーよって思う。個人間で伝えとけよ。読んだことないけどカップル日記とか見たことないけどカップルYouTuberとか興味ない。見たら変わるかもしれない。分からない。自分ほど信用できないものはないので。

そもそもだいたい自分の読みたいものしかかかない。ブログしかり創作しかり。その件に関してはプロじゃないし、くらいにしか思ってない。プロになりたいと思わないわけではないけど。




というわけで阿修羅ちゃん良い曲だな。さっきからずっと聴いてる。知ってるかもしれないけどよかったら聴いてね。私はNeruさんのファンなのでめちゃくちゃ嬉しいね。今度Neruさんについてもなんか書きたいね。やるか分からんけど。あとなんかおススメの歌とかアーティストとかコメントに置いておいてくれたらうれしい。チェックできる範囲でチェックしたいので。


【Ado】阿修羅ちゃんねえ、ギャーギャー言っちゃってテレビ朝日系木曜ドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』主題歌Streaming & Download:https://ado.lnk.to/ashura-chanID■1st Album『狂言』特設サイトhttps://sp.universal-music.co.jp/ado/k...リンクyoutu.be




では。

本日もお読みいただきありがとうございます。

しあわせに過ごせることを願います。


れいとの研究室














「どういうときにセックスしたくなるの?」

「いつでも発情期!」



昔の時代を、「イマドキのコたち」は、でくくる文章を読むと笑えてくるんですよね。
たとえ「イマドキの若い子は〜」的な警鐘の皮を被った中傷でも、「おまえの中ではそうなんだろうな」とキレずに面白がって読むことができる。
そう言った意味で少しでも疑問に思ったら、初版の年をチェックします。
今日話す本は2002年に発行された本です。

子どものセックスが危ない/著,赤枝恒雄

女性の性欲について、自然なことと言いながらあからさまに口にされると動揺する、的な語りで始まります。
端的にこんな産婦人科医嫌なんだが……という感想しかわきません。これも時代なのだとしたら嫌な時代ですね。見ている分にはおもしろいですけど。


ちなみに私は20ページでこれを書き始めています。全206ページ、約1割の段階です。何故か。腹立つ以外にないです。イマドキの若い子は分かんないわ〜頭も股も緩いのかしらまったく、という声が聞こえてくるような語り。
そりゃ、正しい性知識を持つことは性交渉を行う・行わないの是非に関わらずある程度は持っといた方がいいとは思います。ですが寄り添う対象(患者という表現でいいのだろうか?)にあまりに冷たい。軽い調子で話されたら、軽い気持ちでしか考えてないと決めつけるような論調はちょっと相談者・医者としてどうなんでしょうか。少なくとも患者の立場から言えば。
私など気が弱いの塊みたいな存在ですからこのような決めつけるような高圧的な態度で来られたら泣く。

数分後。

とまぁ、散々な始まり方なんですが、これ時代遅れおばさん(おじさん?)が顔真っ赤にして憤慨して書いている文章ということを理解し始めたあたりから面白くなってきますね。本来の楽しみ方ではないかもしれませんが、どのような受け取り方をするのも自由。これは授業ではありません。国語のテストではありません。なのに、何故読むか。



だって、オタク、ブルセラとか好きだろ?

興味あるだろ?

それだけです。



私は好きです。そう言った話が好きです。良い・悪い、やる・やらないなんて今は話してません。好きだろ?それだけです。
JKリフレ、P活、いただき女子等々、時代は移ろい、スマホの普及により特に興味もないのに知れ渡ってることばになっているのおもしろいですよ。隠語の意味がほとんどない。野菜のサジェストに手押しと付くくらい意味がない。
ですが、ポケベルがガラケーがスマホになっても、そこにあるアングラな性的話題が尽きないのは、人間は所詮人間。あまり変わりない生き物という一種の主張なのかもしれません。


そして、この本は5章で構成されているのですが、1章にドラッグ――覚せい剤についての話題が出たので今回ではまとめきれないと思いました。
このボリューミーな話題にドラッグまで入れるか盛りだくさんじゃねーか。処理しきれん。

というわけでおそらく私はこの本を全部読むとは思いますが、書くのはここでいったん切ります。

2000年代前半の若者性問題に興味があるなら良い本だと思います。



私は今日は病院の日なので疲れました。
みなさま、よい休日を。
では。


れいとの研究室


ちなみにこれ執筆してる途中にrape me という曲が流れました。ナイスシャッフル。私は好きです。



最初に言っておく。

私は頭が回っていない。よって難しい話も現実的な話もする予定もない。真面目な話もしないし、このような話題に敏感な人は読まないでほしい。






まずは発端になったあるひとつのツイートがある。

 

 

これはAIノベルといって、ある程度の文章を書くとAIが続きを考えてくれる、と言ったツールだ。



私はなんだかこのツイート、ひいてはこの話が頭から離れなかったのだ。

私はハルヒ論について疎いので、ヤレヤレ系主人公が流行ったことくらいしか知らない。
好きか嫌いかはともかくとして、事実ラノベにはヤレヤレ系主人公が増え、もはやそのようなカテゴリが確立されているといっても過言ではない。
涼宮ハルヒの消失の映画に対して、当時アニメオタクや萌え系のオタクに風当たりの強かった(少なくとも今よりは)新聞が絶賛していたことをよく覚えている。


かくして、涼宮ハルヒという存在は世界に大きく影響を与えた存在であることは、誰の目から見ても明らかだ。私はあまり流行り物に疎いのでなんとも言えないが、多分社会現象かなにかにもなってたのかもしれない。今で言う鬼滅の刃みたいな。

ともかく、そんな偉大な涼宮ハルヒさん。とにかく突拍子もないことを言い出す。そしてスケールがでかいことも加えてあげる。
ソースを確認する気力もないし、ハルヒ好きなオタクはまぁ知ってるだろうという雑な認識で話を進める。


涼宮ハルヒと原子力発電。
もちろんそんな話はない。あるわけがない。原子力発電においては日本……いや、世界の社会問題であり取り扱いが非常に難しい。
だが、効率のみに焦点を当てれば原子力発電はダントツといっていいだろう。
スタンダードな火力発電。
地球にやさしい風力発電。
世にはいろんな発電方法があるが、原子力発電はとにかく効率の良さの王なのだ。
詳しい話は今度調べたり、勉強してもいいのだが、生憎今日はそういう話をしたいわけではない。


涼宮ハルヒが原子力発電を望んでしまったらどうなるか。

ここである。

私はハルヒのオタクだし、原作小説も読んできたのだが、まず今手元にない。そして語れるほど精通しているわけでもない。だから私がするのは比較的ライトなオタクの発言である。

しかし、涼宮ハルヒが望めば、大抵のものは叶う認識でいる。
それはひとえに長門有希や小泉一樹、朝比奈みくるまた他の機関によるものだったりなんだったり。

とにかく願えば叶うのだ。

涼宮ハルヒが何かのきっかけで原子力発電に興味を持ったら、勿論キョンは何を言ってるんだおまえはとツッコミを入れるだろう。

それでも、やろうと思えばできちゃうのだ。

なんだか怖い話だなぁと漠然と思った。

私は見ている作品の傾向からあまり現実世界から逸脱したものは読まないので詳しくはないが、ドラえもんに対する恐怖と似たようなものを感じる。

はっきり言って、私はドラえもんが苦手だ。
国民的アニメ?みんな大好き?知ったことじゃない。私は好きじゃないからどうでもいい。
その理由のひとつに、なんでもできてしまうのではないか?という恐怖があるのだ。
勿論、きけんなひみつどうぐがあることは朧げに知っている。ドラえもんがネズミ退治のために地球が半壊(全壊)するような原子力爆弾を使おうとした、という話もあるくらいだ。

あまりにも怖くないか、それは。

私は今は成人というか歳だけは大人になったから、フィクションとノンフィクションの区別くらいは頭でもわかっているし、現実感としても掴んでいる。

けれど、こわい。

あるときドラえもんが原子力爆弾を投げて、運悪く生き残ってしまい、おまけに被曝の関係で半年くらい苦しむと思うとめちゃくちゃこわい。

私は闇金ウシジマくんのような金の怖さを語っているわけでも、はだしのゲンのような戦争の悲惨さについて語ってるわけでも、世界を滅ぼそうとする悪役が出てくるいろんな作品を語っているわけではない。

涼宮ハルヒのように、所謂萌え系に分類されるような作品
ドラえもんのように、所謂ファミリー層にターゲットを置いているような作品

安心して見れるはずの作品に潜む漠然とした恐怖がなにより苦手なのだ。

名探偵コナンで人が死のうと建物が爆破しようとケラケラ喜び、
イナズマイレブンで主人公サイドが逮捕されたりドーピングの疑いをかけられたり試合中にスタンガンを堂々と使用されるシーン(全部オリオンの刻印ですねこれ)にげらげら笑っているくらいには、怖いもの全部が怖いわけではない。寧ろ楽しんでいる側面もある。

おまけに私はそこまで「生」に執着していない。精神科には通院しているし、自傷行為もするし、自殺未遂したことも数回ある。

それでも、生理的な怖さに対しては何年経っても説明できずにいる。
そういうものなのか。私には分からない。



あまりにも話が大きくなってしまったが、私の話に興味を持ってくれたらイナズマイレブンオリオンの刻印をよろしくお願いします。検索サジェストがだいたい悲しいことになってるので、オリオンの刻印 おもしろい オリオンの刻印 どこで見れる
オリオンの刻印 再放送などが検索時にあがるといいなとか思っています。



なんでオリオンの刻印の話をしているのかはわからないが、まぁそういうこともある。



あまり纏まりがありませんが、結論として安心だと思っているものこそ、最悪の何かをよぎるとこわい、という話です。



では。今日も私もあなたもしあわせであるように祈り、おやすみなさい。


れいとの研究室

言う通りにしないと……刺すから

見てないんだ。見てないんだ、見てないんだ見てないんだ見てないんだ見てないんだ!
見てないのに私、こんなことしちゃったんだ! あは!あはは!あははははははははははは!あははは!あははははははははははははははははははははははははは、ねぇ、北条君


天才月澪彩葉の精神病質学(サイコパス)研究ノートより明乃麗奈


私は、常々、人間とはなんだろう、と考えている。
普通の人生、普通の生活、というが、実際のところ普通とはなんなのか私には分からない。
それはひとえに、私自身が『普通』を熟せなかった人間であることに起因しているのかもしれない。
世の中が掲げる『普通』に、多少の反発や疑問はあれど普通に従事できる人間は普通であることを概ね受け入れて生活ができる。

難しい前置きをした。要は、私は人間に興味がある。ステレオタイプな人間などもう見飽きた。理解できない人種ほど見ていて楽しいモノはない。人間はもっと自由であるべきだと。そう思っている。
そういう理由もあり、私はいろいろな本を読んでいる。
今日はその中の一冊を紹介させていただく。
『天才月澪彩葉の精神病質学(サイコパス)研究ノート 著玄武総一郎』
 

 

 

 

 

自分に理解できないサイコパスに会いたい――
そう願ってサイコパスの研究を続ける月澪彩葉。彼女はその専門を生かし、警察の事件捜査にも協力していた。だがあるとき、サイコパスの犯行ではあるが、動機が全く分からない殺人事件に遭遇してしまう。
第二、第三の凶行が続く中、事件解決の鍵となるのは、みただけでサイコパスを見分けられる「共感覚」の持ち主、北条正人だった

ここまでがあらすじである。私はあらすじを書くのが苦手なので本の後ろに書いてある文面を打ち込んだだけだが。
とにもかくにも、ミステリの一種類だと思ってくれればいい、と思っている。読み口はラノベに近い。文章は固くない。そもそも調べてみたらこの本はアルファポリス文庫のラノベらしい。ラノベミステリ。好きな方は好きなのではないだろうか。私の好きな本のひとつにラノベレーベルから出てるものがあるのだが、重いラノベと評されている。異例だの異色だのとも評されている。カルト的人気がある。そんな感じ。そういった経緯もあり、自分の好きなジャンルは何かが分からない。そのため、ラノベだから読む・読まないを決めるポイントにはならないのだが、これからはそういったカテゴリにも注目してみたいと思う。

話を戻す。
サイコパス、わりと聞きなれた単語のひとつではあるな、と思っている。それぐらい日常的に使われている単語と言ってもいい。

そもそもサイコパスの説明を簡単にすると。

 

「サイコパスとは主に異常心理学や生物学的精神医学などの分野で使用されている心理学用語で、サイコパシー(psychopathy 精神病質)を有する人、つまり精神病質者を指します」
「サイコパスの特徴を満たす疾病者に対してはサイコパスを含む広い概念である「反社会性パーソナリティ障害」という診断名が使用されています」
(まんがでわかる隣のサイコパスより引用)

 

 

とあることを念頭に置いて、話を進める。
ぶっちゃけ、サイコパスって随分軽い言葉だなって思うんだが。
ちょっとやべぇやつ見たら、あいつはサイコパスだ、異常だ、頭のねじが吹っ飛んでる奴だ、なんて早急な決めつけにラベリング。
正直言って、おもしろくない。
凶暴性を持て余しただけのキャラクターをサイコパスとして紹介されているのを見るとがっかりする。



はぁ? その程度でサイコパスキャラを名乗ろうとするなんて甘いわよッ!

ってなわけで、私は登場人物のひとりである月澪彩葉さんにとても共感を抱きました。
長いのでところどころ略を使って引用させてもらうが

「人間ジュース事件」(略「狂気のぬいぐるみ事件」(略「指切りげんまん事件」(略「絶対王政事件」(略

ああ、なんて……なんて普通な事件。


どの事件も、新聞や週刊誌が大げさな見出しと飾り文字で異常な犯罪だと煽り、騒ぎ立てていた。
「心の闇」「異常な心境」「サイコパス」「狂人」「狂気」「理解できない行動」……
異常? 理解できない? 違うだろ
分からないということにしたいんだろう?

私は彼女のようにリアルの事件を追っているわけではないし、単純にグロ画像が苦手なゆえ本や記事、またはフィクションでしか見れないので同じ目線で追っているというわけではないのだがそれを差し置いてもらえばすごく共感できる。
その通りだ。なんて、普通な事件。
自分が異常者であることを自称し、紹介される人間ほど、実は至って平凡。平凡というか、面白くない。がっかりだ。
そんな彼女が共感覚を持つ、北条正人と組んで人間を調べていく、そんな話だ。

冒頭にあげた、明乃麗奈のセリフがあるのだが、私は好きだが、これだけでは足りない。
狂気性があると言えばあるのだが、これがこの作品で狂気であると定義されてしまったらそれは、少し期待外れだ。

しかし。

この結末に対し、月澪彩葉は「やはり、こんなものか。あまりにもチープだ」と評した。

さらに。

だから僕は、今日もまた考えるのをやめた。

そう、北条正人こそがその一人者であったわけだ。
北条がかき乱される思考の中、壁一面に張った月澪彩葉の写真に「ね、先輩」と微笑む。
そして流れ続けていたテレビから、サイコパスの種類の説明が入る。

【デミ・サイコパス。
サイコパスと一般人の狭間で揺れる、とてもとても不安定な存在】

ここで第一部が終わるのだ。

私はここまで読んで、ありがとう、そんなことを思った。
この本に出会えてよかった。私はまたひとつ、サイコパス、ひいては人間の可能性について知ることができた。
続きがとても気になる。私はこの本が好きになった。

世の中には様々な、程度はさまざまだが異常な人間が出てくる作品が多数ある。
そのなかで、自分が納得できる狂気性を見つけることはなかなか難しいのかもしれない。
特に、私は異常として出てきていないのに明らかに異常な人間が大好きなので、カテゴライズされないぶんさらに難しい。

ナイフを口にくわえて、危ない目をしている人間をサイコパスと評したり、倫理観という言葉の軽薄さだったりと、あまりにも短絡的過ぎるものが多い。

断っておくと、私は人間についてあまり詳しくない。その道に携わっているものでもない。だけど、興味がある。今日のレポートはそのひとつである。

読んでくれてありがとう。

これが今日の生きる理由のひとつになればうれしい。
では。

 

秋は、ずるい悪魔だ。
(太宰治/ア、秋より)

なぜこんな書き出しから始まったかと言うと、太宰治を読みたいと思ったからである。それだけである。難しい理屈も酔狂な理論もない。勿論私に文学的知見などを求めてはいけない。すべて私が青空文庫のあ行から太宰治を読んでいくだけの記録である。

ア、秋。
まず短い。ひとことで言えば本職の詩人が秋へのノスタルジーを語る話。牛乳の空瓶、レコオドの破片、紙屑、怪文書が落ちているのが秋の海水浴場の正体らしい。実に風情がある。私も秋の海水浴場の話をするときは牛乳の空瓶を落としておこうと思った。牛乳の空瓶が捨てられた海水浴場。凄く胸が高鳴る。きっとその空瓶はところどころにヒビが入り、白く濁った、小汚い瓶はきらめくボトルメールと対岸にいるような存在なのだろう。

と、ここまで牛乳の空瓶の話しかしていない。しかも短い。
しかし、ア、秋原文も短い。それに私はこれを書いて単位をもらうようなこともない。なら好きにつづっても許される。

興味があったら是非、ア、秋を読んでみるといいかもしれない。私は青空文庫のアプリ(無料)を入れているが、ネットでも読める。何か心に残ったことがあればコメントしたりしてくれると嬉しい。
だが、私は太宰治レベル1の元理系専攻である。つまりはひよっこ。ただのファン。おまけに国語は苦手である。
それを踏まえたうえでコメントしてほしい。

これは余談だが、鬱の療養期間に何をしているかというネット記事の中に青空文庫を読むのがいいとあった。どの記事なのか覚えてはいないが、調子が悪いときは話の内容なんか頭に入ってこないのである。だから無理して読むことはない。
今日も生きていてありがとう。いいねで生存確認をするので気楽に押して欲しい。それ以外の機能は私が元気な時にアメブロの仕組みについて学ぼうと思っている。とにもかくにもひよこさんである。

少しでも私の文章が救いになることを。
では。

震えが止まらないのが、自分のせいなのか外のせいなのかわからない季節になりましたね。


れいとです。


月曜日はだいたい調子が悪い。生きているのがつらい。なんで生きているのか分からない。かといって死ぬ力もない。寝るしかない。


そうですね。寝るしかないのです。

もう起きていても碌なことがない。

夜は睡眠導入剤やら入れて寝ますが、昼は不思議と抗不安薬くらいで寝れます。


私は今、学校にも社会にも出ていない、格好良くいえば社会不適合者、カタカナでいえばニートなので、月曜日だからといって何も変わらない日々がそこにあるわけなんですよね。基本的に休日である日曜日から基本的に外界に出る月曜日の落差を感じない生活。


なのに、いつも決まって月曜日は調子が悪い。

なぜだろうか。


数年前、大学の研究室に行きながらハロワに行ってた思い出でも蘇るんでしょうか。謎は深まるばかりです。



とりあえず、今日もおつかれさまです。

今日を生き抜いた、それだけで偉い。

だけ、なんて失礼ですね。

あなたはとてもすばらしいことをした。

もはや勇者です。ゲームあんまりやらないので分かりませんが。


では。