エコの国、ドイツです。


ドイツでは、売れるモノの基準が、日本とずいぶん違います。


日本では「ノリがいい」との謳い文句で売れるファンデーションが売れません。

「動物実験をしていない」ファンデーションが売れるというのです。


環境マークがないと、物が売れません。


缶飲料の購買をやめようという動きがあり、

街には自動販売機がありません。

(これは後ほど、街の景観の面でも触れます)


資源のリサイクル率は、驚くほど高いです。

紙類は90%以上、

プラスティックは約70パーセント。


ビンは洗って何度も使います。

牛乳などの飲料、食品などもビンで売られ、

なくなったら、買うときにまたそのビンに詰めてもらうのです。

(その前にちゃんとビンを消毒してくれます)



そんな環境への配慮が国民性に染み込んだドイツでは、

ゴミの日がありません。


ゴミは、所定の場所にいつ出してもいいのです。

決まった日に、収集車が回収していくだけです。


でも、日本でコレをやったら、

ゴミ捨て場はたちまち恐ろしいことになりそうです。


ドイツでは、町に設置されているゴミ箱の種類も豊富です。

紙類用、ビン用、段ボール用、衣類用など、

細かく分かれています。


衣類などは、リサイクルボックスというのが街中に点在し、

要らない洋服はそこに入れると、

国際貢献として発展途上国などに寄付される仕組みになっています。



自然と、生活にそういうことが組み込まれているのです。



日本だったら、国民の意識をそこまで高めるのに、

あと何年かかるでしょう。


一部の人が声高にエコを叫んでも、

そこに生活する全ての人に根付かなければ、

ドイツのようにはなれません。



シンプルライフやエコの真髄は、

それが国民に浸透することなのだと思いますが、

それはまだまだ先の話になるでしょう。



でも、そう思えば、

よいところはドイツの方式をどんどん取り入れていけばいいわけで、

手本とするものがあるということは、いいことですね。



やっぱりお国柄の違いはありますけどね。


旅行先でお土産を買うのはナンセンス、と、

ドイツの人は思うそうです。

日本人は、そうは思えませんからね。


「義理」も「付き合い」もありますから。

そうやって、古来から集団生活を営んできたわけですし。

ドイツ人から見た、日本人のムダの元凶。



①義理


②見栄


③コンビニエンスストア




言えてますね(笑)


ムダの全てといっていいかもしれません。




①義理



冠婚葬祭への出席、お歳暮やお中元、

バレンタインデーの義理チョコなんかもそうですね。


でもこれは、日本人の私たちが、

「じゃあやめます」といって、

突然割り切れるものではないので、

無駄な出費だとわかっていても、全てをなくすことはできません。


ドイツの人は、「ムダ!」と一刀両断できるかもしれませんが、

私が親しい友人に結婚式に招待されたら、

断ったりはできません。

というか、自分の結婚式にもお祝いをくれた人たちがたくさんいますから。

自分がもらって、相手にもあげて、

それでトントンだと納得するしかないですね。


ドイツにはバレンタインの習慣はないそうです。

説明すると、「お金を使って媚を売る行為」だと思うそうです。


お歳暮やお中元は、なくしてほしい習慣ですけどね。

ドイツ人から見れば、

「なぜ、どこでも買える物をわざわざ贈り合うの?」

だそうです。


それはその通り。

やっている私たちにだって疑問です(笑)


ドイツには、義理とか付き合いとかに当たる言葉がないそうです。


だとしたら、私たち日本人の主張は、

なかなか受け入れてもらえなくて当然です。



最近、私の身近でも、いい例といえる出来事がありました。

私の娘の初節句のときのことです。


女親が雛人形をプレゼントする習わしがある日本ですが、

最近では、親世代も人形をいっぱい持っているし、

2個も3個もいらないから、と別のものを送ったりもするそうです。

お金というのも、アリです。


でも、贈るものについては、地域の風習もあるし、

夫の実家への手前もあるし、なかなか決められません。


お金じゃあんまりだ、というので、

何かモノで都合のいいものがないかと探していたのですが、

適当なものが見つからない。


結局我が家では、小さめの雛人形を買ってもらいました。

安くても10万はするものです。


私は、娘のためにお祝いとしてもらったものだから、

もちろん嬉しいです。


でも、「欲しい!」と切望して買ってもらったわけではないわけです。


実家の経済状態は厳しいので、

相当苦しい中での出費だったことも知っています。


こういう「義理」は、やはり悪習なのかもしれませんね。


難しいところです。




②見栄



ムダにブランド物を持つ。

旅行のお土産なんかを不必要にばらまく。など。

義理にも通じますが、自分をよく思わせたいための全てですね。

ドイツ的には、化粧なんかも見栄だそうです。


ドイツでは、普段は常にノーメイクの女性が多いそうです。

スキンケアも、化粧水の簡単なケアだけのようです。

その化粧水すら、手作りする人もいるようです。


これもお国柄ですかね。

日本で、化粧しないで仕事場に行ったら、

身だしなみがなっていない、と白い目で見られます。

この、最低限の身だしなみ、という考え方が、ドイツにはないようです。

うらやましいことですが、日本ではムリですね。


化粧をした顔が美の基準になってしまってますから、

そこを削ってまで節約しようと思う日本の女性は、

よほどの覚悟がある人ですね。


私にはムリです。


といっても、休日はノーメイクですが。

(単に面倒くさい)




③コンビニエンスストア



コンビニは、ゴミの山だそうです。


ドイツでは、いつでもどこでも買い物ができることを、

よいことだと思わないそうです。


そして、コンビニは使い捨てをモットーにしている存在だという認識があり、

エコロジーの観点からも、悪いものだと判断するようです。


実質的なところでいえば、

コンビニに行くと、余計なものまで買ってしまうということ。

安物買いの銭失いから、チリも積もれば山となり、

知らないうちに、多くのお金を失っていることに気付きにくいということ。

これはその通りですね。



この3つには近づかないことが、節約の第一歩だそうです。



③は確実にそうですが、①②はなかなか難しいですよね。

ドイツ人は、世界一ケチな国民だといいます。


シンプルライフ系の本も、ドイツを手本にしているものが多いです。



ドイツでは、個人主義が徹底しています。


子供は10歳で、だいたいの将来の進路を決めなければならないそうです。


成人しても親元にいるなんてのは、恥ずかしいことなんだそうです。


3世代同居なんてありえないし、

シングルマザーにも偏見がないため、

日本のような大家族が少ないようです。


日本人だって、一人暮らしは大変なように、

ドイツでは早いうちから独立するため、

節約するのは生活をするうえで必要不可欠なことだったわけです。



ドイツでは、節約もそうですが、

エコロジーに関する国民の意識がとても高いです。



そういうライフスタイルをちょっとかじった私の意見ですが、

自然で人間らしいライフスタイルを実践しようと思うと、

やっぱりシンプルライフには、

節約とエコロジーが欠かせない要素のように思います。


エコには縁遠かった私が、だんだん意識改革されてきました。


面倒くさいことが嫌いな私なので、

出来る範囲のことからやっていこうと思っています。



節約しようと思うと、自然にエコになっている場合が多いので、

ドイツなんかは、節約がこうじてエコロジーな国民性に

なっていったのかもしれないですね。



ここからは、昨日借りた本、

「浪費が止まるドイツ節約生活の楽しみ」

から引用です。


長くなりそうなので、それぞれ記事にしてアップしたいと思います。

シンプルライフの定義は広いです。


でもまず、これ以上モノを増やすことはタブーなので、

捨てる捨てない以前に、物を増やさないことを宣言しました。


物を増やさない=買わない


食べなければ死ぬので、食材は欠かせませんが、

それ以外のものは、ホントにぎりぎりになるまで買わないことにしました。


買わないでモノを調達する作戦を練らなければなりません。



一例です。


シンプルライフの意味すらよく知らない、知ったかぶりの私はまず、

ノウハウ本を読んで基本を勉強することにしました。


そこで本屋に行ってハッとするんです。


本も買っちゃいけない。


それでなくとも、私は本が好きで、

家には本ばかりありました。


それでも、シンプルライフに目覚めて、

ある程度処分はしたんです。

捨てる決心が鈍るからと思って、

たった一日で大半の本を処分してしまいました。


でもそしたら、「あれはもったいなかった・・・」って、

後悔する本がたくさんあることに気付きました。


ここでまた、ポイポイ捨てる生活に疑問を抱き始めて、

捨てられない生活に逆戻りです。



だから、買うときは慎重に選ぶことにしました。


本当に必要か。

一度読んだだけで、二度と読まなくてもいいような内容ではないか。

コレクションとして本棚に並べて恥ずかしいような本ではないか。


たとえ本当に必要でなくとも、一度買えば愛着が湧いてしまいます。

だから捨てられなくなるんです。


「積ん読」ばかりの私の本棚は、無駄な本でいっぱいになってしまいます。

これをやめます。



でも、本は好きです。

インターネットだと情報が散漫だけど、

本の情報は一つにまとまっているので、

何か情報を仕入れたいときは、やっぱり本です。



本屋をあとにして、中学生以来行っていなかった、図書館に行きました。

子供の頃は大きく見えた図書館が、なんだかとてもコンパクトに見えました。


0歳児を連れて行ったので、

「あー」とか「うー」とか声を出されるだけで、響きます。

でも案外、ほかの人も子連れが多くて、

そんなに居心地は悪くありませんでした。


本屋にはない、子供を遊ばせておけるスペースなんかもあったりして、

ゆっくり本が読めそうな感じです。



住まいや暮らしのジャンルの中から、

シンプルライフ系の本を何冊も見つけました。



図書館の本って、古くて時代遅れのものばかりかと思ったら、

そうでもなかったです。



このとき借りた本:



浪費が止まるドイツ節約生活の楽しみ

(サンドラ・ヘフェリン著)


本-1



お金とモノから解放されるイギリスの知恵

(井形慶子著)


本-2



買わない知恵、捨てない工夫

(日本リサイクルネットワーク編)


本-3




どれも、2000年以降の発刊でした。


今の生活に、十分対応できます。



今回の目的はシンプルライフ系の本でしたが、

図書館の魅力にとりつかれて帰宅した私です。


これからは、新刊を求めるとき以外は、

まず図書館に足を運んで、目的のものがなかったときだけ、

本屋に行こうと思います。



図書館を利用する別の方法も考えました。



図書館では大抵、寄贈という方法で本を引き取っていると思います。


私は、これからは不要になった本を寄贈することにしました。


古本屋に売ればお金になりますが、微々たるものです。

ネットで出品したりするのも億劫です。


それよりなにより、

自分がその本を所有していた痕跡もなくなるのが、寂しい気持ちがあります。

こういう考え方って、捨てられない人には少なからずありませんか?


寄贈すれば、図書館に本は永遠に残ります。

・・・たぶん。


また読みたいな~、と思えば、その図書館に足を運べばいいんです。


自分が寄贈した本をリストにしておいて、

この本は図書館にあるな、という情報だけわかれば、もう十分です。



今までに、衝動的に古本屋に売って手放してしまった本たちも、

寄贈しておけばよかったです。


衝動的に手放したものに後悔が残ってしまったので、

ますます捨てられない性格に拍車がかかりました。



捨てられないから、

モノを増やさない方法は、

もはや買わないことしかないわけですが、

本は好きなので、買いたい衝動を抑えることが難しい気がします。


でもここでとりあえず、本の処分法はクリアしました。



図書館を自分の本棚にしてしまえ、という作戦でした。

不要なものを捨てることは、もちろん大原則です。

でも、捨てられない人には、

その不要なものの見極めが難しいんです。

いくら捨てられない人でも、

たとえば残飯やお菓子のカラ袋までとっている人はいないですもんね。

そんな人=私です。



捨てられない理由というのは、人それぞれでしょうが、

私の理由はこれです。



○ モノに対する思い出がある


○ まだ使える(使えそう)



細かい理由はいろいろありますが、とりあえずこれに尽きます。



では対処法ですが、

これは頭ではわかってます、頭では。



○ 売る(リサイクルショップ、オークション、フリマ等)

○ 人にあげる

○ 壊れているものであれば、直して使う


そしてやっと最後に、

○ 思い切って捨てる



わかってるんですけど、手放せない。

もしくは、まとめてやろうと思うんだけど、面倒くさくて手が出ない。



こういう人だって、常に片付けたい願望はあるんです。

というか、シンプルに生活できている人の何倍も、そう思ってます。


常に頭の片隅にはあるのに、

行動が起こせないんです。



なんででしょう??



このブログを通して、自分の頭の中を整理して、

だんだん答えを見つけていきたいと思います。

シンプルライフとは?



いろんな解釈があると思います。



シンプルな生活。


言ってしまえばそれまでですが、

哲学は人それぞれです。


始めるきっかけも人それぞれです。


私の場合、子供を出産して出費がかさみ、

ほいほいモノを買えなくなったことが

そもそものきっかけでした。


私はそれまで、シンプルな暮らしとは縁遠い生活をしていました。



共働きで、家事にかける労力が少なかったこともあり、

暮らしを省みることはほとんどありませんでした。


まず料理は適当。お惣菜は買いまくりでした。

食材は一週間に一度、まとめて買いこみ、

料理しきれずに腐らせる始末。


本来片付けベタだったので、

部屋の中は荒れ放題。

「見えるところだけキレイならいい」主義というやつでした。


クローゼットや押入れの中はブラックホール。

必要なものがどこにあるのかわからず、

いつも何か探しものをしている状態。


洋服だっていっぱい持ってるのに、

いつも着る服がない。

これは本当に謎です。


これはほんの一例で、

私のズボラ主婦ぶりは、あげればキリがありません。



シンプルライフを始めよう! と思ったものの、

そういうノウハウを書いたものには大抵、


モノは捨てましょう、とにかく捨てましょう

・・・とある。



捨てられない主婦の私には、これが苦痛なわけで。



捨てないシンプルライフなんてどうでしょう?


というのが、私の提案です。



シンプルライフには捨てることは不可欠ですから、

相反するようなテーマかもしれません。



でも、捨てられない人って多いですよね。


そんな人に、捨てろ捨てろというのは無理な話です。


シンプルライフ実践できないのかということになっちゃいます。



自分も知りたいから、考えます。



そんな私の、シンプルライフ実践編です♪