一般論として、時間は現在から未来へと流れて行くと考察するのが自然でしょう。
事実、現在から未来へとプロセスを踏むので、表面的に捉えるとそうなりますでしょう。
それは、現在は、過去との因果関係によってもたらされる、過去の出来事の結果である、という結論に至る理論です。
しかし、私は、その実態は全くの逆だと言う事に気が付いています。
そもそもが逆なんです。
結論を先に述べますと、
時間は未来から現在、現在から過去へと流れて行っているのです。
単純な論理であり、それを理解すると当たり前にも思えます。
まず、私達が日常的に使う言葉にもそのヒントが隠されているのです。
私達は、過去の事を説明する時に何という言葉を使いますでしょうか。
おそらく、前 とか 以前とか、この前とか、まあだいたいそんなところがスタンダードです。
前は視線の先にあるもので、視線の後ろという解釈をするのは極めて不自然であり、時間が過去から未来へと流れるという間違った理論で行くと、前という言葉は過去の事を関連付けるのには不自然で有ると考える事が出来ます。
実は、私達は無意識のうちに、過去の事を指す時、視線の先の事を指しているのです。
すなわち、過去は目の先、前です。
今この瞬間から、時が経つにつれ、どんどん今の出来事が過去へと、また、目の先の前へとどんどん流れて行っているのです。
過去はどんどん遠くなり、現在との因果関係は、現在を通過した時点もち、瞬間的になくなります。
では、この考えで考察すると、現在と因果関係にあるのは、未来だという事が分かります。何度も言うように、未来と現在の関係は、現在を通過した時点で、完全になくなります。
イメージ的には、後ろから時間がやって来ては、目の先の前へとどんどん遠ざかって行くという具合です。
では、未来の事を指す時、私達はなんという言葉を使うか、おわかりの通り、その後、後、後で。
やはり、うしろです。
未来の事なのに後ろを指しているのです。
私達は過去に囚われやすい、過去が目の前に見えるからです。
それ故に、現在が過去との因果関係の中に有ると考えがちで、過ちを悔やむのです。
しかしそれは無駄な事であり、関係の無い過去との関係に悩むのは無意味なのです。
逆に未来の事は見れません。前を向いているので未来の事はわかりません。
未来を見るという事に1番近い行為は、今を見ると言う事です。
それがこれから来るチャンスをものにする一番の方法なのです。
