はい、昨日の続き。

 

昨日中、

具体的には「本日19:00〜22:00にお届け予定」ということで

お風呂に入るのもそわそわしながら待っていたのに

結局届かず。

 

「うそ〜ん」

と思いながら配達予定を確認すると、

「本日19:00〜22:00にお届け予定でした」

と過去形になっており。

 

なんなんそれ!?

 

「配達を試みました」に引き続き、

「お届け予定でした」ってどーゆーこと?

 

なんのコント??

 

こんなことAmazonで初めて。

(一体何の仕打ち??)

 

 

一夜明けて今朝の段階でも

「配送予定日は3月4日でした」

と完全に終わったみたいな話になっており、

結局いつ配達してくれるのかを知りたいのに、

もしや今日も届かないんじゃ?

と不安になって来た14時頃、ようやく

「本日お届けします」とのメールがあり。

 

とりあえず今日中には届いてくれるのかと

待ちにに待っているまさにナウ。

 

 

そう、

昨晩もまたその耳栓がないせいでよく寝れなかったのだ。

 

 

まさか耳栓が私にとってこんなにもかけがえのない物

だったなんて!

 

というくだらない、けれども私にとっては重大な話である。

 

 

かけがえのないものって、

さも、そういうものがあるとそれは素敵なことだと思いがち。

 

(かけがえのない人もそう)

 

「かけがえのない」とは、

代わりになるものがない、唯一無二である、

何よりも大切である、絶対に失いたくない、

ということを意味するそうだが。

 

まさに私にとっての耳栓は

「絶対に失いたくない物」であるわけだが、

でもそれは素敵なことと言うよりむしろ

「それがないと困る」恐怖?脅威?のような感じだ。

 

かけがえのないものなんて、ない方がいいんじゃね?

 

などとこの騒動で感じたわけである。

 

「絶対に失いたくない」

なんて、そんな怖いことあるだろうか。

 

「そんな物なくたってヘーキだよ」

という方が最強に違いない。

 

 

「かけがえのないものなんてない方がいい」

 

なんたる気づきだろう。笑

 

 

しかし耳栓がまだ来ない。

 

今晩こそはゆっくり寝させてほしいのだが。。

 

 

(念のため本日もう一個追加注文。これは明日届くそうだ。)

↑何という執念か。。