お婆ちゃんに
櫛で毛をといてもらう
ひなこ
「かわいい」
という言葉に敏感なひなこ
以前アッチーにお化粧をしてもらった時は
キュンキュン言って喜んでいたものの
アニマルコミュニケーションでは、
アッチーの事を
「ライバル」と呼んでvs👩🏻
「負けてなるものか🔥」
とも話していました
もはや、れぃれぃは
「アウトオブ眼中」なのでしょうか
アウトオブ眼中って言葉自体
死語なんでしょうかね
調べてみると90年代に流行った言葉のようです
れぃれぃにとって
90年代は
つい最近のように感じてしまいますが
もう30年も前なんですね💫
昭和から平成に変わる
33年ほど前、
建て替える前の懐かしい我が家
後ろの柱には
兄と背比べした
柱のキズが残っていました
実はこの木造の古めかしい家は
あの国際興業の小佐野賢治さんが
弟さんに購入してあげた家だったんです
ロッキード事件では、
関係者として国会に召喚された際
証人喚問で小佐野さんが繰り返した答弁
「記憶にございません」は
流行語にもなりました
小学生の頃
クラスの男の子も
「記憶にございません」
を頻発していました
ワイキキのシェラトンホテルなど
名門ホテルのオーナーでもあった
小佐野さんは
「ホテル王」「裏社会の首領」
とも呼ばれました🏨🌊
そんな小佐野賢治さんは
幼い頃から苦労の連続でした
貧しい農家の長男として生まれ
幼い頃は家もなく
村の寺の軒先を借りて
家族と暮らしていたそうです
尋常小学校の頃から
新聞配達をして生計を支え
卒業後は
自動車部品販売店へ就職
戦後、
ホテル事業、バス事業へと
事業を拡大していった
いわば、どてらい奴
「昭和の怪物」です
そんな小佐野さんが躍進中の昭和30年代
弟さんを大学まで進学させて
弟夫婦に家まで購入してあげるなんて
苦労人ならではの深い家族愛
家の引き渡しの際
小佐野さんご夫妻にお会いした時の話を
子供の頃、父からよく聞いていました
「アウトオブ眼中」から
ずいぶんと話が飛んでしまいましたが
建て替える前の
懐かしい我が家のお話でした🙏🏠