川崎悦子先生お祝いの会 | Reina*PLANT

川崎悦子先生お祝いの会

身体でしゃべるのよ!

何を伝えたいのか
何を見ているのか
どう感じているのか


細かく厳しい身体の使い方はもちろんですが、
何より

身体でしゃべるのよ!


そうご指導くださいました。


いまの私は身体でしゃべれているのだろうか?
反省ばかりが浮かびますが、今日はお祝いブログなのでっ。

BEATNIK STUDIO
テーマパークダンサーをやめて、このスタジオに通おうと決めて上京しました。

目からウロコ。

ポロポロとたくさんのウロコをこぼしながらひたすら毎日レッスンに通いました。

『MIRROR』

昨日も多くの方が印象に残っているとおっしゃてた作品にも出させていただきました。
一番下っぱで、ついて行くのに必死過ぎて500円ハゲを作りました。

みんなが口を揃えて言う、忘年会の為の深夜練!
私も経験もしました!

そうなんです、その頃、BEATNIKで教えている先生方はみなさん悦子先生の教え子でもあったので、凄い先生方が先輩でもあって、公演やイベントの度にその先生でもあり先輩でもある方々と、何事もいつも全力で取り組んでいました。
ふざける時も全力なんです!
毎回圧倒されてました!

振付アシスタントととして、宝塚やミュージカル、様々な場所でも学ばせていただきました。

振付以外にも
『レイナ、今の役者さんのハケる場所、おかしいの気づいた?』
『いえ、気づきませんでした』
舞台のウソだと脳内変換して見てしまっていたのですが、ハケる時にセットとセットの間の見えてはいけない場所で役者さんが見えてしまっていたのです。
『レイナ、振付以外にも、おかしいところは気づかなきゃいけないのよ』

と振りをつけること以外にもしっかりアンテナを張って舞台全体を見るのも振付師の仕事だと教わりました。


宝塚の作品では、

舞台なのに、
まるで映画のように!
アップになったり、
現実と過去が透けて同じ画面に映るかのように、

お客さんの目線を操るような振付。


アシスタントをしながら、悦子先生は天才だ!
なんて凄い人の元で学ばせてもらっているんだ!
悦子先生は凄い!!!
と叫びたくなる衝動に駆られた事を今も鮮明に覚えています。


アシスタントをしていた作品で出会った人と結婚し、その後私生活に重きをおくようになり、5年ほどスタジオから離れてしまいました。


それから病気で主人が他界。

葬儀の翌日に悦子先生に会いに行きました。

『悦子先生。私、ダンスしかなくなってしまいました。』

その年、アーティストだった主人の歌で、作品を作ってくださいました。

『レイナの為に作ったの、絶対観に来てね。』とばったり恵比寿で会ってそう声をかけてくださいました。

私が前を向いて歩いていけるように。


たくさんたくさんたくさん、数え切れないほどの生徒がいるなか、ひとりひとりに愛情深くご指導されている素晴らしい先生。


悦子先生、
先生に出逢えたから今の私があります。

感謝してもしきれないほど本当に感謝しています。
ありがとうございます!
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そして!記念すべきお誕生日おめでとうございます!!!
素晴らしい会に参加出来て光栄でした!



そして全力でこの会を作られたBEATNIKの先生方!ありがとうございました!!