※一部の方には、mixiと重なる部分もありますがご容赦下さいねニコニコ


月に一度、礼法のお勉強で通っていた大阪通学が、

この水曜日でもって、無事終了しましたばんざい。


宇宙と仏と私  ~ Way up high  ~  修学式にてラブラブ 


2年間という歳月は、始まる前は長いと思っていたのに、

いざ終わってみると、本当に短い期間でした(・・。)ゞ


私が通っていたのは、「礼法教授科」と言われる課程ひらめき電球

「礼法」というと、小笠原流が有名ですが、

私が学んでいたのは、そんなに古くからの伝統礼法ではありません。


それでも、学び初めて約8年。お陰様で、マナーだとか、

日本文化において、一般的なレベルで困ることは少なくなりましたニコニコ


社会に出て10年足らず。私生活も未だ独身で、人生経験も不十分。

既に大先生としてご活躍中の人と机を並べさせて頂くには、とても心苦しい感じ(;^_^A

けれど、素敵なクラスメイトの先生達に出会うことができて、

互いを励まし合い、何とか修学までたどり着くことができました(ノ´▽`)ノ

と、思ったのも束の間、そんな劣等生の私が、

どういうわけか「高等教授科」に進学することになりました(-"-;A

東京にある本校以外では、新規開設となる「高等教授科」

クラスのほぼ半数がリタイアされ、広島から引き続いて通学するのは私だけ(>_<)


色々と悩んだ中で、私自身は教授科で卒業するつもりでした。

でも、私以外の周囲の人達は、口を揃えて「あなたは行くべき!」だと言われ・・・

最終的には「今が行く時!」なんだと思えたからなんですが(;´▽`A``


時間もお金も労力もかかること。行かなくて困ることはない。

進学したからと言って、何がどう役に立つのか?

資格が昇級したからと言って、利益が上がるのか?

と言われれば、YESとは言い難い。


「教授科」の2年間を振り返って、教えて頂いたことのどれだけが吸収できたか、

正直なところ、自信がない面もあります。


その中で、気付いた大切なこと。それは「学ぶ」ことの意味。

言葉でどう表現したら良いか、ちょっと難しいあせる


テキストに書いてあること、先生が教えて下さることを吸収する。

それが「学ぶ」ことの全てではないひらめき電球


・○○学校を卒業しました。

・○○資格(免状)を持っています。


というのは、これまでの過程を証明しているだけに過ぎなくて、

それらをどう活かしていくか、自分の物にしていくかが大切なんですよね。

ビジネススキルは別としても、学んだことと実生活が区別されていては、

本当に「活かしている」ことにはならないと思うのです。


資格とは、取るためにあるものではなく、研鑽していった末の証明。

もちろん、資格がなくても、できる人はできるんですけどね。

信頼性という意味では、即効性がないし、やはり資格は資格なんです。

その資格に値する「責任」がついてまわるから。


私も一応「先生」と呼ばれる仕事をしていますが、

自分が習ったことを、そのまま右から左に伝えるだけでは、未熟だなぁと感じています。


どんなに歳を重ねても、先生として技術・知識を教えることはできても、

中には、尊敬できない方も中には居て・・・

だからこそ、どんな人から学ぶか、どんな仲間と歩むかが大切だと痛感します。


学ばざることは足らざるを知らず


勉強をすればするほどに、自分の未熟さに気付きます。

この世界に入りたての頃と比べれば、技術も知識も精神的にも、

確実に成長しているんですけどね。

色んなことを学ぶほどに色んなことに気付けるようになる。

多くのことを学び、感性を磨き、多くの視野を持つことも大切なんですね。


学んで無駄なことは何一つない。


そして、次の段階。教える(伝える)こと。

人に教えることは、自ら学ぶことでもありますニコニコ


自分のために学ぶ、お金を稼ぐために腕を磨く。それもOK (o^-')b

でも、せっかくなら、自分が学んだことを皆さんにお裾分け(還元)したい。


種をまけば、そこから芽が出て、たくさんの花が咲き、

そして更にたくさんの種が落ちるようにふたば


また6月から2年間の大阪通学です新幹線

もはや日常のマナーではなく、日本文化を通じて精神(心)を学ぶ感じ。

皆さんにも色々お伝えできればと思っていますひらめき電球

長々となってしまいましたが、

最後まで読んで下さって、ありがとうございましたニコニコドキドキ