1ヶ月ほど前に、フルタイムで働いていた時の友達からLINEで訃報の連絡がありました。



「Yさんが一昨日お亡くなりになりました。

生前お見舞いに行ったら、○○さん(私)のことを話してられました。…………」



連絡をくれたKさんは、話し上手、聞き上手な女性で、私より一つ年上、40代初めに旦那様が脳出血で亡くなりました。



一人娘が中学3年生の時だったでしょうか、溺愛していた父親にぞんざいな態度をとってしまっていた娘さんは、突然、お父さんが亡くなって精神的に不安定になり、不登校になってしまいました。



ご主人が突然亡くなり、そして娘が不登校になってしまって、Kさんはずいぶん苦しい時を過ごされていたと思います。



でも忌引き明けに出勤し、葬儀への参列や厚情に対して気丈に感謝の言葉を述べ、悲しい顔を見せずに仕事をしていました。



私の父がそれより半年前に同じ脳出血で亡くなったこともあり、彼女とはよく話をしていました。




退職した後は、会う機会はめっきり減りましたが、それでも連絡を取り合い、数年に一度ランチをしたりしていました。




息子が亡くなったことは、在職中関わりのあった人には誰にも言っていません、彼女にも。



苦しくて心のもって行き場がないとき、何度か彼女には話そうかと思ったけれど、やっぱり話せませんでした。


リアクションが怖かったこと、話すことでまた気持ちが直後に引き戻されそうな気がしたこと、返ってくる言葉に自分が傷つくかもしれないと思ったこと、そんな理由からでしょうか。




今年の元旦に、彼女から年の初めのあいさつが写真入りで送られてきました。



日本舞踊をずっとやっているKさん、素敵な着物を着て三つ指をつき、にっこり笑ってる、やっぱり美人で華がある…



なにか書いて返信しようと思ったけど、その笑顔を「見たくない」と思ってしまった私


なんだろう、この精神状態…


今の哀しい自分、神様から見放されたような気持ちの自分、それにひきかえ…

と思ったんでしょうか。







以前は、クラス会の幹事をやったり、大学のサークル仲間との飲み会や旅行にもほぼ参加したり、常に友達との絆を絶やさないように心がけてきたつもりです。


でも、いまやすっかり変わってしまいました。




今までの人生で心の深い部分でつき合っていた人、高校時代からの親友も含めて、大学時代のサークル仲間や在職中の友達とは、今までのように屈託なく付き合えないのです。




我が子を亡くした自分の気持ちは、そういう人たちにもわかってはもらえない


余計な気を遣わせてしまうのではないか


生き生きと幸せそうに人生を送っている友達を羨んでしまう、そしてそんな自分に自己嫌悪になる




そんな気持ちから交友関係はグッと狭くなりました。

でも、それでいいや、とも思うのです。


あさ~く付き合う方が気が楽なんです。



親友は時々心配して家に訪問してくれたり、美味しいものを送ってきてくれます。

そんな優しさに感謝しています。


でも、自分から連絡をしたり、出掛ける提案はしなくなりました。





これから先、その気持ちが変わっていくかどうかはわかりません。



でも、日常を淡々と送るだけで精一杯、人との付き合いに気持ちを砕ける余裕がない、自分の心を守るため、それでいいと思っています。





昨日は一日早い20回目の月命日で納骨堂にお参りに行きました。


幸せそうな息子の笑顔を見て今まで以上に号泣😭😭😭


心の深~いところに落ちて…


苦しくて哀しくて会いたくて…


やはり身も心も打ちのめされるような辛さです…






今日も読んでくださってありがとうございます




ここで支えてくださっている皆さまに優しい時が流れますように…🍃🐌