終末期ケア病棟で働いていた時、海上自衛隊の白い制服が良く似合う男の子が上官と一緒にやってきました。浅黒く日焼けしていて、中肉中背、健康そうに見えたその患者様は健康診断で再検査が必要とのことで検査のための入院でした。聞けば高校を卒業したばかりの18歳の新人自衛官でした。入院して検査を受けながらも自室で復帰する日のために筋トレを欠かさず、元気そうで自衛官になってからの将来の夢をしっかり持っている素直な若者らしい青年でした。検査が一通り終わり、結果は...大腸癌でした。若い彼だから体力もありきっと治療も順調にいききっと治るとスタッフも彼の周りの人もみんな思いました。だから、頑張って治そうねっていつも声をかけてましたね。手術で腫瘍を取り、浸潤があったため抗癌剤が始まりました。何回も書きましたが、その頃の抗がん剤は副作用が今よりも強くてすごく辛いものでした。常に襲ってくる吐き気、食欲も落ち、ほんの少し食事を摂ることがとても難しくなる。それと並行して消化吸収機能が低下して連続して起こる下痢に悩まされます。初めの頃はまだトイレに行けていたのですが、だんだんやせ細って体力が落ちてしまいトイレにも行けなくなりポータブルトイレを使うようになりました。血液の造血機能も落ち、貧血、血液が固まりにくく、出血しやすくなる、白血病も下がって感染を起こしやすくなり一時無菌室に入室をしたり、大変な毎日を必死で頑張る彼でしたが、なかなか症状は改善しませんでした。むしろ、悪くなっていくばかりに見えました。そんな時、今何がしたい?と受持看護師が聞くと、もうすぐ誕生日だからビールが飲みたいと彼は言いました。自衛官をしていた時、飲み会があって、そこで生まれて初めて飲んだビールがとても美味しかったと彼は瞳を輝かせて言いました。終末期病棟にはタブーは無くて主治医が許可すれば何でもOKな所、早速許可を出してもらいました。何でも食べられる状態ではなかったため、アイスクリームとビールを用意して、誕生会をしました。主治医、看護師、家族の方々などが個室に集まってバースデーソングをみんなで歌って飲みたかったビールを飲んでいただく、ホントにお猪口一杯ぐらい、ほんの少しの量でしたが美味しいと言って微笑んだ彼の顔は忘れられませんね。それから2週間ぐらい経ってから彼は天に召されていきました。退院の日は彼の夢だった海上自衛隊の白いユニホームを着て退院して行かれました。肌は白く痩せてしまったけどとてもユニホームが似合って凛々しい姿でした。最後まで自衛官だった彼をみんなで敬礼して見送りました。彼に何をしてあげたら良かったのだろう、答えは出せませんでした、終末期ケアっていつもこんな不消化な後悔ばかりの毎日ばかりだった気がしますが何十年経っても忘れられない思い出ばかりです。看護師の仕事ってだからやめられないんですよ。