レイキと出会って10年目のいま
レイキとつながる→ 静まる
レイキをする → 整う
という因果の物語が
私にとって必要なくなりつつあります
静けさは
技法の結果ではなく
行為の成果でもなく
気づかれようが気づかれまいが
もともと在り
「レイキ」という名前や
形式や行為を通さずとも
背景はただ静かにここに在る
「レイキを手放せ」とは
レイキを道具として
自分の外側に置かない
ということなのだろうと
今は受け取っています
このたび大阪市住之江区の
サロンから転居しました
2025年4月から12月まで
住之江でたくさんの方に
レイキの手当てと講座を行いました
レイキに興味をもって
関わってくださった皆さん
ほんとうにありがとうございました
必要であれば今後もフォローいたします
レイキを感じる
↓
わかち合う
↓
経験を積む
↓
教える
↓
教えなくなる
↓
ただ在る
実体はありませんが
このような道を辿ったようです
「私が何かをする」以前に
場はすでに整っており
「私が何もしない」とき
自然と場が機能する
気が向いたらまた講座します

