寝屋川市の丘陵地を登ったところにある高良神社。

本当は明治の初めに打上神社と改称されているそうですが、今も高良神社で通っているようです。


創建は不詳です。

ご祭神は武内宿禰。

なかなか変わっています。


高良の由来は高麗の訛りでは無いかと言っているサイトがありました。

もしそうなら、この辺りは渡来人が多かったのでしょうか?


そして、この神社の近くには石宝殿古墳があり、立派な「石槨(せっかく)」が残っています。(今回は行ってません)

かなり有力な人が埋葬されていたようです。


神社の直ぐ横の町を見渡せるところには役行者の像があったり、なかなか見所満載です。





地図にも出ていない小さなお社を見付けました。 

大阪府寝屋川市の高良神社の直ぐ傍、道を外れた所に鳥居がありました。  

その先に小さなお稲荷さんらしきお社。 

由緒とかは何も分かりません。 

もしかすると、個人で祀られているのでしょうか? 

たまにお世話されているのだろうと言う痕跡はあります。 

 でも、高良神社に向かう人以外殆ど人が通らない道根外れにわざわざ祀るというのには、何か深い意味がありそうな… 

 めっちゃ気になりますが、霊感のない私には、祀られている神様の声は聞こえないのでありました。





大阪府寝屋川市の奥?に入っていくと、少し田舎な感じの丘陵地になります。 

 その奥に高良神社と言う神社があるのですが、その途中の道端に小さなお社がありました。 

鳴尾大明神とあります。 

こんなに小さいのに大明神です。 

 お社の前には極楽寺と言うお寺があります。

まあまあ、立派。 

このお社はこのお寺が管理しているのでしょうか? 

よく分かりませんが、たぶん昔はこうやって集落ではお寺とお社が隣り合っているのは普通のことだったのでしょうね。 

そのお陰で神社とお寺の区別ができない人が量産されるわけですが… 

 問題なのは、宗教でありながら単に手を合わせてお願いすればそれでお願いが叶うみたいに多くの人に思われてきたことです。 

 個人的には神社とお寺はどちらも尊重していくつもりですが、それらの持つ教えを区別して、それぞれの前に立ちたいと思うのです。


大阪府寝屋川市打上南町のとある老人ホームの中にありました、小さなお社。 

由緒とかは何も分かりません。 

普通の企業内神社でしょうか? 

それとも、元々この地に祀られていたところに老人ホームができたのでしょうか? 

白髭神社という名前にはどんな思いがあるのでしょうか? 

白い髭ですから、老人ホームと関係ある? 

色々考えながらのご参拝です。 

 とりあえず、きれいにお世話されていて、ここの人たちを気持ち良く守ってられるのだろうなと感じました。





大阪府寝屋川市の打上高塚町の明和小学校前に、何やらゴロゴロと大きな石が集められていました。 

 工事の廃材置き場? 

いや、そうではなさそう。 


近付いてみると、お地蔵さん?

そしてその近くにはお稲荷さん。 

何だここは? 


 調べてみると、この辺りには、高塚・ほり塚・ぬめり塚・から塚などという「塚」の名前のついた地名が多くみられ、昔は多くの塚(古墳)が存在していたようです。

しかし、それらの殆どは、畑になってしまったようです。 


 これらの大きな石は、この付近にあった古墳に使われていた石材を集めたものと考えられているそうです。 


 そして、これらの巨石で祠をつくり「お大師さん」と呼び親しまれている弘法大師像が安置されたそうです。 

 お地蔵さんではなく、弘法大師像でした。 


 お稲荷さんの方の由来はさっぱり分かりませんけど、やっぱり巨石にはパワーがあるのでしょうかね? 

つい、神社を作りたくなったのかな?




小綺麗に整備された、境内に上がる階段。

しかし、境内上がると何だかな…

何となく寂れた感じがします。


國守神社については余り詳しい事が分かりません。

明治までは八幡宮と呼ばれていたのが、明治になってから國守神社と改称されたそうです。

江戸時代には在ったのでしょうけど、創建も分からない…

國守は元々のこの辺りの地名だそうですが、今ではその地名も無ありません。


社殿はコンクリート製で、いまいち趣きに欠けます。

社殿の横や裏には地域のやんちゃ子達が書いたであろう落書きがそのままです。

何だかこのまま寂れていきそうな予感のする雰囲気です。


でも、多分昭和の中頃までは地域の人たちがこの神社を大切にしていたのでしょうね。

だから、コンクリート製の社殿。

そして、社務所らしき建物。

いつから、地域の人たちはこの神社への関心を無くしていったのでしょう。


そんなことを思っていると、周辺の地域が暗いイメージに見えてくるのでした。






最近動画のアップが滞りがちです。  

ただのサボりです。 

撮りだめは三ヶ月分くらいあるのですけどね。 

今回はそれらを差し置いて、最近の報告です。 

実はものもらいができました。 

せっかくできたのですから、スピリチュアル的な意味を調べてみました。 

 すると、
自分の理想を現実化したい
求めている結果を出したい
そんな意識が高まっているそうです。 

 ああ、確かにそうだな~と感じています。 

 今、自分が長らくやろうと温めていたことを形にしようとしているところです。 

まあ、フリースクールなんですけどね。 


今進めていることが間違っていないよと言ってくれているものもらいのようです。





大杜御祖神社は「式内社」で由緒のある神社らしいです。

御祭神は近くにある高宮神社の父神である天万魂命(あめのよろずのたまのみこと)。

古くからこの辺りの産土神社として祀られてきたようです。


江戸時代には、五穀豊穣を護って牛頭天王(素戔嗚尊)も祀られていたようですが、何故素戔嗚尊?

こう言うのにも流行があるみたいですね



明治に入るまでは真言宗玉松寺が大杜御祖神社と高宮神社の神宮寺として、管理していたようです。

廃仏毀釈の煽りでお寺は廃寺。

そこにいたお坊さんはどうなったのでしょうね?

廃仏毀釈の時に、還俗された方も少なくなかったと思いますが、中には神職として、神社に鞍替えするという人もいたようです。


ちなみに大杜御祖神社は現在は無人です。

社殿の背後には木々が茂り、結構広いご神域があるように見えます。

少し民家から離れて、雰囲気も良い。

落ち着いた所で、この辺りをみまもっていらっしゃるんだなあと感じました。





久しぶりです。

最近ちょっと体調崩していました。

それでも、生活は変わらないのですけどね。

自営業は休むと稼ぎが無くなるので辛い…



今日はですね、いきなりですがフリースクールやろってことです。



3月からご近所のフリースクールにボランティアスタッフとして参加していたのですけどね、そこが目指していたのが通常の学校に戻らないことを前提としたオルタナティブスクールだったのですね。

現状は、預かる子ども達の殆どが学校に戻っていくのですけど…



そこでボランティアスタッフとしての二ヶ月の間に色々ありまして、私がしたいことは学校に戻らないオルタナティブスクールではないな~と思うに至りました。



私がしたいのは学校に戻ることを前提とした子達の学習支援でした。

だから、学校に戻ろうと子どもが思ったときに、勉強面で困らないように学校の進度に合わせた準備しておくことに重点をおこうと思ったのです。



結局勉強屋の私にはそれしか出来ないのですよね。



それじゃあ自分でしよう、と言うことになりました。



最初は週1日(木曜日10:30~15:00)だけ預かって一緒に勉強しようかと思っています。



まあ、勉強したくない人は、ただの居場所に使ってくれても良いのですけどね(笑)



勉強しようと最初に言ってくるフリースクールはそう無いと思いますが、人は最後は勉強してないと社会に出て行ったときに不利な訳で、自分の可能性に蓋をしてしまうのです。



仕事のことばかりで無く、自分の周りのことを深く理解して、世界を広げていくためにも、勉強は手っ取り早いのです。



だから、一緒に勉強しようぜ!

自分のペースでゆっくりで良いから。


とりあえず、気になったらお電話下さい。

090-8160-8200

です。

お待ちしています。




高宮神社はこの近くにある大杜御祖神社と親子の関係にある神社です。 

ご祭神は『先代旧事本紀』(平安時代)に天剛風命(あめのこかぜのみこと)で、大杜御祖神社の祭神、天萬魂命(あめのよろずたまのみこと)の子神にあたるそうです。 

全然聞いたこと無い神様です… 


創建は明らかではありませんが、905年に藤原時平らによって編纂が開始された「延喜式」に記載される式内社と言う由緒のある神社です。 

 と、ネットにあることを並べると凄く立派な神社かと思ってしまいますが、実際には少し古い街中にある余り大きくも無い神社です。 

隣には自治会館があって、昔から集落を守ってきたのだなと感じさせ、親しみを感じます。  

でも、何でしょう。 

長い歴史から醸し出される威厳のようなものもあり、味わい深いものがあります。 

社殿を前にすると、見上げる感じで存在感が凄いのです。 

 コンパクトな境内ですが、ここにはパワーがある。 

そう感じさせる神社です。