上の画像はパソコンからお借りしました。
久々に映画を見た。キングダムⅠ、Ⅱです。
もう長いこと忘れていました。血、湧き上がる、感覚。
思い出したのです。田舎に映画館がなく、高校を卒業して大都会に出てきて初めて見た映画は「ベンハー」でした。チャールズ・ヘストンが異彩を放っていました。内容はうろ覚えですがどんな汚い手を使われても、立ち向かい最終的に勝利を手にする。そしてメルギブソンの「ブレイブハート」断頭台から殺される寸前に叫んだ !「フリーダム」! たとえ殺されようが自由は奪えないと。まだ若い純粋な心に強烈に響いたのです。
私は恋愛物語にはまったく興味がありませんでした。今でもそうです。見るのは国造り、バイキング、生き残る智慧と戦略、戦術、なかでもワクワクしたのは赤壁の戦い、ここには戦いの基礎が学べ、自然を味方に勝つ戦略があますことなく散りばめられていました。何かを成す人間はぶれない。周囲の意見を客観的に聞き、自分で決断する。
自分の話をします。ある宗教に夢中になった時期がありました。その主催者は世界中でコンサートをしていました。和歌山でコンサートをしたいから、300人ぐらいの規模で、あなたにお願いしたいということでした。日にちだけが決まっていました。1か月後でした。和歌山の知り合いはたった一人でした。その方にお願いして二人で動きました。駅近くの300人ぐらいが入るホールを先に探しました。そして主催者が泊まれるホテルを決めること。私はいちいち、主催者に聞きませんでした。決まりましたよと、連絡をしました。もし気に入らなかったら自分たちで探すだろうと考えたのです。ホテルは気にいらなくて自分たちで決めたようです。主催者から約5千枚のパンフレットが送られてきました。私は動いてくれる友人にとりあえず動いてくれそうな人を10人ピックアップして、その人たちに300枚づつパンフレットをお願いしました。私も3日に1回和歌山に入り共に動きました。家にいる時は電話をしました。友人の気持ちの確認でした。そしてコンサートは大成功したのです。私はそこから学びました。人がどうしたら動いてくれるのか、自分は動いてくれる人とどのような関わり方をした方がいいのか、先に何をするのかの優先順位、友人との距離感、繊細に考えていくこと、成功する秘訣を体験を通じて学んだのです。
キングダムをたて続けに4本みました。日本のキングダムⅠ、Ⅱ、中国の2本、日本のキングダムの信の直感で生きるダイナミックさと無謀と思えるほどの熱い勇気、、秦の始皇帝(嬴政・えいせい)の何があっても絶対成し遂げる信念と冷静さ、そして冷酷さ。今まで成し遂げられなかった中華統一、500年も続いている国盗りを一国が統一することで平和をもたらそうとする始皇帝の野望。でもそれは裏を返せば自分の国が秦に取られ無くなるという現実。
中国のドラマで燕の太子、姫・丹、と秦の嬴政が幼少期に趙に人質に取られお互いに立場が同じだったので助け合って幼少期を過ごした。燕は小国でありながら700年も続いている誇り高き国でした。しかし秦の大国にはなすすべがありません。何とか生き残ろうと、燕の王は再び太子を今度は秦の人質にしました。太子は嬴政の性格を知り尽くしているので昔の絆は中華統一の野望の前では意味をなさないことを知っていたのです。案の定、燕国は滅ぼされてしまったのです。どの国も自分が生まれ育った国がよその国のものになるのは嫌なはずです。どんな小国であろうが生きてきた歴史があるからです。
この物語は今の時代にも通用するとドラマを見ながら思いました。大望を得ようとするものは同じ重さの大事なものを失う可能性があると。
両方は手に入らないと私は思っています。上の位になればなるほど、責任の重さは違います。それはある意味、冷酷になれるかどうかの選択をしなければならない場面が多く訪れるからです。その最たる者が社長です。相手を切ったら同じぐらい自分を切ることになるのです。もしかしたら切られる者よりも切った者の方がはるかに痛みは深いのだと考えま
映画はその時代その時代に、必要な事柄を提供して、見る者の心を揺さぶり、見る者の内面を赤裸々に映す鏡のような位置にいるようなきがしています。自分はどうするのだろうかと、映画を見ている時に自分の心が解り自分発見にも繋がります。そして相手と意見を言い合い更に感動を深めたり、意見の違いからより深く相手を知ったり、それだけでも貴重な経験になります。
名作と言われる作品は生きる上で、時代に関係なく人間にとって普遍な世界を表しているのだと考えます。 天海 礼花
