はじめましての方へ星

 

このブログでは

読書感想や

家族との日常

ペットの記録などを

気ままに綴っています宝石白

 

少しでも共感していただいたり

何かのきっかけになれたら嬉しいですニコ

 

 

 

 

うちのコ紹介

 

🐹ココ(♀)2歳11ヶ月🌈

 

 

🐭チーズ(♂)5歳2ヶ月

 

 

 

 

“LIVE LIFE TO THE FULLEST”

(最高の人生を♡)

 

 

 

 

 

 突如だけど

 

自分がずっと

 

「差別を乗り越えたい」

 

という願望を持ってたことに

最近気が付いた。

 

 

それは、わたしの過去の経験や

思い出によるものかもしれないし

 

生まれてくる前の記憶に

よるものかもしれないけど

 

とにかく自分の中に

 

「差別を乗り越えたい」

 

という願いがあるなと思う。

 

 

「恨みを晴らしたい」

という思いがあれば

 

恨みたくなるような

出来事が起こったり

 

 

「人を信じられるようになりたい」

という思いがあれば

 

信じるのが難しい人と

出会ったり関わることが

逆に増えそうなのと一緒で

 

 

わたしの中に

 

「差別を乗り越えたい」

 

という思いがあるから

 

“差別される人”と

 

“差別してくる人”が

 

現れやすいんじゃないかと思った。

 

 

 

 

そして何より

 

「差別を乗り越えたい」

 

と願ってる時点で

 

わたしは“普通の人生”に

ほんとは憧れているということあせる

 

 

そういう本心から

ずっと目を背けて

暮らしてきた。

 

 

そして自分の家族が

差別されてると感じる度に

 

 

差別する人きらい!

と思ってきた。

 

 

でもそれは“同族嫌悪”というやつで

 

 

自分の中の見たくない短所を

 

相手の中に見ていただけだった。

 

 

つまりわたし自身が

独善的な心を

持っていたということ。

 

 

そのことに

気付けるために

 

憎まれ役をやってくれた

周りの人たちは

役者なのだと思う。

 

 

なぜ気付く必要が

あるかといえば

『劣等感をなくすため』

 

 

自分の劣等感に

自分で気付いて

自分で手放すため。

 

 

なんだか日常って

“いかに劣等感をなくすか”

 

なのでは?と思えてくる。

 

 

なかなか難しいときも多いけど

これからもできる範囲で

自分と向き合い続けたいヒヨコ