スピリチュアルが好きな人なら、
「全てに感謝しましょう✨」
そんな言葉を、一度は聞いたことがあると思います。
でも私は、
「全てに感謝」
という言葉に、どうしても違和感を感じてしまいます。
実は「有り難う」って、そんなに簡単なことではありません。
言うのは易し、行うのは難し、です。
性格悪いですが、
「本当に有り難うって思ってる?」
「とりあえず言っときゃいいやって思ってない?」
「簡単に言いやがって!」
と感じてしまう場面に、良く出会します。
心が伴わない、ぺらっぺらの「有り難う」。爆
生きていれば、感謝しづらい出来事は、必ず起こります。
この世には、救いようのない人間も存在します。
怒り。
哀しみ。
憎い。
許せない。
そうした感情が湧くことは、本来、自然なことなんです。
それなのに、
「人は鏡」
「これも学び」
「感謝しなきゃ」
と、感謝で上書きしようとすると、感情は処理されないまま、抑圧されていきます。
さらに、人は鏡だから自分の投影だとすることは、被害や加害の構造が見えなくなり、本来、負わなくていい責任まで、負うことにもなります。
これは、無意識で起きます。
無意識だから、気付きにくい。
私も、気付いたの、結構最近です。
無理して感謝することは、
受け取らなくていいものを、
受け取ってしまう行為であり、
自分を大切にしない行為です。
本当に必要なことやものが(お金も)入ってこなくなります。
感謝できない出来事も、
感謝してはいけないことも、
許してはいけないことも、
実は、あるのです。
それは、悪ではありませんし、自分を守り大切にするためであり、自然で健全な反応です。
「なぜ、こんなことが起きたのか」
「どっちが良くて、どっちが悪いのか」
「許さなきゃ、でも許せない」
そんなところに、意識が留まっているうちは、
本当の感謝は、生まれません。
むしろ、
「絶対に許さない」
と、決める。
許さなきゃと思いながら、許せない状態より、許さないと決めた方が、感情は早く処理され、忘れられます。
忘れた頃に、気が付けば、自分も、相手も、許せたり、感謝できたりするでしょう。
えんは、えん。
縁は、円。
「有り難う」が、
縁になり、円になる。
けれど、心が伴わない「有り難う」は、えんには、なりません。
人間関係やお金に困る原因の一つでもあります。
感謝信仰の危うさです。
スピリチュアルの世界では、
感謝=高次
怒り・哀しみ・許せない・感謝できない=低次
と、されがちです。
でも、感情を感じ切る前に、片づけてしまったらダメ。
自分の感情が可哀想。
悪意や被害や加害や理不尽を直視せず、
「感謝に変換すればいい」
としてしまうのは、前向きさではなく、感情の抑圧と、現実回避です。
そこには、正常性バイアスが働き、
認知が、静かに、歪んでいきます。
一番の真実は、どんなスピリチュアルな教えよりも、今、この瞬間に、自分が感じている感情です。
感情を否定しないこと。
現実を歪めないこと。
その先にだけ、本物の感謝があります。
「感謝しなくちゃいけない、でも出来ない」
そんなふうに留まってしまっている人を良くお見かけします。
中には、無意識に気付かず、自分は感謝出来ているって思っている人も。
ネガティブな感情も自分自身が受け止めて優しく抱きしめて自分を守り大切に出来ますようにと願っています🍀