世の中には“良いウィル”と“悪いウィル”の二種類しかない。だがこの話は、“グッドウィルという悪いウィルがあった”という話である。
去る五年程前、私は「自分は卒業したら瞬間ミュージシャンになる。ゆえ就職活動は一切しない。というより、する必要がない」との案配で脳に黴菌が入ってしまったらしく、そのようにして着実にかつ加速度的に喰い詰めていったのである。
結果私は、TシャツにGパンという何ともアルファベットめいた出でたちでもって、小岩駅からゆるゆる総武線にて秋葉原に出ることになった。徒歩で備蓄した汗が、車上の私を震わせたものだった。
握りしめていたので滲んでしまったフロムAの切れ端によれば、このビル内にて私は某かの仕事を斡旋してもらえるはずである。引き続き私は震えて、オフィスのドアを押し開けた。
受付の女に事情を告げると彼女は「あっ・はい、っ・はい」か何か云いながら私に、数通の書類を記入させたのである。その後はビデオグラム観賞とのこと。金はなくとも暇は売る程あったため、行儀よくビデオグラムの理解に努めた。
ビデオグラムに曰く、当システムは会員が好きな時に好きなだけ働けるため効率がよく、かつ勤勉に働けば位も上がり給料も上がるのだと、まあそういうことだった。まあどうでもいいことだった。私としては現在が潤えばそれでよいわけだから。
幾分眼がしぱしぱしたのち、受付嬢が云うにはここで暫く待機し、仕事が入らなければ金をくれてやるので、今日はもう帰ってよいとのこと。その名も“待機”という勤務なのだそう。
何たる魅惑的な勤務内容であろうか、“待機”……。
早速私は五分程“待機”した。人の出入りはあるが、声をかけられる雰囲気はない。よしいいぞ、更に十分程“待機”。持参した『墓場鬼太郎』を読破してしまった。更に十五分“待機”、段々に気詰まりである。“働きたくない――”。
女が私に「おつかれさまです」と告げた。馬鹿を云うな、疲れてなどいない。などと云うのは馬鹿のすることであり、日々をのんべんだらり過ごすためには疲れてなくとも「はい、ものすごく疲れましたです」とこれが適切なのであり、私は即金で三〇〇〇円程握りしめると意気揚々、早速神田方面へと古書を求めくり出したのである。
何てちょろいのであろうか、“待機”って。
しかしグッドウィル自体はそんなにか、甘ちょろいものではなかったのである。