いよいよ待ちに待った解禁日。


仕事だから行けませんが昨日の雪ではたしてどれだけの人が芦ノ湖に行ってるんでしょうか。


自分は来週かな。
昨日、16日早朝というよりもまだ深夜の午前2時57分。

嫁の親父さんは二人の娘とお婆さんに看取られ静かに永眠しました。


危篤の報を受け当日昼前より癌センターへ親類縁者が集まり見守っていましたが、医師によると徐々に呼吸や脈も弱まり危険な状態が続いてるものの、まだ本人の体力次第では数時間このような状態が続く可能性もあると説明があり、付き添いに嫁と妹、祖母を残して仕事もあるので他のものは帰ることになりました。

自分も家と病院を何度も往復してかなり疲れていましたが、付き添いに残るつもりでいると嫁から少しだけでも休んだらと言われ、零時に病院を出て家に戻り洗濯と入浴を済ませ、床につきうとうとし始めた午前1時40分過ぎ、嫁からあと数時間と医者が今診断して今のうちに合わせたい人がいたら連絡をと告げられたと携帯が入り、慌てて病院に向かいましたがちょうど病院の駐車場に到着した瞬間に携帯がなり、嫁から間に合わなかったと泣きながら告げられとにかく今着いたからと答えて病室に走りました。


病室では妹がお父さんの身体に泣き崩れていました。

嫁がパパ死んじゃった、本当に死んじゃったと泣きながら駆け寄ってきて自分の胸に顔を埋めてきました。












七年間、五つもの癌を患いながらも懸命に闘い続けてきた親父さん。


少しずつ少しずつ呼吸が小さくなり、最後は本当に眠るように息を引き取ったそうです。


本当によく頑張ってきたと思います。



お疲れ様、もう苦しむことも無いから。


ゆっくりと休んでください。



本当にお疲れ様でした。
嫁の親父さんが今日また癌センターに入院した。

正月に実家に行ったときも抗癌剤の影響で気持ち悪いを連発して食事も重湯程度しか摂れず、心配をしていたんですが、やはりそれ以後も食事をしていなくて栄養失調に陥り急遽入院となった訳ですが、病棟が末期癌でおそらくはもうじきここで人生の終焉を迎えることになるかもしれない患者が入ると言われている病棟でした。

すでに三年生きた症例はありませんと言われちょうど三年め。

覚悟はできていましたが、現実にこの病棟に入るとなると気持ちは言いようのない不安感でいっぱいです。

まだ、詳しく話し等はできていないので今後どのような経過になるのかは判らないですが、自分の母親が癌で亡くなったときとそっくりなんです。

母親はこうなってから一ヶ月半で亡くなりました。

嫁にも気持ちをしっかり持つようにと言いました。

実家には歳老た祖父母がいるだけなんでおそらくは家には帰ることができないと思います。

厳しい現実がまだこの先幾つも待っているはずです。
少しでも嫁や実家の家族の支えになっていきたいです。