ベルギーのブリュッセルに本部を置き、ヨーロッパで最も権威のある人権NGOである「国境なき人権」(HRWF InternationalAdvocacy of democracy, the rule of law, social justice, and human rightshttp://www.hrwf.org/)が20111231日に発表した日本の拉致監禁と強制棄教に関する克明な調査レポート『日本:棄教を目的とした拉致と自由の剥奪』(日本語訳)の第二章では、以下のような報告が為されています。「・・・2010年から11年にかけ、主に世界基督教統一神霊協会(略称・統一教会)とエホバの証人の信者ら約20人の被害者から聴取したほか、ジャーナリスト、弁護士その他の専門家に話を聞いた。「国境なき人権」はこの問題で、日本の国会議員10名にも面会して意見を聞くことができた。不法な拉致行為だが、その特徴は被害者本人の家族が、「脱会カウンセラー」と共謀して実行していることだ。子供の将来をめぐる親の心配は、新興教団の危険性をあおるようなメディアの過剰報道によって一層増幅された。拉致は慎重に計画・実行され、被害者は意思を全く無視された形で隔離されていった。その実状を知れば、犯罪の実行者である家族の支配的な力が見えてくる。家族は、日常の生活舞台から行方を消した子供について隠し通し、司法当局が捜査しないように誘導した。監禁されている間に被害者は脱会を強要されるが、そうした説得行為を担当するのはプロテスタント教会の牧師や関係者が多く、問題の新興教団の元信者も支援する。被害者の中には、拉致・監禁を経験してPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したり、深刻な心理的障害に苦しんだりする者も出ている。最悪のケースとして、統一教会信者の後藤徹氏は暴力的に拉致され、12年間も隔離状態で監禁され、その間に絶食の強要を含む過酷な仕打ちを受けた。2008年に解放されたが、その後、検察当局は拉致の実行犯について「証拠不十分」ということで起訴していない。実際、加害側の両親や脱会カウンセラーを相手取った告訴は、知られている限り全て不起訴処分とされた。警察は実に及び腰で、証拠や文書が揃っていると見られるケースでも捜査しなかった。」 なお、本レポートは、2010年、国際ヘルシンキ人権連合元事務総長・アーロン・ローズ氏が、人権侵害問題を調査する「ヨーロッパ指導者会議及び事実調査旅行」の一員として来日し、複数の関係者の証言を直接聴取したことに端を発して作成されました。
 
同調査レポートの第三章は、「こうした犯罪行為から信者を保護せず、捜査や起訴もしないために、信者たちが法の下での公平な保護を受けられないでいる実態が、いかに国際法に抵触したものであるかまとめた。日本が棄教目的の拉致から市民を保護せず、法の下の平等原則を保障できないことは、「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」や国連人権委員会の諸決議に署名した国として負うべき国際的義務に明白に反している」と日本の捜査当局の対応が国際法に違反し、人権侵害になるという見解を示しています。
 
同様に、米国国務省の「2009年度人権レポート:日本」(2011年3月11日発表)(http://www.state.gov/j/drl/rls/hrrpt/2009/eap/135993.htm)も、以下の通り、この問題の人権侵害性に言及しています。“Section 2 Respect for Civil Liberties, Including: c. Freedom of ReligionThe law provides for freedom of religion, and the government generally respected this right in practice. However, the Unification Church continued to report that authorities did not intercede in reported cases of "forced deprogramming" and confinement.”「第2節 以下を含む市民的自由の尊重:c.信教の自由:法は信教の自由を規定し、政府は、一般にこの権利を実効的に尊重してきた。しかしながら、統一教会は、当局が『強制棄教』や『監禁』の報告例に介入しなかったことを報告し続けた。」(筆者による日本語訳) なお、米国国務省の人権レポートは、過去にも日本の刑事手続上の人権問題に多数言及してきました。
 
 
この件に関しては、米国内の諸キリスト教関連団体や人権団体も非難の声を上げています(http://www.religiousfreedom.com/index.php?option=com_content&view=article&id=491:quotes-on-faith-breaking-and-japans-failure-to-protect-human-rights-of-religious-minorities&catid=47:deprogramming-issues)。特に米国キリスト教全国評議会は、以下のように同行為を凶悪犯罪扱いしています。“Religious liberty is one of the most precious rights of humankind, which is grossly violated by forcible abduction and protracted efforts to change a person’s religious commitments by duress. Kidnapping for ransom is heinous indeed, but kidnapping to compel religious de-conversion is equally criminal.”「信教の自由は、人類の最も貴重な権利の1つであり、それが個人の宗教上の献身を強要によって変えるために強制的誘拐及び長期に渡る努力によって著しく侵害されている。身代金目的の誘拐は凶悪な行為であるが、棄教を強いるための誘拐も同等に犯罪的である」(National Council of Churches of Christ, USA・米国キリスト教会全国評議会
 
確かに、日本は「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)を批准しており、憲法第20条でも信教の自由を保障していますから、『強制棄教』や『監禁』を容認して捜査において宗教的に偏重した捜査当局の対応は、B規約第18条及び憲法第20条に違反します。それどころか、実際に『強制棄教』や『監禁』に参加した実行者は、日本の刑法上強要罪(刑法223条)や監禁罪(刑法220条)に該当する可能性すらあります。恐らく彼らは、危険なカルト教団のマインド・コントロールから信者を解放・救済することに目的があると自らの行為を正当化する大義名分を語るかもしれませんが、信教の自由は、憲法上現在する明白な危険を排除する場合以外に制限することを認められません(通説・判例)。実際、日本は、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)上の人権問題を幾つも抱えており、そのため自由権規約違反に関する規約人権委員会に対する個人通報制度を定める第一選択議定書を批准していないのではないかと疑われるほどです(国連人権理事会は、2008年5月、日本政府に対し、今後5年以内に第一選択議定書を批准することを勧告した)。確かに、同第一選択議定書が批准されれば、どれほど多数の問題が個人通報の対象になるか想像もできません。フランスのパトリシア・デュバル弁護士は、日本おける「強制棄教」や「拉致」の問題に対する懸念を表明し、日本がこのような人権問題を防止するために第一選択議定書を批准することを勧告しています(http://kidnapping.jp/voice/voice_hrwf6.html)。
 
 
時々、人権委員会及び人権理事会の判断が欧米に偏重しているのではないかと疑問を持たれる方々もいらっしゃいますが、国連の人権委員会は53ヶ国の委員から構成され、 人権理事会は47の理事国から構成されています。ちなみに、人権委員会の議席は、アフリカに15議席、 アジアに12議席、東ヨーロッパに5議席、ラテンアメリカ・カリ ブ海に11議席、西ヨーロッパとその他のグループに10議席(アメリカ合衆国とカナダはここに含まれる)の計53が配分されます。同様に、人権理事会 の理事は、アフリカに13理事、 アジアに13理事、東ヨーロッパに6理事、ラテンアメリカ・カリ ブ海に8理事、西ヨーロッパとその他のグループに7理事の計47が配分されます。そして、人権委員会及び人権理事会の決定は、単純多数決に基づいて います。したがって、(是正)勧告には、人権委員会議席中27議席、理事会構成国47理事中24理事の賛成が必要です。そこで、人権委員会及び人権理事会の(是正)勧告が欧米の価値観に偏重するとは言い得ません。
 
上記レポートの第一章は、次のように本問題の原因たる日本の宗教事情を指摘します。「日本人は伝統的に神道と仏教を軸に、複数の宗教に帰依する傾向がある。そうした多神教文化が根強いために、宗教は個人の信条としてより、家族や一族のアイデンティティーを醸成してきた。しかし第二次世界大戦後は個人主義が強くなって、集団的アイデンティティーや帰属意識が弱まってきた。その隙間を埋めるように、新手の宗教団体やキリスト教諸派が活発になり、中には公序良俗から逸脱するような奇異な言動や暴力に走る運動も出現した。そのおかげで社会全般に新宗教を嫌悪する傾向が広まり、信教の自由を制限してでも日本の伝統文化や慣習を守るべきだという主張が出てきた。こうした傾向のせいで、個人の人権を擁護するはずの国内法規や国際的な人権保障義務を遵守しにくい状況ができているようだ。」ここで「中には公序良俗から逸脱するような奇異な言動や暴力に走る運動も出現した」と言っていますが、これは「オオム真理教」を示唆しています。
 
ところで、問題の宗教は両方とも新興キリスト教ですから、特に日本社会のキリスト教に対する別の制限的側面も反映していると思われます。日本には歴史上キリスト教人口の総人口に対する「1%の壁」があると言われており、日本の総人口に対するキリスト教人口の割合が1%を超えたことがありません。現在、日本の総人口に対するキリスト教人口の割合は0.8%です(文部科学省宗教統計調査)。これは先進諸国の中では異例な低さであり、G8中では日本のみが非キリスト教国です。例えば、中国のキリスト教徒人口9100万人から9750万人、総人口に対するキリスト教人口の割合7%~7.5%(中国のキリスト教人口は世界第七位)、インドの総人口に対するキリスト教人口の割合2.3%、インドネシアの総人口に対するキリスト教人口の割合13.1%等と比べれば、日本のキリスト教人口が異常に低いことがわかります(2007年度ブリタニカ国際年鑑)。
 
 
勿論、キリスト教を信じないことも信教の自由の結果ですが、警部補クラスの刑事の中には、被疑者に対し、「神様を信じて否認を続けても神様が助けてくれると思っているのか・・・日本人が聖書を読み、キリスト教に改宗する必要はない」などとキリスト教の棄教を誘導する者もいると報告されています。実際、各警察署には神棚が祭ってあり、警察の体質が神道系であることは明白です(旧日本軍の軍艦や軍事基地には必ず神棚が祭られていたことは興味深い)。この捜査当局の神道系体質が、日本社会の非キリスト教的宗教体質と相まって、2つの新興キリスト教に対する『強制棄教』や『監禁』を容認し捜査において宗教的に偏重した捜査当局の対応を助長したと推定されます。