2014年8月12日
母が亡くなりました。
咽頭がんで、2年7ヶ月の闘病生活でした。
手術で声帯を無くした母とは
筆談でまた顔の表情や、身振り手振りで会話をしました。
声が出せないことで、
人を観察する感覚が研ぎ澄まされていだのだと思います。
どんなに隠していても、私の疲れや心の落ち込みを見抜いては、肩で息をしながら
「早く帰って休みなさい」
「忙しいんだから毎日来なくてもいいんよ」
そう言っては、無理矢理私を帰らせました。
残り少ない時間を大切にしたいけれども
その事を認めるのが怖く
あきらめてはいけないような気もして
明日ではない
もう少し時間はあると勝手に信じて
最後の日も精一杯の笑顔で見送られました。
今でも
なぜあれが最後だと神様は気づかせてくれなかったのかと思ったりもします。
なぜ、明日があると思ってしまったんだろうと…
母との別れを受け止められず
普段通りに過ごそうとしながらも
眠るのも、食べるのも、笑うのも
虚しくて
虚しくて
虚しくて
心が空っぽのままの日々を過ごしていた
ある日、ふと
乳がんの触診の仕方という記事を目にしました。
これまではスルーしてきたのに、この時はなぜだか何気なくやってみました。
左胸に・・・
小さな豆粒のようなものがありました。
右胸には、ない
もう一度左胸を触診してみました。
これが、そうなん?
「検診には行きなさいよ」
いつもそう言っていた母の顔が浮かびました。
