ついに、最後の一軒も取り壊されます。

歴史が埋もれちゃう。

仕方ない事だけど、

せめて記録に残しておきたい。


■貴重な連隊遺構、馬房(馬小屋)跡。


当時の馬小屋(馬房)を改造した民家が残る。長い建物を文字通り長屋のようにして現在も使用している。









(参考)

歩兵第101連隊(東部62部隊)



2021年現在の姿










裏側





ついに解体作業が始まる



長屋のように、家が連なっていました。今はもう、1件しかなかったけど、43年ぐらい前はこのうちの1つが駄菓子屋さんで、よく10円アイスとか、駄菓子を買ってました。


のらくろガムの当たりが出たら、当たりを握りしめて、おばちゃんにもう一つもらったなぁ。


そのうち、たい焼き屋さんになった。

餡こがトロッとした美味しいたい焼きで、あと少しで家なのにいつも誘惑に勝てず、頬張りながら自転車をこいでました😅






陸軍62部隊は歩兵隊ですが、将校さんは騎馬隊だったそうで、その馬を繋いでいた場所らしいです。



家の下に住んでいる86歳のお婆ちゃんから聞いた話では




陸軍はこの土地を農家から安い値段で買い上げ、広大な演習場や軍の敷地にしてしまったそうです。


先祖代々の農家で暮らしてきた人々は、当時最高1万円(どれぐらい?600万〜800万円ぐらい?)で、住む所も先祖代々の農地も奪われてしまいます。


しかも、お金を持っている農家さんは、まだ馬絹の日当たりのいいところを手に入れられましたが、

それほど農地もなく、家も何もかも奪われた農家さんや小作人さんたちは、日当たりの悪い北側の痩せた土地を買うか、登戸の軍事工場に強制労働をさせられたそうです。





今後、神社や道祖神とともに、陸軍62部隊の話も、追いかけていこうと思います。