明日の父母会で話すこと | Don quijote viaje para America Latina

明日の父母会で話すこと

明日、子供が通う学校のクラブ活動について父母、子供を交えた話し合いがある。

子供たちがクラブ活動に真剣に取り組まない、子供同士で賭けをしてペナルティにトレカを購入させているなどイジメがあったそうだ。

毎日、子供からクラブ活動での種々の問題は聞いていたのだが、ついに親御さんたちにまで危機感が伝わったようだ。

子供から聞くそのクラブ活動の実態とは内田樹が描き出す現代の経済効率を第一に考えた教育体制そのものであることに気が付いた。

指導者の先生が実績のある方なんだが、生徒の指導には苦労されている。

うーん、子供が13年以上育ったきた環境もあるけど、真剣に物事に取り組めないのは味気のない人生、塩気のない塩である。

札幌農学校で青年よ大志をいだけと言ったクラーク先生は宣教師でもないのに、聖書を使って生徒を教えた。その方法について教えていただいたので、下記に掲載する。

先生は聖書のすぐれた箇所を選ばれ、例えば詩編の103編とか、イザヤ書55章や山上の垂訓、またはロマ書13章、コリント第一書13章などを生徒たちに暗記させて暗誦させた。その後に生徒たちに自分で良い箇所を選ばせた。若し我々の選択が良い箇所に当たると激賞され、我々も鬼の首でもとったように思った。若者はいつも誉めてもらいたいのだ。我々は聖書の良い箇所を一生懸命探して先生の賞賛を得ようとした。かくて通常は理解するに難き聖書という書物が、良い箇所を熱心に探すことにより、次第に聖書の文体に親しみを覚えるようになり、おぼろげながらその意に通ずるようになった。このようにして我々は聖書に親しみ、聖書の知識を増やしていった。


さて、明日私は奥さん方を相手にどこまでお話ができるのか、楽しみである。