体細胞の多能性への刺激惹起性運命変換 | 再生医療が描く未来 -iPS細胞とES細胞-

体細胞の多能性への刺激惹起性運命変換

理研CDBの小保方晴子先生、ハーバード大学のCharles A. Vacantiらのグループにより体細胞を酸処理してストレスに晒すことで多能性を獲得するようにリプログラミングしたという論文が発表されました。

Nature 505, 641–647 (30 January 2014) doi:10.1038/nature12968
Received 10 March 2013 Accepted 20 December 2013 Published online 29 January 2014
Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency
Haruko Obokata, Teruhiko Wakayama, Yoshiki Sasai, Koji Kojima, Martin P. Vacanti, Hitoshi Niwa, Masayuki Yamato & Charles A. Vacanti
http://www.nature.com/nature/journal/v505/n7485/full/nature12968.html

Here we report a unique cellular reprogramming phenomenon, called stimulus-triggered acquisition of pluripotency (STAP), which requires neither nuclear transfer nor the introduction of transcription factors. In STAP, strong external stimuli such as a transient low-pH stressor reprogrammed mammalian somatic cells, resulting in the generation of pluripotent cells. Through real-time imaging of STAP cells derived from purified lymphocytes, as well as gene rearrangement analysis, we found that committed somatic cells give rise to STAP cells by reprogramming rather than selection. STAP cells showed a substantial decrease in DNA methylation in the regulatory regions of pluripotency marker genes. Blastocyst injection showed that STAP cells efficiently contribute to chimaeric embryos and to offspring via germline transmission. We also demonstrate the derivation of robustly expandable pluripotent cell lines from STAP cells. Thus, our findings indicate that epigenetic fate determination of mammalian cells can be markedly converted in a context-dependent manner by strong environmental cues.

小保方先生らはまず、1週齢のOct4-GFPレポーターを持つマウスの脾臓からCD45陽性細胞をソートし(これにより確かに終末分化細胞由来であることが示せる、後述)、様々な種類の強くかつ一時的な物理的・化学的な刺激に晒すことでリプログラミングが起こるか検証しました。
LIFおよびB27を添加したDMEM/F12培地を用いて数日浮遊培養後、Oct4プロモーターの活性を調べたところ、低pH処理(pH5.4-5.8で30min)が最も効果的にOct4を誘導できることが分かり、7日間の培養後Oct4-GFPを発現する多数の球状コロニーが出現することが明らかになりました。また、この際、CD45陽性細胞が減ってOct4陽性細胞が出現することも示されました。
次に、CD45陽性細胞のうち、CD90(T細胞)・CD19(B細胞)・CD34(造血前駆細胞)陽性、陰性に分けて低pH処理をすると、T細胞、B細胞を含む細胞集団では分けていないCD45陽性細胞と同様d7で生存細胞の25-50%がOct4-GFP陽性になる一方、造血前駆細胞ではほとんど(<2%)Oct4-GFP陽性にならないことも示しました。
なお、LIF+B27培地で最も効率よくOct4-GFP陽性細胞が現れ、EpiSC培地では起こらないこと、d0-2でのLIFの存在・非存在はd7におけるOct4-GFP陽性細胞生成の頻度に影響がない一方、d4-7でのLIF添加では十分でないことから、LIF依存性はd2-4から始まることも明らかにしています。
また、d1では生存細胞のほとんどが依然としてCD45陽性・Oct4-GFP陰性であり、d3で全体細胞数がd0の1/3から1/2に減少、比較的弱いシグナル強度ではあるものの生存細胞全体のかなりの数がOct4-GFP陽性になり、d7で有意な数のOct4-GFP陽性CD45陰性細胞(生存細胞全体の1/2-1/3)がOct4-GFP陰性CD45陰性細胞と異なる集団を構成すること、最初の数日後、GFPシグナルが徐々に現れる一方、CD45免疫活性はOct4-GFP発現を示す細胞において徐々に減少すること、d5までにOct4-GFP陽性細胞同士が接着し癒着によってクラスターを形成することを示しました。
さらに、Oct4-GFP陽性細胞は小さい細胞質を持つ特徴的な小さい細胞サイズを示し、元となったCD45陽性リンパ球とくらべて異なる核の微細構造も示すこと、d7でのOct4-GFP陽性細胞は非処理CD45陽性細胞およびES細胞よりも小さいこと、低pH処理CD45陽性細胞の直径はOct4-GFPが発現し始める前の最初の2日で減る一方、GFP発現の開始は細胞分裂を伴わないことが示され(EdUの取り込み起こらないことでも確認)、極稀に存在する未分化細胞のコンタミでないことを示すためにFACSで精製したCD45陽性細胞およびCD90陽性CD45陽性T細胞由来のOct4-GFP陽性細胞においてT細胞受容体遺伝子であるTcrbのゲノム再構成が起こっていることを確認しました。

次に、d7のOct4-GFP陽性スフェアは多能性関連マーカータンパク質(Oct4, SSEA1, Nanog, E-cadherin)およびマーカー遺伝子(Oct4, Nanog, Sox2, Ecat1, Esg1, Dax1, Rex1)をES細胞と同レベルで発現していること、d3の時点ではそれらのマーカーの中程度の発現が見られる一方Flk1やTal1といった初期造血マーカー遺伝子も発現していること、d7のOct4-GFP陽性細胞はOct4およびNanogプロモーター領域の脱メチル化が起こっていること、in vitroで三胚葉に分化誘導できること、マウスに移植するとテラトーマが形成されるがOct4-GFP陽性細胞が残存しているようなテラトカルシノーマはできないこと、GFP強陽性細胞からのみテラトーマができること、GFP強陽性細胞は多能性マーカーを発現しており初期細胞系譜特異的マーカー遺伝子を発現していない一方、GFP弱陽性細胞はいくつかの初期細胞系譜特異的マーカー遺伝子(Flk1, Gata2, Gata4, Pax6, Sox17)を発現しておりNanogおよびRex1を発現していないことを示しました。
以上より、多能性状態への変換が起こっていることが示されたことから、低pHのような強い外部刺激による体細胞から多能性細胞への運命変換を‘stimulus-triggered acquisition of pluripotency’(STAP)、できる細胞をSTAP細胞と名付けました。
なお、樹立条件ではSTAP細胞はほとんど増殖しないこと、染色体数に大きなグローバル変化が見られないことも示しています。

次に、STAP細胞は、マウスES細胞と異なり、LIF含有培地中で自己複製する能力が乏しく、乖離培養下で効率的にコロニーを形成できないこと(ROCK阻害剤であるY-27632存在下もしくは部分的乖離後の高濃度培養条件下であっても同様)、ES細胞マーカータンパク質Esrrbの発現が低いこと、ES細胞と異なり~40%のメスSTAP細胞でH3K27me3 fociが見られること、EpiSCとも異なりKlf4陽性であり上皮タイトジャンクションマーカーであるclaudin 7およびZO-1陰性であることを明らかにしました。

次に、1週齢Oct4-GFPマウスの脳、皮膚、筋肉、脂肪、骨髄、肺、肝臓組織からでも変換効率は変わるものの、調べた全ての組織においてd7でOct4-GFP陽性細胞の出現が観察できることを示しました。

次に、マイクロナイフを用いて小片にマニュアルで切ったSTAP細胞ブロックをマウス胚盤胞期胚にインジェクションすることで高度から中程度の寄与を示すキメラ胚が得られ、かなりの率でキメラマウスが生まれて正常に発生することを示しました。
また、調べた全ての組織に寄与すること、キメラマウスから子孫が得られジャームライントランスミッションすること、さらには、四倍体胚補完法により全身がSTAP細胞からなるE10.5の100%キメラも得られることも示しました。

次に、STAP細胞は樹立条件では自己複製能が限定されているものの、胚環境下ではSTAP細胞クラスターの小断片が胚全体へと成長したことから、増殖できるような培養条件を探索したところ、慣習的なLIF+FBS培地や2i培地では追加の継代で維持することができなかったのに対し、ES細胞のクローナルな増殖を促進することが知られている副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)がSTAP細胞コロニーのアウトグロースを支持できることが分かりました。
MEFもしくはゼラチン上でこの培地を用いて培養すると、STAP細胞クラスターの一部が成長し始め(単一クラスター培養の場合10-20%のウェルでアウトグロースが見られ、1wellにつき12クラスターの場合>75%で見られた)、高いレベルのOct4-GFPを発現したままマウスES細胞のように増殖することが示されました。
なお、7日間のACTH培地での培養後、元となったSTAP細胞と異なり、単一細胞として継代できるようになり、2i培地中で増殖し、少なくとも120日間指数関数的に増殖することが明らかとなり、この細胞をSTAP幹細胞と名づけました。
最後に、STAP幹細胞は多能性細胞のタンパク質およびRNAマーカーを発現していること、Oct4およびNanog遺伝子座が低メチル化状態にあること、ES細胞と同様の核微細構造を持つこと、in vitroで三胚葉に分化誘導できること、in vivoでテラトーマを形成できること、胚盤胞インジェクションによりキメラマウスに効率的に寄与しジャームライントランスミッションすること、四倍体胚補完法によりマウスを作出でき成体にまで発生し次世代を作製できること、STAP細胞と異なり、Esrrbを発現しておりH3K27me3 fociも見られないことを示しています。




さらに、理研CDBの小保方晴子先生、笹井芳樹先生、山梨大学の若山照彦先生らのグループにより、STAP細胞はES細胞と異なり、胚盤胞インジェクション解析により胚体および胎盤組織の両方に寄与できるという論文が同時に発表されました。

Nature 505, 676–680 (30 January 2014) doi:10.1038/nature12969
Received 10 March 2013 Accepted 20 December 2013 Published online 29 January 2014
Bidirectional developmental potential in reprogrammed cells with acquired pluripotency
Haruko Obokata, Yoshiki Sasai, Hitoshi Niwa, Mitsutaka Kadota, Munazah Andrabi, Nozomu Takata, Mikiko Tokoro, Yukari Terashita, Shigenobu Yonemura, Charles A. Vacanti & Teruhiko Wakayama
http://www.nature.com/nature/journal/v505/n7485/full/nature12969.html

We recently discovered an unexpected phenomenon of somatic cell reprogramming into pluripotent cells by exposure to sublethal stimuli, which we call stimulus-triggered acquisition of pluripotency (STAP)1. This reprogramming does not require nuclear transfer2, 3 or genetic manipulation4. Here we report that reprogrammed STAP cells, unlike embryonic stem (ES) cells, can contribute to both embryonic and placental tissues, as seen in a blastocyst injection assay. Mouse STAP cells lose the ability to contribute to the placenta as well as trophoblast marker expression on converting into ES-like stem cells by treatment with adrenocorticotropic hormone (ACTH) and leukaemia inhibitory factor (LIF). In contrast, when cultured with Fgf4, STAP cells give rise to proliferative stem cells with enhanced trophoblastic characteristics. Notably, unlike conventional trophoblast stem cells, the Fgf4-induced stem cells from STAP cells contribute to both embryonic and placental tissues in vivo and transform into ES-like cells when cultured with LIF-containing medium. Taken together, the developmental potential of STAP cells, shown by chimaera formation and in vitro cell conversion, indicates that they represent a unique state of pluripotency.

小保方先生らは、STAP細胞をマウス胚盤胞期胚にインジェクションすると、60%のキメラ胚において胚体のみならず胎盤や胎膜にも寄与することを見出したことから、まず、Oct4-GFP強陽性STAP細胞の遺伝子発現を調べ、ES細胞と異なり、多能性マーカー遺伝子のみならずCdx2のような栄養膜マーカー遺伝子も発現していることを明らかにし、単純に多能性細胞とTS様細胞の混合によって説明できるわけではないことを示しました。
また、STAP幹細胞はSTAP細胞と異なり胎盤組織に寄与しないこと、栄養膜マーカー遺伝子を発現していないことを示しました。
次に、STAP細胞をTS細胞様の細胞に変換できるか調べるために、Fgf4存在下で培養したところ、7-10日までに扁平な細胞コロニーが成長し始めることが分かり、その細胞は栄養膜マーカータンパク質であるintegrin α7(Itga7)およびeomesodermin(Eomes)、およびCdx2などのマーカー遺伝子を強く発現していることが示されました。
それらの細胞はFgf4存在下においてトリプシン乖離により3日に1回30継代以上効率的に増殖できることが明らかとなり、Fgf4-induced幹細胞と名づけました。
また、Fgf4-induced幹細胞は、胚盤胞インジェクション解析において53%の胚において胎盤寄与が見られ、キメラ胎盤中、胎盤細胞全体の~10%に寄与していることが示されました。
なお、Fgf4-induced幹細胞は、中程度のGFPシグナルを示し、TS細胞と異なり、中程度のOct4を発現していること、わずかではあるものの胚体組織にも寄与すること、転写レベルはかなりあるにも関わらず核におけるCdx2タンパク質蓄積のレベルが細胞質のレベルと比べて変わらないこと、Fgf4非存在下では7-10日の間に徐々に死滅し、TS細胞と異なり巨大な多核細胞に分化しないことも分かりました。

次に、ゲノムワイドなRNA-seq解析を行い、STAP細胞はSTAP幹細胞、Fgf4-induced幹細胞、ES細胞、TS細胞とともにクラスタリングされ、元となったCD45陽性細胞とはともにクラスタリングされない一方、STAP細胞はそのクラスターにおける残りの細胞種とは外れているのに対し、STAP幹細胞はES細胞と近くクラスタリングされること、Fgf4-induced幹細胞はES細胞およびSTAP幹細胞のサブクラスターを含むクラスターを形成する一方、TS細胞はこのクラスターからは外れていることを示し、Fgf4-induced幹細胞がそれらの多能性細胞と近い関係にあることが示唆されました。
さらに、Fgf4-induced幹細胞にSTAP幹細胞がコンタミしている可能性を排除するために、Fgf4-induced幹細胞はJAK阻害剤処理してもOct4-GFP、多能性マーカー、栄養膜マーカーの発現に影響しないこと、Fgf4-induced幹細胞は栄養膜マーカーItga7強陽性であることも示されました。

また、Fgf4-induced幹細胞は、LIF+FBS培地で4日間培養すると、形態変化を起こし、強いGFPシグナルを示すES細胞様のコンパクトなコロニーを形成し始めることが分かり、その細胞は多能性マーカーを発現する一方栄養膜マーカーを発現していないこと、テラトーマを形成できること、栄養膜マーカーItga7強陽性のFgf4-induced幹細胞からそのES様細胞を作製できるがItga7弱陽性細胞からはほとんどできないことも示されました。
さらに、Fgf4-induced幹細胞の生存はTS細胞と同様、FGF-MEKシグナルに依存しており、MEK阻害剤であるPD039501によるMEK活性の阻害は広範囲の細胞死を引き起こすが、LIF+FBS培地へのPD039501の添加はFgf4-induced幹細胞からのES様細胞の形成を強く阻害すること(Fgf4-induced幹細胞が死ぬことの二次的な影響ではないことも示している)も示されました。

最後に、H3K4me3およびH3K27me3のChIP-seq解析を行い、STAP幹細胞(およびSTAP細胞)は多能性マーカー遺伝子(Oct4, Nanog, Sox2)、バイバレントパターン遺伝子(Gata2, brachyry, Nkx6-2)、栄養膜マーカー遺伝子(Cdx2, Eomes, Itga7)の遺伝子座においてES細胞のそれと似たH3K4およびH3K27トリメチル化蓄積パターンを示すのに対し、Fgf4-induced幹細胞における蓄積パターンは、Oct4, NanogにおけるH3K4トリメチル化、栄養膜マーカー遺伝子におけるH3K27トリメチル化の低レベルの蓄積がFgf4-induced幹細胞で見られTS細胞で見られなかったのを除き、TS細胞のそれとより近くマッチすることを示しています。




The ディープインパクト。。

理研、万能細胞を短期で作製 iPS細胞より簡単に」で紹介した論文の詳細記事です。