左翼は間違っているけど、左翼は私から入り、間を抜かす、そしてそうしてあり得る思考や認識しかない。
左翼は間違っているが、私が加害者であろうとして、私から入り、間を抜かす、そして滅裂な思考や認識を納め、滅裂を繰り広げる。
左翼は間を抜かすことを譲らないから、左翼に物事を理解してもらうことはできない。
左翼とは、私が加害者であろうとする生理、非道理、その展開である。
左翼はまた、精神と知性の豚である。
左翼は間違っているが、滅裂だが、間違うこと、
滅裂な思考や認識を、それを納めることを、譲ることができない。
左翼は加害者であろうとすることを譲らない、間を抜かすことを譲らない、だから左翼には、そうしてありうる思考や認識しかなく、その場合に理解認識しえないものは、左翼には理解認識されえない。
そして左翼は、間違うことを譲らず、滅裂な思考や認識から、滅裂な皺寄せや、否定や非難、罵り裁き罰し、破壊や課外を繰り広げる。
しかし左翼は、死んでも間を抜かすことを譲らない、だから死んでも認識には至らず、死んでも滅裂な思考や認識を納め、納めることを譲らず、死んでも、滅列や逆さまや筋違いな、否定や非難や罵りや裁き、罰し、破壊や加害を繰り広げる。
問題は、左翼が、死んでも私が加害者であろうとすることにある。左翼は生理に則して、死んでもこれを譲らない。間を抜かすことを譲らない。そして死んでも、だから、死んでも滅裂な思考や認識を納める。絶対に滅裂な思考や認識しか納めず、自分が間を抜かした、筋をたがえた、滅裂な、そしてそのような、思考や認識を納めた、滅裂なものであるにも関わらず、死んでもそれを認識することもなく、滅裂な思考や認識から、全く滅裂や逆さまや不当や筋違いな、否定や非難、罵りや裁きや罰し、破壊や加害を繰り広げる。