小学校を卒業した頃、ようやく日常会話には困らない程度の日本語は身についた。都営住宅の申し込みや弟の保育園の手続き、父の目の手術時の通訳等、中学校に入る準備、日本語が話せない、読めない、書けないの両親の代わりにできることはすべてやった。
 中学校入学前に、学校で教材や制服、上履き、鞄などの中古品の販売会があった。今思えばなんであんなものがあるのかと思うよ。当時はそれが普通なんだと思ってた。何も気にせず入学に必要なものを選んで購入した。制服、ワイシャツ、鞄、上履き、体育館シューズ、体操着、習字道具などすべて中古品で揃えた。
 そして入学式の日がきた。僕の制服の色だけが他の生徒と違うんだ。みんな新品だったんだ。恥ずかしくて誰とも目を合わせられなかったよ。ただでさえカタカナの名前、肌の色と髪の色で他とは違うのに、余計に違う意味で目立っていたことに耐えられなかった。
 新入生の半分は他の小学校からきた生徒だった。あー。またはじまるんだな。小学校転入した頃を思い出した。僕を見る知らない生徒の目。そのうち、知らない男が話しかけてきた。
「なんで古い制服を着てるの?」
 ってね。もうそれだけでからかわれちゃうんだよ。中学ではじめて話しかけてきたこいつのことは卒業するまで顔を見たくないほどいちばん嫌いだった。友達と呼べる子もいないし、そもそも他の同級生と遊んだこともないから。誰も助けてくれない。同じ都営に住む隣の同級生でさえ卒業まで話したこともない。いや、それまで誰かに優しくされたこともない。はっきり言ってしまえば、入学したその日から僕はいじめられる側にグループ分けされてしまったのだ。
 僕に話しかけてくれるのは三年生の先輩ぐらい。その先輩とは小学校で殴った上級生のこと。彼はその中学校では番長みたいな人だったのかな。彼が中学校を卒業したあと、僕に対する嫌がらせは増えていく。
 僕にとってこの中学3年間は地獄の日々だった。本当に。本当につらい思い出しかない。学校にも、家庭にも居場所はなかった。人生ではじめて死にたいと思ったのもこの頃。何一つ。何一ついいことなんてなかった。