小学校の転入手続きも終わり、僕は小学校3年生から学業をスタートさせた。不安しかなかった。想像してほしい。まったく知らない外国に住むことになった君たち。その勉強をするための時間は1年しかない。それだけで十分かどうか。不安は的中する。
担任の先生が紹介する。教壇に立って挨拶する僕。クラスメイトの反応が怖くて顔を見れなかった。自己紹介が終わると何人か話しかけてきた。何を言ってるのか全くわからなかった。当然さ。この日までふりがなとカタカナ、簡単な読み書きぐらいしか勉強してなかったんだから。日本語を教えてくれる先生はゆっくり話してくれるけど、クラスメイトの子どもたちは早口で…。
授業はもっと意味がわからなかった。日本語がわからないのに他の科目なんて理解できるはずもない。教科書とノートにはいつも下手くそな落書きばかり書いていた。ただただ時間が過ぎるのを待っていた。
物珍しかったのか、何日かは興味本位で話しかけてくれたクラスメイトも、会話できない僕に飽きてそのうち誰も近づかなくなった。登校も、休み時間も、体育の授業の2人一組はいつも担任。下校もいつも1人だった。
楽しそうに話す同級生を見て羨ましかった。休み時間に窓の外のグラウンドを見つめ、ドッジボールやサッカーする姿を眺めていた。この惨めな気持ちをこの先も抱えないといけないのか。って考えながら。
転入生の噂も広がり、そのうち上級生からも下級生からもからかわれることも増えてきた。石を投げられたこともある。上級生と喧嘩になってはじめて人を殴ったこともあった。悔しいけど誰も助けてくれない。相談する相手もいない。担任は同級生と一緒に笑ってた。僕の目は助けを求めてたのに。
誰にもわからない。この孤独感。絶望感。苦悩。悔しさ。それでも生きていかないといけない。時間だけはたくさんあった。僕は、日本語を一から学ぶ決意をしたんだ。算数の授業も理科、社会、すべての授業は日本語を勉強するために充てた。休み時間は図書室で漫画を読んだ。はだしのゲン、日本史、世界史、三国志…図書室にあるほとんどの漫画は中学を卒業する頃にはほとんど読破したんじゃないかな。漫画はいい。漢字が読めなくてもふりがなあるし。最初は意味を知らなくても、絵の表情で喜んでるのか、怒ってるのか伝わるから。
僕の小学校3年間はこうして日本語の勉強だけに時間を使った。唯一の楽しみは学校の給食。同級生と遊んだこともなければ、家族で出かけたことも一緒に外食した記憶もない。たくさんのことを我慢した。多くのものを諦めた。1人で泣いた。瞳の奥に光はなく、僕の心は死んでいた。悔しさだけが残る小学校時代だった。