こんな状況でも
普段通りに生活しようと頑張ってきました。

今日は土曜日通っているスクールにいこうと駅のホームで電車を待っている時

父から
「様子を見にいく」
とメールが届きました。


父に
「友達と会う約束もあるし
両親の顔を見ると気持ちが緩んでしまいそうだから、一人で頑張りたい。」

と、返事をした途端に
私は身体中の力を失いました。




今思えばほぼ無意識に

夫に電話をして
「明日手続きしよう。家に来てください。」
と、伝えました。


そして、フラフラしながら
電車に乗らずに改札へ戻り、

市役所に行って離婚届をもらいました。


本当に自殺してしまう人って
こういう時に死ぬんだなぁと思いました。
解離しているに近しい感覚でした。




家に着いたらすぐ書こうと思いましたが
そこで正気を取り戻し、

とにかく心と体を休めるために
横になりました。

衝動的なことはしないと
固く自分に誓っていたからです。




しばらくして
夫が突然家に帰って来ました。
明日でなくて今日来ました。


1週間ぶりの夫は
とてもやつれていました。



ベッドの脇に座って少しだけ
話をしてくれました。

自分はカスだと。
最低だと。
一生罪を背負っていくと。


彼は心が動くのを必死に耐えて
心を殺して
離婚の決意が固いと言いました。



今にも崩れそうでした。
必死になって全力で心を鬼にしていることが
私にも分かりました。

心が動かないうちに
一気に離婚届を書き終えようとしていました。




私は先生との約束のとおり
後は私の印鑑を押すだけとなった離婚届を
預かりました。


夫は
俺は鬼になる
と言って仕事に戻って行きました。
その言葉は私にではなくて
自分に言い聞かせていたのだと思います。






夫はとても痩せてやつれていました。
1週間で3キロも体重が減ったそうです。

眠れていないと言っていました。
仕事で空元気をするのがとても辛いと。


お前は見たところによるとちゃんとメシを食ってるな、と言っていました。

生きていて良かった、とも。

女は男より強いとよく言いますが
私もそれを感じました。
彼は弱いなと思いました。






私の兄も私と同じような特性を持っていて
同じようなことがあって
数年前に離婚をしています。



私は兄が離婚で苦しんでいる時
兄と決別していたにもかかわらず
兄の家に行き、
兄を実家に連れていき、
病院に連れていき、
誰よりも兄を助けました。





私は幼い頃兄の家庭内暴力に怯えていたので
兄が実家を出てからほとんど会わなくなり
兄に二度と会いたくないと思っていましたが

私たちは
顔も気質も歩き方もそっくりですから

兄のことが
誰よりも分かりました。

兄がどれだけ辛いかも
彼が奥さんに何をしたのかも
それが他人には理解され難いことも
心を手に取るように分かりました。

双子に近いかもしれないですね。



だから今回私は
夫が離婚届を置いて去った時、
兄に今後のことを相談しました。


兄は
何が正しいか判断できないうちは
後悔することのないよう
何もしないように

とアドバイスをくれました。


兄は
「自分はもう二度と結婚はしない」
と言いました。

でもそんなこと言っても
いつか心が変わるかもしれないよと
私が言うと、


だからこそ
気持ちは毎日変わるものだから
先のことがわからないからこそ
ゆっくりと行動するように

とアドバイスをくれました。


結果は同じだと思うよ
と私が言うと

結果同じであったとしても
まちがえていないなら
結果は同じでもいいじゃん

と言いました。




こんなに深いことを言ってくれる人は
他にはいませんでした。


兄は離婚の経験から
自分のADHD の強い衝動性を
抑えることを学び、身につけていました。





頑張って

気持ちを切り替えて

まだ若いんだから大丈夫

もう若くないんだから今すぐ生きなおせ

いつでも助けるよ



そんなありきたりな言葉ではなく
兄は自分の経験からの
言葉をかけてくれました。


みんな助けるよとは言ってくれても
きっとその言葉は嘘だと思いました。

私を目の前にしたら
誰も何もできないと思います。

救ってくれる人はいません。
私は一人で乗り越えなくてはなりません。



1週間
たくさん泣いたけど
私は夫よりずっと
心が整っていて元気そうでした。


夫には全く余裕がありませんでした。


離婚を言い出した夫よりも
ずっと私の方が
離婚と冷静に向き合って
許しているように思いました。




夫は自分が崩れそうになりながらも

心を鬼にして
私を突き放し
私が早く気持ちを切り替えて
早く次に進めるように

してくれました。


泣きそうな顔を必死に隠して
歯を食いしばりながら

好きでもないが嫌いでもない
でももう愛情を感じない


と言いました。
夫が涙をこらえる姿を見て
私はその言葉は無理をしているなと思いました。


俺は鬼になる
と言いました。
無理をしているように私には見えました。


夫は素直な心になれないようでした。
決めたことを感情を抜きにしてやり遂げるということだけに必死になっていました。


私はその時はとても傷つきましたが
今思えば

彼は私のために
私に嫌われようとして
強い言葉をかけてくれたように思います。



「お前を崖から突き落とす」
と夫は言いました。



それは私が気持ちを切り替えるための
彼の優しさだと思うことにしました。





苦しんで一緒に暮らしていくよりも
お前を傷つける時間を少しでも短くしたい
残りの人生を早くやり直せるように


もちろん彼は彼自身を最優先にした
行動をとり、
犠牲にならないために
自分を守るための論理的行動をとりました。


夫は情けない姿を最後まで見せず
それはきっと感情を心の中に沢山宿して
放り出さないとても辛いことだろうと
思いました。

元々小太りだった夫で良かったと思いました。
痩せたとしても夫は脂肪を蓄えていたから
ガリガリにはなりませんでした。 

夫はこの時のために
太ったんだなあと思いました。
起こるべくして起こった自然な流れというものが
人間にはあるんですね。



私は最後まで
夫に

どんな辛い時間も
家を追い出された時も
面倒な夫の靴磨きをする時も
今こうして辛い言葉を言われている時間も
どんな時間も

とても幸せだったよと
夫に言いました。



短い結婚生活だったけれど
それでも私は
あなたに会えて本当に幸せだし
こんな結果になっても
結婚したことを何も後悔していないよ。



そう伝えました。


素直に離婚したくないと駄々もこねました。
とてもかっこ悪くても
気持ちを正直に全部言えば
ああすれば良かったなと
今後後悔をしないと思ったからです。



普通の人には受け入れ難い脳を持って生まれてきました。

人から嫌われる性格を持って生まれてきました。

けれど大好きな夫と暮らすために
私はもう全てをやり尽くしたと思います。

諦めることも
自分を夫に許してと甘えることもせずに

現代にあるあらゆる治療を試し、
行動療法を試し、
運動をして脳を鍛え、
時に体を休めて、

私の知る限りのことは
なんでも取り入れました。

それでもまだまだ足りません。
まだダメでした。

疲れるな
もうありのまま生きたい
と思うこともありました。

人がリラックスして楽しく過ごす時間や
お金を稼ぐ時間を
私は発達障害の克服方法を探して試して
あらゆるところに行く時間に費やしました。


もう少し夫が我慢してくれたら
また違う私を見せられたかもしれませんが
夫にはこれ以上待ってくれませんでした。

夫は発達障害から逃げました。
私は発達障害と離れられません。
それでいいと思いましたし
もうこれは誰のせいでもないと思いました。

手がない人が
何をしても手は生えてこないように
私の脳にもどうしようもない限界がありました。


夫のおかげで私は
大分症状をコントロールできるようになりました。成長しました。

これからも生きて行くために
神様が少しの間だけ
とても優しい人を私に貸してくれようと
したのだと思います。
私を成長させる時間を夫は与えてくれました。



私は兄のようにもう
二度と結婚しないと思いますが、

普通の女性が一生かけて経験するだけの幸せを
私は夫との10年間でもらったと思います。


夫には感謝と愛情しかありません。


私は神様に夫を返して
これからは
夫が自然界では本来生きることのできない私に
精一杯与えてくれた愛情を注いで
生きる力を育ててくれました。


私はこれからの人生を
過去の私のように困っている人の
ために捧げたいと思います。

辛いことや報われない思いをした時は
もう私は夫から沢山もらったじゃないかと
思えばきっとみんなと平等だと
心安らかになれると思います。


神様私に
夫と一緒に過ごす時間をくださって
ありがとうございました。