こんにちは。

フットプラーナの坂田 ゆうこです。

 

私は現在、東京を拠点に出張セラピストとして活動しています。

 

 

 

まず、初めに私がお店をしていた時のお話をさせてください。

 

 

20年前、私はリフレクソロジーのスクールを卒業した後は

スクールが運営している直営店での勤務を希望していましが、

 

当時、2人の子どもは小学校低学年と保育園児ということもあって、

小さい子どもがいる場合は急な休みがあるとシフトに影響が出るため

雇えないと断られました。

 

(えー、スクールに入った時は直営店で働けると聞いたから入ったのにー!)

 

 

直営店も千葉にあればよかったのですが、

東京にしか店舗がなく、千葉から90分かけての通勤も大変だということも

断られた理由のひとつです。

 

 

私はしかたがなく、どうにか習得した技術を活かしたいと思っていたので、

どうしても仕事としてできないかと模索しました。

 

ちょうど前の年に父親が亡くなっており、わずかな保険金が手元にありました。

よし、このお金を使ってお店をやろう!と決めました。

 

 

まわりの人たちからは

「子どもたちが小さいんだから、働かないで家にいたら?」とか

「自宅サロンとしてやってみたらいいんじゃないの?」

などと色々言われましたが、

 

まぁ、やってみて3ヶ月持てばいいかな。

ダメだったらやめよう。

 

そう決意して、

2003年3月9日千葉県千葉市若葉区の都賀で路面店をオープンさせました。

 

当時は癒しブームでしたし、

千葉にはまだリラクゼーションサロンというものもとても少なく、

 

場所も家や駅に近く、ライバル店がいないところを選び、

家にも車で、何かあったらすぐに帰れます。

 

 

お店を出す前は、昼と夜に駅の前に立ち、

駅を利用している人の数、年齢、時間帯を調べました。

 

お店も路地一本の差で家賃が数万円違っていたり、人通りはあるか確認したり、

家賃の値下げ交渉もしました。

 

内装もお金に余裕があるわけではないので、全てひとりでやりました。

 

周りの人たちは、

「あそこの家はお金があるから旦那さんが出してくれたんでしょ」

なんていう陰口も…😅

 

(事情も知らないでそんなことを言う人は無視無視…)

 

 

 

最初の3ヶ月はなかなか集客もできず、これは閉店かな…と思いはじめた頃、

ホットペッパーに広告をだしたところ、なんとか集客ができ、

 

その後は情報雑誌の「ぱど」に広告を出してからはお客さまも増え、

雑誌の「ぴあ」に取材を求められて、雑誌に3回くらい掲載されて、

台湾式リフレクソロジーの本にも紹介され、

徐々に予約が埋まっていくようになりました。

 

ただ、子どもがいるので、夜遅くまでできないのと

休みも不定休でまちまち。

 

やがて癒しブームも終わり、リーマンショックが来て、その後は東北地方太平洋沖地震、

私自身も結婚生活のストレスで鬱病になり救急車に運ばれたことも。。。。

(元夫はモラハラ、パワハラ夫だったのです)

 

 

離婚をきっかけに2013年2月にお店をたたみ、

他の店舗で働こうとチェーン店やホテルのスパへの面接を受けましたが、

 

お店を運営していた人は雇い辛いと言う理由と年齢的なことで断られ続け、、、

(あと、英語も話せなかった😅)

 

 

世知辛い世の中だなーと思いながらも

ひとりで生活していかないといけないし、

離婚の時に子どもの学費700万を私が返済していくと条件で離婚が成立したので

そのお金も稼がなくてはならなかった…

 

 

とにかく時給がいい仕事をしなくては、、、

店舗だとやっぱりお給料は低い。

 

 

「そうだ、時給のいい東京で出張セラピストとして働こう!」と決めて

千葉を出て40代バツイチ独身で出張セラピストとして活動をはじめました。

 

この出張セラピストが思いのほか楽しく、私には向いていたのと、

起業するにあたり、場所を選ばず初期費用もかからないのがとてもよかった。

 

 

(次回も続きます…)

 

 

 

 

 

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