役割分担は、
とても合理的に始まる。

 

誰が何をやるかが決まっていると、
物事は早く進む。
衝突も少ない。
責任の所在も分かりやすい。

 

家庭でも、
職場でも、
集団でも。

 

気づけば、
「その人の役割」が自然に定まっていく。

 

まとめる人。
支える人。
我慢する人。
空気を整える人。

 

最初は便利だった。
得意なことをやっていただけ。
求められたから応えただけ。

 

うまく回った経験は、
その役割を続ける理由になる。

 

役割を果たすと、
感謝される。
期待される。
「助かる」と言われる。

 

そうして、
役割は分担から固定に変わる。

 

いつの間にか、
役割を果たすことが
自分の存在理由みたいになる。

 

断ると、空気が乱れる。
誰かが困る。
説明が必要になる。

 

その一手間が面倒で、

役割を続ける。

 

続けるほど、
別の選択肢が見えにくくなる。

 

「本当はどうしたい?」
 

そう聞かれても、
すぐに答えが出ない。

 

やりたいかどうかより、
自分がやるべきかどうかを
先に考えてしまう。

 

役割分担そのものが
悪いわけじゃない。

 

ただ、
 

長く同じ役割を続けると、
本人の感覚が後回しになる。

 

役割を外したときに、
何が残るのか。

 

それを確かめる機会が
減っていくだけ。

 

役割は、
人生を助けることもあれば、
静かに縛ることもある。

 

どちらになっているかは、
続けている最中には
気づきにくい。

 


この記録は、ここで区切る。
先は、それぞれの場所で。