親のしつけ。
学校での集団生活。
先生の指導。
そして、

社会の同調圧力。

 

人は知らず知らずのうちに、
「きちんと」することこそ正しい、
そう信じ込むようになります。

 

そして、

 

「きちんとできない」ことを、
悪いことのように感じてしまう。

 


誰にでも得意なこと、

苦手なことがあります。


もちろん、わたしにもありますが、

わたしは「きちんと」することが得意です。


時間の管理、掃除洗濯、整理整頓。
整っていないと落ち着かないタイプ。

 

だから、よく「まめだね」と言われます。
 

でも、内心ではふと思うのです。

 

「わたしは“きちんと”に

 支配されていないだろうか」と。

 


片づけられた空間は気持ちがいい。
無駄がないことは心地よい。
 

けれど、

 

それは「わたしにとって」の話です。


万人にとっての正解ではありません。

 

つまり、「きちんと」は

 

“義務”ではなく、

“選択”でいい。
 

したい人はすればいいし、
したくない人はしなくてもいい。

 

たとえば、

ゴミ屋敷のような極端な例だって、
そこに至るまでの“理由”が必ずあります。
突然そうなったわけではない。
理由を抱えたまま、時間が経過しただけ。

それを一概に

「悪」と決めつけることはできません。

 


「きちんとしなきゃ」というのは、
社会が作り上げた“思い込み”です。

 

できない自分を責めていませんか?


「できない=ダメ」ではありません。

 

直したいなら、

少しずつ直せばいい。
 

でも、

 

それよりも大切なのは、
“できない自分”を受け容れること。

 

苦手なことに向き合おうとしているだけで、
もう立派なんです。

 


できなかった自分を責めず、
「まあ、いいか」

と流す余裕をもってください。

 

心に余白ができたとき、
人は本当に変わりはじめます。

 

そして、

 

変わりゆく自分と出会えたら、
そっとこう言ってあげてください。

 

「はじめまして」って。

 

それはきっと、
新しいあなたとの再会の合図です。

 

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