距離が近いと安心する。
ぬくもりを感じたり、存在を確かめたり。
気持ちの距離は測れないけれど、
身体の距離は測れる。
だから、その瞬間だけは安心できる。
けれど、それは一時的な安心。
だからこそ、もっと求めてしまう。
「心が満たされるのは、
人のそばにいるときだけ」
そんな状態になると、
強い淋しさが生まれる。
安心を知ったからじゃない。
“求めること”
を覚えてしまったからだと思う。
求めること自体は悪いことじゃない。
欲求は、生きるために必要な力でもある。
でも、
その欲求の矢印を外側に向けすぎると、
誰のための幸せなのかわからなくなる。
はじめは自分のために距離を縮める。
けれど、いつの間にか
「相手が喜んでくれないと
満足できない」状態に変わる。
ここで矢印の向きが変わる。
自分の幸せのためだったものが、
いつしか相手の反応に依存していく。
高級ディナー、プレゼント、気配り。
どれだけ用意しても、
相手が喜ぶ保証なんてない。
見返りを求めなければ問題ないけれど、
現実にはそう簡単には割り切れない。
気づいたときには、
“関係性”が主役になって、
自分が消えてしまう。
これは恋愛でも、家族でも、
友人でも、職場でも起きる。
人にはそれぞれ
「必要な距離」がある。
身体の距離も、心の距離も。
パーソナルスペースは
誰にでも存在する。
無理に距離を詰めれば、
最初は喜ばれるかもしれない。
けれど、
徐々に重たくなり、相手は戸惑う。
大事なのは“ちょうどいい距離”。
もちろん「お互いにとって」の距離のこと。
自分だけが譲り続けても
上手くはいかない。
無理は続かないから。
他人はコントロールできない。
でも、自分はコントロールできる。
それができるようになると、
周囲に振り回されにくくなるし、
些細なことで揺れにくくなる。
そのうえで、
他人に優しくできる余裕が生まれる。
あなたと大切な人の距離はどうですか?
近すぎていませんか。
遠すぎていませんか。
距離について自然に会話できる関係は、
心が休まる関係でもある。
無理をせず、ちょうどよく。
あなたの心が疲れない距離を、
選んでください。
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