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本音が言えなくなる瞬間 ―― “日常に潜む恐怖”


 

 

私もそうだったけれど、
「正直に」「素直に」生きることは

良いことだと学んできました。

 

けれど現実はどうでしょう。

 

正直に生きるのは難しい。
素直になるのも簡単ではない。

 

頭では“良いこと”だとわかっているのに、
日常ではうまくできない。

 

「素直に慣れたらいいのに」
「本音で生きたいのに」
 

そう思う人は意外と多い。

なのに、どうしてできないのか。

 


 

理由はとてもシンプルで、
世間体――つまり他者評価です。

 

「どう思われるだろう」
「嫌われたくない」
「傷つけたくない」

 

この感覚が、本音を塞いでしまう。

 


 

正直な人を見ると羨ましくなる。
 

ときにその人の正直さが眩しすぎて、
自分が我慢を強いられているように

感じることもある。

 

そして、気づけばこう思ってしまう。
 

「もう少し気を使えないのかな?」

 

正直は良い。素直も良い。
 

だけど

“誰も傷つかず、全員に気を配り、
それでも素直に正直に生きられる人”なんて

存在しません。

 

これは断言できます。

 

もしそれを理想にしているなら、

そろそろ諦めた方がいい。


近づこうとすれば、

ほぼ必ず自己犠牲が伴うから。

 


 

正直も素直も、

とても大切だけれど、
 

“誰にでも好かれて生きること”

とは真逆の性質を持っています。

 

だからといって、

“誰にでも嫌われて生きること”

を目指す必要もない。

 

ただ事実として、
誰からも好かれる人はいないし、
誰からも嫌われる人もいない。

 

 

人気者には必ず一定数のアンチがいるし、
嫌われ者にも必ず一定数の味方がいる。

 

これが社会の構造です。

 

 

頭で理解しても、
目の前で否定されれば

苦しくなるのは当然。
 

でもそれは“弱さ”ではなく、

“人として自然な反応”です。

 

それでも前に進むためには、
思考の訓練が必要。

 


 

他人に気を遣うことは悪くない。
 

でも

 

他者評価だけを軸に生きるのは

おすすめしません。

 

窮屈なうえに、

大きな成果は生まれないし、
争いを避けられても、
関係性はどこか薄くなる。

 

自分がそれで満足できるなら良いけれど、
人は本来“つながり”を求めて生きる生き物。
 

だからこそ、難しくなる。

 


 

ではどうすればいいのか。

 

答えは単純で、
思い切って正直に生きてみること。

 

 

あなたはすでに

“他人を思いやれる人”だから、
正直に生きても自己中心にはならない。

 

それはあなたのこれまでの経験値が

証明している。

 

怖いと思うのは当然です。
 

知らない自分を知ること、
知らない世界に触れることは、

誰にとっても怖い。

 

でも、怖さを抱えたまま進むことが「勇気」。
怖がらないことは勇気ではありません。

 


 

まずは

自分を信じること から始めてください。

 

それが、本音を消さずに

生きていくための準備であり、

本音で人生を歩くための土台になります。

 

 

あなたの声は、

あなたが思っている以上に

価値があります。

 

 

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