将来のため。
親のため。
同僚のため。
信頼してくれる人のため。
大切な人のため。
人には、頑張りたい瞬間があります。
努力もまた、
頑張るという行為の一部。
けれど、
気づけば私はずっと
“誰かのため”に頑張っていました。
誰かの要求が明確で、
私がそれを満たすことができたとき、
「ありがとう」と言われるたびに、
心が救われた気がした。
どれだけ疲れても、
どれだけ自分が損をしても、
どれだけ悲しくても──
その言葉のために、生きていた。
でも、
相手にとっては一時のことでも、
私にとっては終わらない日々。
やがて無理がたたり、
心も身体も悲鳴を上げた。
それでも私は笑っていた。
人前では元気な人でいなければ、と。
裏の顔を知るのは、私だけでした。
頼られることには慣れたけれど、
頼ることを知らず、
自分のケアを知らないまま生きていた。
これは私の物語──
あなたにも、
そんな経験はありませんか?
私は、
人のために頑張った
“優しい人”でした。
同時に、
自分に鞭を打った
“酷い人”でもありました。
幸いにも、私は浮上できました。
でも、同じように頑張り続けたまま、
立ち上がれなくなる人もいます。
人のために頑張ったはずが、
気づけば誰かを傷つけてしまうこともある。
皮肉だけれど、
それは“他人に流されていた”ということ。
『もっと頑張らなきゃ』
『まだできるはず』
そんな言葉で、
自分を追い込んでいたのです。
承認されたい気持ちが、
知らず知らずに自分を縛っていた。
明確な目的もないまま、
「頑張ること」だけを続けていませんか。
完璧であろうとするほど、
心は固くなり、
自由を失っていきます。
手放す勇気を持ちましょう。
それは“諦めること”ではなく、
“心に余白をつくること”です。
自分を責めずに、
休ませる勇気を。
その優しい選択が、
まわりの人たちをも、
静かに照らしていきます。
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