二つ分かれの恋の歌 心をオリカエス 0/4 | ひっぴーな日記

ひっぴーな日記

よくわからないことを書いてます

 

 

自ら守るものは、それは必ずしも守るべきものではない。

 

 

 

 

 

 

 

                         *

 

 

「あー……、変に演技しちゃったなあ。久世さん、あの人嫌いだ本当に」
 いや、苦手といったほうがいいか。僕が精神と体力を底の底まで使い果たしたような気分で、大学校校門のすぐ横のガードレールに両手でがっくりと肩を落としていた。
 あの久世という、いやクリスか、人はどうにも僕を怪しんでいるようだった。軍にしろ、戦争のことにしろ、予め知っているんじゃないかという、なんというかそういう隠語をすべての台詞に感じた。
 実際、ある程度のここの保護地の実情や、軍の関連、は知っていたが戦争とか始めて聞いたことなのだから、僕としてはこのまま外に帰りたいぐらいの驚きなのだが、彼女の前だとどうにも構えてしまって「何もわからない平凡な少年」っぽい感じな性格を演じてしまった。
 外の家で学んだことだけど冷静に冷徹になりきれれば本心は揺るがない。そんなことをぐだぐだ教えられたせいだろう。
「しかしなあ、よく考えると今度会ったときのことを考えると億劫だな」
 ガードレールから手を離して高台から見える広大な海上都市の町並みを見る。
 あの人が毎日顔付き合わせるとなるとか、そんなんだったら僕がストレスで三日で精神がだめになるレヴェルだ。これから会う蓮桐や蓮杖などにそれとなくフォローというかやり過ごす方法でも伝授してもらうか。
 それに手に残った医療用のアンプル。中身はわからないがあの形状からして害はない、だろうが正体不明なものを入れられたのは間違いない。これもあとで聞くしかないか。
「しかし、戦争、ね」
 戦争に、軍に、それに特化した部隊。荒唐無稽にもほどがある。いつだったか聞いた空軍の幽霊話と同等レベルだ。
 だが戦争それ自体は想定内の出来事、とも言える。トーラスへの流入する武器やカネを見ていればそれとなしには分かることだ。だが、実際に起こっているとなると敵側と味方の判別を付けなくてはならない。自分がどこに立って誰に何を頼り考えなければならないか。それが必須なのだろうから。
 僕は遠く、千二百メートルの壁に円状にさえぎられた向こう、わずかに覗く海を見つめる。
 トーラスの半径は十五キロ。直径三十キロ、円周が九十四キロの大都市が丸々治まる巨大な生活圏で、それは円状に中央から、各公館庁、その外側に住宅地区、商業地区、一番外延に各研究所などの特殊施設が並んでいる。実のところ増設、区画整備などがこの長い間なんども行われたために円状に、とは言いがたいが、それなりに綺麗な様相を呈していた。外周を歩いて一週して回ったら四日以上かかるだろう広大な都市。
 そしてセキュリティは厳重。外延の壁の下は各種自動の多重セキュがあり、中央にはいるにはSクラスのパスがないと入れない。ここに住むティーア系の住民は、つまり例外なくAクラスを配布されていて中央以外どこにでもいけるが、来賓や外から来た商業者はBからCクラスのゲストパスしか持たせず、商業、外延までしかはいってこれないようにしておりかなり厳重だ。先ほど久世さんにもらったパスは全員Sクラスなのでそれほど破格な地位にいることがそれだけでよくわかる。
 排他的な民族、とかいわれてもしょうがないなあ、と僕はぼんやりと考えてとりあえず坂を下りることにする。
 舗装されたアスファルトはほとんど使われていないようでかなりの間放置されていたようだった。蝉がたくさん止まる左側にはこんもりした丘にたくさんの雑木林は生えていて、道路の割れ目からは雑草が見える。そんな道路をガードレール沿いに僕は下りていく。
 しかし、戦争。こんなにも平和で発展してるように見えて本当にそんなことが行われているかと考えるとどうにも信じがたい。もちろん――信じるに値することはいくらでも経験してきたので、その事実を聞かされてもこうして迷っているのはただの意地だろう。
 もちろん知っていたわけじゃない。でもそんなことがあってもおかしくはないだろうという勘みたいなものがあっただけの話。トーラスのあり方について大よその疑問はもっていたにしても戦争だなんて面食らう。
 ここの――このトーラスの住民達はそれを知っているのだろうか。知ってここにいるのだろうか。いや、ほとんどはしらないだろう。知っていたらティーアの民族気質的にとっくに反乱でも起きている。そうなると国家レヴェルでの秘密裏の何かで戦争……紛いのことをしているということになる、のだろうか。
 トーラスの高いビル群などをみても戦争で疲弊しているように見えない。普通は消耗している都市から枯れていくものだけれど、やはり海の上での戦闘で、それ以外の業務雑用っぽいことを僕らがやるのだろうか。
 保護優先地が実は戦争に集められ、またはそのために保護される場所で、そして軍の関連所。そして戦争。
 非現実的だ、とか結論がでるのは今時な子供のせいだからだろうか。
「そもそも、それもうすうすわかっていたから軍の教習なんて受けたはずなんだけど、」
 ここまできて意気地がないっていうか、何かを壊すためにここにきたんじゃないと僕は頑なに思っているだけだろうと思う。そもそも、こんな所に手早くバレてしまう教師の名目で送り込んだ時津彫の家の意図がまったくわからなかった。
 彼女と僕のためへの配慮、と前向きに考えておくことにした。

 


 第五地区商業街は例外なく五階建て以上の建物が立ち並び欧州風の街の作りが目を引く。あらゆる人種が入り乱れたような、外の茅ヶ崎第二新副都心ほどではないが、そこらかしこに髪がほとんど栗色から茶、金色に目は赤緑色やほとんどが碧眼であると外人街に迷い込んだ錯覚さえある。もちろん肌の色も例外なく白色なのだが、黒色も多い。
 そんなところに外から仕事できたサラリーマンが紛れ込めば様相に慄くだろう。日本国にいるようで日本ではないような。まぁ、僕もつまりビビッているわけなのだが。
 欧米風に石畳が敷き詰められて歩道や狭い自動車道も積極的に石や木が使われなんだかおしゃれに見える。そこに普通の学生や社会人があるいていくのだから、まるで人だけを挿げ替え、都市を置いたような違和感さえ生じてくる。とはいっても歩く人ほぼ全員が碧眼なのだが。
 人通りの多い住宅地区のメインストリートからダイレクトに入れるこの場所は人も自動車も多く、また買い物客や外来の人もおおくて探すのに困る。
 僕は一旦立ち止まり、手近な日本国の全国チェーン店のコンビ二の木陰の隅で立ち止まった。
 ここまで人が入り乱れているとストレスが溜まりそうなものだが、道行く人はなんだか陽気な雰囲気で外地街の日本人のピリピリとしたようなものは伝わってこない。これも隔絶された都市のなせる業か、ティーアの気質なのかな、とか行き乱れる人をみて適当な感想を持っておく。
 久世さんに言われてまず向かったのは蓮杖祀のほうだ。証明証から外見は一二歳で純血のティーア系。主に商業街を警備、と称して練り歩いているらしいがどうにも見つからない。久世さんに言われたとおりにPDAのGPS位置情報をみて行動しているのだけれども彼女はあっちこっちに移動してしまうので、土地勘ゼロの僕にしては追いかけっこをしている感じだった。
 というか、こんな適当な人員配置でいいんだろうか?
 年齢的に遊びたいお年頃……つーかなんでその年齢で軍に! っておもったが純血種なんてだいたいどこか天才めいたやつが多いのだ。十歳で大学出てます、といっても僕は驚かないだろう。さっきはおかしなあらゆる意味で規格外、粘着質な純血にあったばかりだし。
 家族連れや足早に過ぎる外来の社会人などを見て、どうしようと思う。周囲は大規模なフランチャイズ店があり、十階建て以上の建物に様々なものが詰まって、それに宣伝用のスピーカーからは音楽やなにかのラジオ番組まで聞こえてきてそれに各商店の呼び込みがBGMとして重なる。とにかく僕はなんとかまた足を踏み出すのだがそろそろ限界を向かえそうだ。
 夏の熱気に誰もが暑そうな顔をして通り過ぎていくそろそろ正午。道行く人も服装が開放的なことなのはいいがこのクソ暑い中なぜ屋内に入ろうとしないのだろうか。この辺が日本人とのちがいだろうか、ああもうどうでもいい。
 人ごみを掻き分けながらPDAをみつつ、また大きな街路を曲がる。
「早くここから出たい……」
 足を踏み入れて三十分少々で人酔いしてる僕だった。弱。いや、ここが特殊なんだ、見渡す限りティーア系とかありえないし。……うん多分。
 僕がまたPDAのティーアプレイに目を移してみると、高杉はトーラスの外、蓮桐は外延付近、そして、蓮杖が僕の位置と重なっていた。
 ……あれ? この辺にいるのだろうか? さっきは二百メートルは離れていたはずなのに。
 僕がT字路の交差点、とも判別がつかないほどの人ごみの多い中で辺りを見渡す。額の汗で前髪が張り付くのをハンカチを出してぬぐい、喧しいほどの喧騒の中、辺りを見回した。
「あ、お兄ちゃん!」
 その声はそれなりに遠くから聞こえたので誰かが家族を見つけた声なのだろう思った。
 だが、
「おにいちゃん! ちょっと!」
 僕はだんだん近づいてくるその声に思わず振り返る。呼びかける声は連呼しながら明らかに僕に近寄ってくる。
 人ごみを掻き分けてその顔に満面の笑みを貼り付けて僕めがけて走ってくる女の子がいた。
 黒の肩紐で着るチュニックのワンピース一枚で裾にはフリルがついている。それに二の腕までの同じ黒の長手袋に手首には何重かの銀のリング。華奢な体躯に右足太ももに何かのベルトが巻きついていて足首にも片方だけファッションなのかリングがはめられており、スニーカー。全体的に白い素肌に映える眩しい格好で実に可愛らしかった、のだが。
「やっと会えたねー!」
 そう言って近づいてくる少女、どう見ても蓮杖祀だった。背中まで届く長髪を左右でオレンジ色の髪紐で括ってツーサイドアップにしている。証明書では金髪ではあるが、その先端が金髪から幻想的な薄い赤色に変わっていてそれが目を引く。
 右手を僕に対して振りながら、あははと笑う彼女はなぜかこの暑さのためだろうか、それとも熱中症になりかけの僕の脳みそのせいだろうか、きらきらと周囲が輝いているようにすら見え、その彼女だけが僕に達するまで特殊相対性理論真っ青なスローモーションにさえ幻視して、
「お・に・い、ちゃーん!」
 と、彼女は僕に抱きついた。なぜか助走付きで。
 否、タックルをかました。
 擬音でいうとドーン、というとこかドカーン、だろうか。ドッカーンでもいいと思う。
 彼女はフットボールのスクラムを組んで突っ込んでくる野郎共如く僕を抱きしめた勢いでそのまま数メートル吹っ飛び、そして僕は石畳に背中と頭を盛大に打ちつけて一瞬意識が飛びそうになったが目の前というか僕の上に乗っかっている少女の重みですぐに現実に引き戻される。頭の片隅で、ああ、今日頭打ったの二回目だな、と思い浮かんだ
「もう! クリスちゃんのとこに先にいくっていうから暇つぶしにちょっとお友達のバイトの手伝いしてたら会いそびれそうになったよー! 会いたかった!」
 そういう彼女に、アレそういえばなんで僕はお兄ちゃんなんて呼ばれているんだろう、なんで僕がくるって知ってるんだろう、というか僕はなんでタックルされたのかな、というかこの状況はなんだろうとさめた思考で、愛情表現が日本離れした蓮杖祀にがくがくと襟首をつかまれて頭を揺すられていた。
 真直で見ると釣り目の整った相貌でやはり年相応の顔立ちを満面の笑みで満たしている。
「はじめまして! 蓮杖祀です」
 そうか離れろ少女重し暑い、とは言えなかった。

 

 

                         *

 

 

 正午だということもあってか、食事目当ての客の耳障りな喧騒と飛び交う客引きが交じり合い、遠くから聞こえる霧笛と自動車の走行音がそれに乱雑さに拍車をかける。そろそろ中天に差し掛かろうとする溶岩のような真夏の太陽は石畳を行き来する人々を艶やかに浮かび上がらせ、その様子を僕は実に夏らしくいいなと思った。
「ふぐ! ふぐぐっ! ほおおー! おおー!」
「……」
 目の前の少女を除いて、だが。
 金と紅の目を見張る荘厳な色のツーサイドアップの髪を揺らしながら一心不乱に大盛りのアイス付きカキ氷を食っている少女――蓮杖祀を僕はじっとりとした目で見ていた。


 数分前、僕にタックルをかましてがくがくと頭を揺らすのを止めさせ、僕は頭と腹を摩りながらなぜか擦り寄ってくる蓮杖をいい加減立たせたところで自己紹介した。
 とはいっても先ほどの言動だと久世さんから聞いていたらしく、
「待ってましたよー! 時津彫お兄ちゃんが来るのを! わくわくして昨日は眠れませんでしたー!」
 とにこやかに言うものだからまずなぜお兄ちゃんなのか、と問いただそうとしたところ物凄い腹の音が蓮杖から聞こえた。
 そして一瞬にして今までのテンションはどこへやら、その音に元気を吸い取られたかのようなか弱い少女はうな垂れ、お腹を白くか細い両腕で押さえ、今にも泣き出しそうな哀願の顔で僕を見上げると、
「……お腹空きました」
「……」
 そんな顔されても。
 というわけでそのまま近くにあったオープンレストランへと直行と相成った。


 そして現在に至るのだが、蓮杖はアホみたいに食べる。食べまくる。まるで自動機械のようにいちいち大仰なリアクションをしては目の前にあるものを口に入れていく。しかも食事はパスタだけであとはほとんどデザート。まさかここのレストランのメニューのデザートを端から端まで食う気じゃあるまいなこの娘。僕が払うような雰囲気になってるけどさ!
「この舌に乗せた途端に氷雪のように溶け消える氷と甘さを控えたシロップの絶妙なバランスが、バニラビーンズをふんだんに使ったアイスを引き立ててとてもいい仕事していますね! それに下層のクラフトはワッフル地にメープルシロップとはこれはやられました。冷たいアイスの後に舌を休ませるこの演出! いやーここのシェフにチップ上げたいぐらいですね! ほおおー! またこめかみにきました」
 じゃぁいますぐやってこいよ、と言いたかったが蓮杖はすぐにカキ氷の下層を切りくずさんとあっちの世界へと戻っていってしまう。いちいち料理番組のレポーターばりの感想を誰に言っているのか疑問で首を傾げるぐらいに思うのだが見ている限りでは彼女意識しないで普通に独白しているようだった。
 レストランにはいるなり、なぜか外のオープンの最前の席に案内され―いつだったか見栄え良いカップルはそこに案内されるとか聞いたことがあるが―冷房が効いている屋内のほうがいいと思ったが、足元からの冷房、フットエアーが完備されていたので黙っておいた。そのままなし崩しに注文を決め、蓮杖は最初こそ元気はなかったが、食べているうちに段々テンションを取り戻して色々聞くに聞けない状態、という感じになったわけだ。
 僕は自分の分の食事は終わっていて、食器も下げられ、食後にだされたアイスティーを渋い顔で啜って溜息をつき、横の往来へ目をそらす。
 車道並みに広く取られた歩道はそれでも溢れる人の往来で埋め尽くされていた。時折走り去る自転車や電動バイクが生ぬるい空気をかき乱していく。そして――この飲食店街は自分がいる店のようにオープンカフェ式をとっているようで同じような道沿いで食事している客を目に出来るが、ここはひときわ違うとひしひしと感じる。
 通り過ぎていく人たちが遠慮なしに躊躇なく、僕達を見ては物珍しそうな目線を残していく。例え僕が物憂げな視線を送ってもそれが絶えることはない。人ごみが極端に苦手というわけではないがこんなに見世物のように視線を受けるのは疲れてる状態の僕の精神にとって大変気分がよろしくない。むしろ――彼らの視線には物珍しいという物以外に――敬意、といえばいいのだろうか、尊敬のようなものが混じっているような気がした。
 まぁ、言わずともわかるように、蓮杖祀が視線をあつめているわけなのだが。純血にしても金色ではなく珍しい金紅色に幼い容姿、それが一心不乱にカキ氷を食いながら見てくれ二十歳の男性と一緒にいるんだからそりゃだれでも目をとめるよなぁ……、とか僕はほとんど他人事の域で考えた。
「あ! ウェイトレスさんこの特製パフェ、って言うの下さい」
「ちょっとまって蓮杖さん!」
 僕は物凄い勢いで首を戻すと、いつの間にかにカキ氷を食べ終えた蓮杖がメニュー越しに不思議そうに僕のほうを見てくる。まだ食うのかこの娘。彼女の碧眼にはなんでしょう? という色が浮かんでいた。僕が眉間の皺を指で押さえながら発言しようとしたとき、
「あ、わかりました」
「え? ああ、それなら話が――」
「時津彫のお兄ちゃんも食べたいんですね! 大丈夫ですよと特別製なので大きいですから一緒に食べましょう」
 そうじゃねぇよ……。
 思わず口にしそうになった言葉を飲み込んで、思いっきり拳を固めてから思いっきり嘆息した。ここまで疲れるキャラクターは初めてだ。
 そんな僕にはお構いなしに蓮杖はウェイトレスにはきはきと注文を済ませると鼻歌交じりに僕と同じアイスティーのストローに口を添える。
「えーと、あのさ蓮杖さん、そろそろ話してもいいかな?」
 僕はいうとまたキョトンとしたリスのような目で僕を見つめてくる。
 そんな不思議なこと言ったか僕。
「お話ですかー、あ、えと敬称はつけなくていいですよ。私のほうが年下なのでお兄ちゃんに悪いです」
「あ、そう、いやじゃなくてえっと、蓮杖はなんで俺のことお兄ちゃんって呼ぶわけ?」
 とりあえず根本的なことから振ってみた、っていうか話しにくいしい。
「えー……お気に召しませんでしたか?」
「いや、そういうことじゃなくてさ……」
「それは年上だからですよ」
「……」
 不思議な文様がはいった長手袋を両頬につけてふふふ、と含み笑いをした。アクセサリーの銀製の腕輪が涼しい音を鳴らす。可愛らしいんだが憎らしいんだが良くわからなくなってきた。あーいらいらしてきた。
「冗談ですよー。私、兄弟がいないので時津彫さんがそうだったらいいな、って思っただけです」
 ふーん……。よくわからない。
「なのでお兄ちゃんと呼ばせてください」
「断る」
 即断してみた。どういう「なので」なんだろう。蓮杖は不満そうにえー、と口を尖らせる。
「じゃあさあ、久世さんとか普段なんて呼んでる?」
「クリスちゃん」
「まんまじゃねぇかよ」
 お姉ちゃんじゃないのかよ。突っ込みが声にでちゃったじゃん。それでも蓮杖はふふふ、と両手を口につけて笑っている。
「私、ここ生まれ育ちで中央に住んでますから。あんまりお友達とかいないんですよねー。だからこういう警備しながらほかの人とお話できるのが嬉しいんです」
「そっか」
 なんだか不思議な話だ。このトーラス自体がティーアを閉じ込める役割をしているというのに、さらに閉じ込められているような少女がいるというのは。
 そんな僕の思考が顔に出ていたのか彼女は慌てるように言う。
「あ、もちろんわかってますよー、そういうこと。色々。でも私にはここは大事な場所なので、そういうことは二の次なのです。大事なものを守るということは大変ですけど、それがお仕事ですし楽しいですから」
 そういって細い両手をぶんぶんをふりまわす蓮杖は年相応に見えて微笑ましい。最初はぶっ飛んだ性格かとおもっていたけど以外に理性的で分別があるのかもしれない。
「とりあえず……お兄ちゃんは無しな。俺はさん付けにしてくれ」
「ふーん、ちょっと面白味にかけますがわかりました」
 呼称に面白味を求めても詮無いと思うんだけど。漫才でもやりたいのか?
「それで、ていうことは、このトーラスの成り立ちとか役割とか、そういうの全部知ってる?」
「そりゃもちろん! 法化制圧部はエリート集団ですからね、そのぐらいの基礎知識はないと」
 ……エリート集団? 初めて聞いたぞそんなこと。そんな疑問がまた僕の顔に出ていたのか、
「あれ、クリスちゃんから聞いたんじゃないんですか?」
「……聞いてない。だいたいしか」
 あの金髪ものぐさ女め……。僕のこと探るだけ探るようなことだけいって全然説明してないじゃないか。教育係じゃなかったのかよ。
「んー、クリスちゃんは優秀ですけど自分の興味があることだけしか行動しませんからねぇ。わかりました! 私がささっと大体の補足説明をさせていただきます」
 あれで優秀なのかよ久世さん……。僕的信用度はゼロに近いのだが。
 そしてよろしくお願いします、と蓮杖に深々と頭を下げられたので僕も習う。そんな奇妙な二人組を好奇心いっぱいの視線を浮かべたウィトレスさんがタイミングよく来て、例の特製パフェとやらが来た。
「おおー!」
「……」
 でかい。いやなんというかこんな盛っていいのだろうか、これは食べ物で遊んじゃいけませんレヴェルじゃないのか? と躊躇するぐらいでかかった。
 綺麗に食器を下げられた円形のテーブルの中央に大よそ五十センチはあるだろうデカイパフェが鎮座していた。器は金魚鉢をちょっと小さくしたくらいで下層はコーンフレークが何十とあり、上層はバナナやらパイナップルやらヨーグルトやらがこれでもかというぐらいデコレーションされていた。
「んー。意外に小さいですね」
「え? そうなの?」
「? そうじゃないですか?」
 やばい、蓮杖と僕との価値観には日本赤道海溝並みの溝がある。
 その蓮杖は鼻歌交じりに――もう立たないと届かないので――頂点のアイスクリームを適当に平らげると、丸いパイナップルとさくらんぼ、りんごを何個か横の小皿に載せた。
「はい! ささっといきますよ」
 ……ささっといきたいのはパフェたべたいだけじゃないのか。
「んーそうですね、まず時津彫さんはクリスちゃんからどのくらい聞きました?」
「うーん、とりあえず依然戦争は続いてること。トーラスの住民はほぼ軍関係者。トーラスは人種保護の目的じゃなくてそれを名目にその戦争のために国か政府かが、ティーア系を集めて戦争させていること。その代償に自分らが守り、国が守ってくれていること。僕の所属組織は法化制圧部であること。久世さんが科学でおかしな現象をおこしたこと、そんなあたりかな。あとなんか実戦っぽいことはやってないとか。ちょっと俺の推測入ってるけど」
 僕が彼女のまとまらない言動を思い出しながらなんとか要約していく。それに伴い彼女の顔も思い出されるのだが顔だけはいいんだよなぁ。まったく。抜けてるとこは……ないよなうん。……多分。
 それを聞いて、なんだか無心にパフェの天辺あたりを食べていた蓮杖がふむ、と大儀そうに息を漏らして頷く。
「ほとんど表面しかはなしてないんですねー、いやークリスちゃんお茶目すぎます」
 表面しか話さない説明役がお茶目っていうのもどうよ?
 僕は何度目かの嘆息をする。
「とりあえず抜けているとこからお願い」
 蓮杖は満面の笑みを浮かべながら僕の声に答えた。
「まず基本的なことですが、先の大戦についてどれくらい知ってますか?」
 ――先の大戦。オセアニア大戦のことか。アウストラリース共和国を主軸としたオセアニア連邦が起こした南北の大戦。
「史実程度しかしらないな。南のオセアニア連邦が主に火星移民などの技術、月、及び惑星などの宇宙条約で大洋機構会議で断って、その大統領が暗殺。連邦内で批判が高まって戦争。最後には例の『謎の大爆発』で赤道から連邦全土が被害を受けてなし崩しに戦争が終わった。そんなところかな」
 実際のところ、十年戦争や赤道越境戦争など様々な呼称があるこれは謎が多い。オセアニア連邦大統領はなぜ拒み、なぜ暗殺されたのか。なぜ戦争を始めたのか、爆発が起こったのか。三百年たった今でも謎だらけなのだ。
「ふーんちょっとそれは抜けていますね。大筋はそうなんですが、その間とその後が重要なんですよ」
 間と後? 戦時中と戦後、ということか。
「戦後はあれだろ? その、なくなりかけた人種の保護を世界各国が保護してそこに収まった」
「うん、そこが違うんです。戦時中、その前にも連邦内は随分荒れていたようで、反動勢力、レジスタンスなんかがいっぱいいたみたいなんですね」
 そう言いながら小皿にパイナップルの輪切りを置く。その真上にさくらんぼを数十個。間に爪楊枝を一本。
「連邦の戦争に反対する人たちは『各国へ、自分達の技術交換、既得権益を相互に享受するということを条件に亡命を希望した』んです」
 そう言ってパイナップルに数本の爪楊枝をさす蓮杖。おそらくパイナップルの輪切りが連邦、間の爪楊枝が赤道で刺さってる爪楊枝が亡命希望の反対勢力ということだろうが、食べ物で遊ぶな的な思考が浮かぶ僕はまだお子様なのだろうか。
 ――しかし、亡命。軍閥政権で内乱が絶えない国だったとは聞いたことはあるけど。
「ですがもちろん戦争中ですからね、交渉は難航して戦争末期には多くのティーア系が海外にすでに渡っていたと聞いています。そしてあちこちに小さな亡命政府も出来始めた頃――あの巨大な爆発でアウストラリース大陸ごと連邦はほぼ瓦解したわけですね」
 そういってパイナップルを爪楊枝で切り刻むと周囲のさくらんぼに爪楊枝を突き刺す。
 でもなんだかそれでは話がおかしい。
「亡命するにしても自分の身売りなら『交換』なんてことでまかり通らないだろ? 相手にとって見れば自分家に勝手に上がられるようなものなんだからさ」
 そういうと紅色の髪の先を指先でくるくると遊びながら蓮杖は微笑む。
「いってみれば能動と受動です。確かになんのうまみもない他人を自分の家に入れるわけがないですが、ティーア系人種は長い目をみてもそれ以上の利益を生み出すと何千年以上前から見られてきた、ことはわかりますよね?」
 ああ……そういえばそうだった。ティーア系が一つに集まり、世界と対等に渡り合えたのには一重にあの尋常じゃない運動能力と技術力だった。
「あっちからほしいと言って断られていたものが、急にむしろこちらからどうぞと言ってくるなら断る必然はどこにもありません。あくまでティーア系は望まれて迎えられた、受動的だったんです。そうやって世界に広がっていき、ティーアの要求通り、このような人種保護の地域が作られたわけです。そしてもっというとティーア系の要求はその土地における治外法権や領事裁判権をもった、主に主権と権力をもった保護地です」
「それって――」
 つまり自身の法律で統治して自身の判断で外交まで行える、言ってみれば――
「国、じゃないか」
「そうですねー」
 そういうと蓮杖は立ち上がって天辺のアイスを小皿にかきわけながら、
「そこがこのトーラスの実情なんですよー。トーラスはその国々に保護されたただの地域、土地じゃなくて、『世界中に点在する国』いってみれば群集国家、なんです。だから大規模な軍隊やその機能にしたがってそれぞれのトーラスに特色があるんですねー」
 よいしょっと、とおばさんくさい掛声ですわると山盛りにもったパフェを嬉しそうに食べる。見てくれは十二歳だからなぁ。可愛いといえば可愛いけど。
「戦前の戦争反対の人たちが、連邦が自滅するかどうか知っていた上での行動だったのかは、ついぞわからないままでしたが。閉鎖的らしかったですからねー。はい、そして国によって違うんですが、ここ、日本のトーラスは機能ごとに八つに分かれていて、ここ東海は軍を主に担当しているんです。担当というか、ただ軍関係者が多いってだけで皺寄せが来てるだけですけどねー」
 ふふふ、と軽やかに笑う蓮杖。
 しかし国としてここにあるなら、
「トーラスは戦争を強いられているのではなくて――自らしているってことか?」
 おお、と黒い手袋に包まれた両手で拍手する。もちろん音はでないが。なんだか仕草が可愛いので馬鹿にされている気分はしない。
「そこのへんがクリスちゃんが言わなかったことですねー。さっきのが大よその保護地の成り立ちで現在の役割――それが各国に戦争終結後に現れだした連邦からの攻撃に対抗するのがこの保護地の役割なんですね」
「でも連邦はあの爆発で、」
 むしろ、ブラックホールのような、とでも言えばいいのかあれで文字通りなくなった、はずだ。
「でもさすがに復興して小国らしきものは確認されています。うん、まぁ攻撃手段も限られてますし、それが保護地設立の促進にもなりましたけど、未だに成立していな国もありますし――とにかく戦争をしているのは、このトーラスという国であって日本国じゃないんです」
 なんだから煮え切らない感じだったが、久世さんの「戦争は続いている」の意味。それはティーア系の国だけがまだ戦争が続いているという真相とその意味だ。そして、保護地の国が関与していないということは、
「連邦、というかもうないからあっちの敵っていえばいいのかな、それがティーア系を狙ってきているってことか。だから国は保護地を対等以上に見て土地を割譲、物資補給して、逆に言えば、保護地は国を守っている、ことになるのか」
 なんという共存共栄。技術提供だけでもなく、対外からの敵からも守っているのだからトーラスのイニシアチブ、発言力は大きいのだろうな。あれ? でも、
「なんで保護地だけが狙われるんだ? そもそもそれだと同属間の争いになるんじゃ?」
 その疑問にも蓮杖は気づいていたらしく、難しい顔をして先のさくらんぼを口に入れる。
 ティーア系の特質としては異常な団結力、人種至上主義とでもいえばいいのだろうか、自分の民族以外は認めず、自分達が一番優れた種であるとかそういった思想があった。またそういった宗教も今もある。だからこそおかしい。さっきの話からすると禁忌に近しい同族で争ってることになる。
 その辺を話すと急に蓮杖は歯切れが悪くなり、
「うーん……、そこは後々でって彩夏ちゃんにもいわれてるんで、私からは詳しくいえないんですけど、とりあえず今は保護地だけが狙われ続けているとしかいえません。でも国ごと狙われるケースもあるので一概には」
 ごめんなさいというふうにやっぱり深々と頭を下げるので僕もあわてて下げてしまう。なんだか調子が狂う……。
「それで一応、最高意思決定権は統括府理事会というのがありましてぇ、各トーラスに数人、また数年に一回、クニドスで秘密で開催される統括最高理事総会とかがそうです。理事と議員がいて主に中央会って通称で呼ばれてます。まあー、大体こんな感じですねー」
 そういって今度はパフェの切り崩しに専念し始める蓮杖。だいたいの現状と仕組みをわかりやすく教えてくれたのは久世さん以上に感謝極まりないが色々疑問も残った。だけどそれは今聞くべきことじゃないだろう。
「あのさ、それで法化制圧部についてにようやく戻るんだけど」
「ああ! 忘れてました!」
 パフェの世界に突入しそうになっていた蓮杖を呼び戻すのはなんだか忍びなかったが。
 本当に忘れていたんだろうな……そんな口にアイスつけちゃって。
「法化制圧部は主に対人強襲、及び対外防衛を前提とした特殊部隊組織です。つまり私たちがその戦争とやらをやっているといえばそうなります。だからこそティーア系の中からも優れた人が選ばれてトーラスに配置されているんですよー」
「へぇ」
 ふふん、とあまり成長していない胸を張る蓮杖だが口の端のアイスをふき取ってほしい。僕が手を伸ばしてふき取ってやると「ふぐぐ! ふぐぅ!」とかなんとかおかしな声を出して身をよじらせた。くすぐったかったらしいけどいちいち反応面白いなこの子。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
 もうお決まりの頭を下げる挨拶。
「それでこのトーラスは第八区まで分かれているのはご存知ですよね? 番地では『地区』呼称ですが、区分けになると『区』扱いです。この八区に一部隊ずつ法化は配備されているんです。構成は数人から多くて十数人。ここの第五区法化は現在、時津彫さん含めて六人、です。まぁこの位普通ですけどね」
「……」
 え? 少なくないか? ということは久世さんのところでも推測したようにつまり――
「逆にいえば、その程度の人数がいれば、この戦争とやらは事足りるってこと?」
 大規模な兵器はいらない。大きな組織すら不要。ただ少数精鋭がいれば成立する戦争。
 蓮杖はそれに随分困ったようにんんー、と腕を組んで唸ると、
「そこもあんまりいえないのですが、ちょっといっちゃいますとその通りで、敵さんは初期の頃から数が少なく、数人いれば対処できてしまうような状況だったんです。だから今こういう体制になってるんです」
 そうすると、やはり敵の動機がわからない。敵の動機というかこの戦争の動機、と言えばいいのか。同族殺し――それが目的ではないだろう。
「うんまぁ……わかったよ。あとはその彩夏さんとやらから聞く。それで特殊部隊というからにはなんかすんごい訓練とかするの?」
 結構そこをいえば経験者な僕。
「いえ、特別なことはしません。ご存知の通り私たちはそれだけで強いですから、対ティーア系だけに絞って対策していればいいんです」
 それだけで――強い、か。久世さんの消えるような移動。まったく疲れていないような持久力に腕力。それに、
「あの、科学がどうたらこうたらってのか?」
「そうですよー。私たちがやることは、それを実現させることで肉体的訓練よりも研究が優先なんです」
 研究、ね。そこまでいくと特殊部隊というより部活動な感じをうけるがティーア系はデフォルトで他人種を凌駕する身体能力を持っている。もしティーア対ティーアならばなにか別のものがものをいうことになるんだろう。
 久世さんが言う「個人個人にもよる」という言が頭を掠めた。
「ティーア系は確かに筋力訓練をしてもそれなりに強くなれますが、先天的にすでに一歩抜き出てる人も何人もいるんです。ですから基礎としてその科学的なものを全員に使えるようにしたのが今の主な体制ですねー」
 あのクリスちゃんとかそうですよー、と自慢げにいう蓮杖。まぁそういえばあれは成長途絶者だったな。いやわからないか。
「あの久世さんて成長途絶者なのか?」
 僕はすっかりぬるくなったアイスティーで口を湿らせ、大方「ささっと」話終えたらしい蓮杖はパフェに食いつきながらどうでもよく言う。
「ですよー。ワイズマン症候群、先天的不老化病、GUB症候群とかいろんな名前がありますけど、ご存知の通り、先天的疾患で成長が止まっちゃうんですよ。逆のケースもありますけど、私たち純血者には多くいます」
 ふぐ、とさらにとったヨーグルトを口いっぱいに運ぶ。
「ちなみに久世さんて何歳?」
「ん? 二十三歳ですよー」
 ……やっべぇ。僕普通に年下だと思ってたよ。年上とか冗談だと思ってたし。僕より五歳も上だったのか。
 なんていうか、ああいう性格になるのはなんだか納得がいった。みてくれ十六、七歳でとまれば捻くれもするだろう。もっとも性格がひねているということ前提になっちゃうけどま、いっか。
 とすると――
「あ、私は普通ですよー。純血ですけど十二歳です。はい」
 僕の視線に気づいたのかえへへ、と笑うとまた食事に戻っていく。
 一心不乱とまではいかないが、わき目もふらずにパフェを食べる蓮杖を僕はただ見つめていた。金紅色の髪がゆれて白くて細い、その年齢にあった体躯がなんだか儚げに見える。
 すでに真上を通り越した太陽はやや斜めからの赤い日差しを地上に降り注いでいて、店員が日よけのカーテンを歩道沿いのフックに掛け始めた。まだ喧騒は途切れず、それに耳を澄ましながら思い返すと思えば長く話しているようでそれほど長くもなく、だけど短くもない会話だった。つまり言えば、内容が濃すぎた感がある。
 何か少数の南の敵と戦っている蓮杖たち。そしてそこに入った僕。それを利用している国、それに統括府理事会の面々。
 僕は少し溜息をつくと日よけのカーテンから見える高層商店街をぼんやりと見る。陽炎でゆらゆら揺れるそれはなんだか僕の思考そのもののようだ。きっとこの法化の面々にもいろいろ事情があり、そしてこの保護地――国の人たちも様々な思いでここにいるのではないだろうか。誰もが望む国や思想でいられないなんてわかってるけど、そこに政治とか利益とか絡んでくると考えるだけで萎える。
 人は人だけを思うことは出来ない――のだろうか。
「なんていうか」
 徐に、蓮杖がすでに皿にわけたパフェを食べ終えて水を飲んでいた彼女が、言う。
「ん?」
「時津彫さんってなんていうか飲み込みが早い、というかこう言うとなんですが諦めが早いって感じがしますね」
 それは――あの金髪の少女、じゃないか彼女にも言われた言葉。
「うん、まあ、諦めたほうがいいことには越したことはないけど足掻くよりはいいからさ」
 奪うより、奪われたほうが楽。ただそれだけだから。
「外の軍学校で教習うけてらしたんですよね。外地は危険ですからねー。ティーア系を目に仇にしてる組織はたくさんいますし専用のカウンターテロ、特殊部隊もいますからねー」
 専用の、ねぇ……。
 ふーん、と蓮杖は手にもったグラスを弄ぶ。
 だから僕も徐に聞く。
「蓮杖ってまだ十二歳ってことは学校いってるわけ?」
「え? あ、はいまだ学生やってます」
 驚いたことに学業を兼業していらっしゃる部隊員だった。
「えっと小学校?」
「いいえ、スキップ利用して今は第六地区大学校の高等三年生です」
 ……なんていうか。咄嗟に勝ち組、負け組みとか思い浮かんだ僕はこの年齢でおっさんなのかもしれない。ていうかこの容姿で高校生か。それはまぁ……。
「というか一人除いて全員学校に通われていらっしゃいますよ」
 なんてこったい。本当に部活じゃねぇか。
「ああ、でも基本研究するためですから。研究というか自分の理論を確立するといえばいいのか、そのために所属してますねー」
 そっか、と僕は彼女に微笑んで見せた。
 久世さんがいった、「僕がここにいる理由、君がここに来た理由」とやらの言葉がようやくわかった気がした。久世さんがここにいる理由、ね。
「蓮杖はさ、」
 ちょっとこれは聞きにくい。だからすこし歯切れが悪くなる。
「それを全部飲み込んで、俺見たく諦めているわけでもなくてここにいる理由って、なんだ?」
 僕の質問に少し悩むような仕草を見せるとやはり手元のグラスの水を揺らしながら答える。
「そう、ですね。私にとってここは家であって大好きな場所であって。ここで生まれてただここでずっと育ったからというだけじゃなくて、ここに住んでいる人たちが好きだから、多分だからここにいるんだと思います」
「う、ん」
「それに、」
「?」
「人種とか、そういう戦争とかに捉われないで考えるのももう一つの答えだと思いますよ。国や組織じゃなくて、人があってそして分かり合えるんですから」
「あ……」
 なんだか――見透かされたような気がした。でも自然と腹は立たない、いや立つ以前に同じようなことを言われた錯覚に陥った。彼女は本当にただここでの生活だけで、例え戦闘があったとしてもそれだけで楽しいのだろう。ただそれが彼女のいる理由。正直――そんな単純な理由じゃ僕は納得できない理由、だった。
「あ、すいませんなんか偉そうなこと言っちゃって、」
「『世界は星と人で満ちている。ただそれだけで素晴らしい』」
 唐突に言った僕の言葉に蓮杖が首を捻る。
「誰の言葉ですか?」
「んー……俺の大事な人が、ちょっと昔に俺に言ってくれた言葉」
 そうですか、となんだかほっとしたような表情を蓮杖が浮かべた。
「素敵な言葉ですね」
「ん」
 そういう蓮杖がなんだか年相応以上に大人びて見えたので腕を伸ばして鼻をつまんでやった。まだ滑らかな皮膚を保った柔らかい鼻梁に少し驚く。なんだか年上の久世さんにすら見せなかった内面を、年下の蓮杖に相談したような気がして、それがなんだか負けたような、そんなくだらない気持ちがあって。だからちょっとしたこれは小さな反抗、悪戯だ。
 鼻を挟まれた蓮杖は「はにふるんでふかー!」と目を思いっきり瞑りながら手足をばたばたさせる。やっぱこうしてみると十二歳だよなぁ、と勝手に観察していると、片腕を伸ばしてきた。でこぴんでも食らわせる気か、と思って顔を引くと、
 目の前に銃があった。
 本当に何の前触れもなく。ただ本当にそこに当たり前のようにあったかのように。
 フォルムからしてグロックだろうけど見たことのない形だった。質感もその存在感も確かに蓮杖の小さな手に収まっていて、それが逆に不釣合い。銃の表面は黒くガラスのように光を散らしていて白い蓮杖の右手と対照的だった。
「え? うぇ?」
 思わず変な声を出してしまう。でこぴん所か鉛球を食らわせられてしまう。冗談ではなくて。急な展開に思考が追いつかない。
 どこから出した? そもそも蓮杖はワンピース一枚でこんなごつい銃をどこに。
「もー! 急に何するんですか! 思わず作っちゃいましたよ、本当に」
 なんだかちょっとご機嫌斜めな口調でそういうと、銃を僕の眼前から離して上に銃口を向ける。
「あ、すいません、驚かれましたよね。ちょと今消しますんでー」
 僕の返答とか質問とかそういうのを抜きにしてとっとと進める彼女。
 蓮杖が左手で銃のバレルを掴むとずぶり、と、銃に両手がゼリーのように進入して、『銃がまるで雪の結晶のように空間に散っていった』。
 その時間わずか数秒。注視すらできない速さ
「それって……」
 僕がようやく声をもらすと、ああ、とようやく蓮杖が気がついたかのように、
「言うの忘れてましたね。これがさっき言っていた研究、ティーアがティーアより一歩抜き出るための技術です。IEディファイン、主に干渉とか魔技とか魔希って言われてるものです」
「干渉……」
 あの久世さんは確か徹底した科学理論に基づいたものといっていた、あれか。
 出鱈目だけど、出来るようにする。
「自己臨界性限界っていう定義が全ての根底に使われていまして、えーと、説明すると難しくなるので簡単に言うと、例えばクリスちゃんは音に、干渉していて、私は粒子線に干渉して不可能事象を起こしてるんですよ」
 ……正直言うと、それを聞くのは「二回目」だった。
 それの定義を聞くのは、二回目だ。
 でも蓮杖はほぼ溶けただけのパフェをつつきながらにっこりと笑い、
「じゃ、ささっと簡単に説明しますねー」
 そう朗らかに言った。

 

 

 

 

 

 

I surely fight for her if I go to fight.