二つ分かれの恋の歌 心をオリカエス 0/2 | ひっぴーな日記

ひっぴーな日記

よくわからないことを書いてます

 

偽善を並べ、善を作り出す。

 

 

 

 

 

 

 金髪の美少女の言葉に今日通算三度目の驚愕を受けて眩暈がした。
 目の前に位置する純血の少女は僕にその容姿から考えられもしない言葉を吐いた後、何も無かったかのようにまた形の良い耳にイヤホンをすると読書に戻ってしまった。眩暈というかギャップから立ち直った僕は少女を改めて見る。
 道場は左右に広くて開いた扉から少女と僕はそれなりに離れているのに挙動が細部までよくわかる。
 彼女の綺麗な金髪は長く、頭の下に預けている肘掛に広がって彼女の背中まで垂れていた。時折音楽にあわせてかその髪が頭と連動して動く。そんな動作が可愛いな、なんて暢気に思っていると、
「いつまでそんなとこに立ってるつもりだよ。とっとと入って来い」
 そう言われては入らざるを得ない。元々僕がここにきて色々推測、想像したことも聞きたかったので望むところといった感じだが、藪蛇つついて自分のほうのことをボロださないかどうか微妙な所だ。
 僕は板張りの床を素足のまま少女が寝そべっている赤いソファの目の前まで来ると、彼女は本をこれでもかというぐらい力を入れて閉じると、手のひらサイズの音楽プレイヤーを操作して止め、イヤホンをか細い指で両耳から離した。仕草は少女然としているんだがどうにも威圧的な印象を受ける。
 彼女はなぜかふぅ、と疲れたように嘆息し、緩やかに絹のような髪を整え僕のほうへと目をやり一瞥した。

 僕の青い目と彼女の青い目が――初めて互いを認識したような印象を受けた。

 だが彼女はすぐに目線を離してぞんざいに持っていたハードカバーの本を道場の床に放り投げ、音楽プレイヤーを適当にイヤホンごとスカートのポケットに収めると、ようやく体を起こして彼女の小さな体にしては大きすぎる重厚なソファに背中を預け正面を僕に向けた。随分と偉そうに足を組み、右手を肘掛に置き、左手で頬を支える格好。突っ立っている僕を上から下まで嘗め回すように無遠慮に観察してくる。
「とりあえず座れよ。話がしにくい」
 彼女の発言は全部棘がずらっと並んでいるように感じられたが、当人はそれほどでもなく眠そうで、面倒臭そうな、なんでこんなことをやらなくちゃならないんだ、といった不遜な表情が浮かんでいた。
 そうするとやっぱりそうか。なんだか流されてここまできてしまったが、彼女は自分の意思でやりたくてやっているわけじゃない、と思う。とすると彼女は誰かに頼まれたか命令されたかでここにいる。
 いわばこれから始まる何かの説明人、案内人、ガイダンスの司会役。誰のかといわれば――彼女所属している組織についてだろうし、誰に、となるとおそらく――あの刀の少女ではないだろうか。
 僕は彼女の目の前で、スッと右足だけ引くとそのまま左膝を下ろし右膝を下ろす。最後に両膝を揃え、立てていた足首を折って正座として座る。スポーツバッグを下に刀のバッグを上に置く。まるで強権な教師に起こられる生徒の図であるような感じではあるけど、僕としては道場で胡坐をかくほどアホじゃない。目の前の少女はその道場に椅子を持ち込んでどっかりと座り込んでいるんだが。
 その僕の行動に彼女――久世さんは一瞬眉をひそめて言う。
「お前、なにか武術でもやってるのか。日本式の。随分重心がぶれないじゃないか」
 ……。みただけでわかるのかこの人。少し衝撃。僕は少し上にある久世さんの顔をみながら努めて普通に言う。
「あ、はい。えっと、合気道とか槍術とか少し……ほとんど我流ですけど」
 嘘は言っていないが、嘘は言っている。僕の返答に久世さんはふん、っと鼻を鳴らし、でもまだ納得いってないらしく、整った容貌の上を疑問に満たして話をそのまま続ける。
「まあ、とりあえずその辺はおいおい聞くか。どーせ事前の資料に書かれてねえこともあるわけだが、……つーかお前さっきからどこ見てんだ、おい」
「え!? あ、なにも、見てません……ええ、なにも」
 僕は直ぐに目を伏せる。僕の位置からしてダイレクトに久世さんが組んでいる綺麗な足と白いスカートの間が見れるのでまだ年頃の僕に対してどういう拷問だと言いたかった。目を見て話すのはなんだかまだ憚れるので自然と視線が下に行ってしまう。
 まさか狙って座れとかいったんじゃないだろうなこの人。
「お前の心情はわかる。確かに僕は可愛い」
「……」
「だがらそういうのには寛容だ。なんなら乳の一つでも揉ましてやらんでもない」
「……」
「ただし、僕に勝負でかったらだがな。僕は弱い男は好かん」
 僕はただそのまま硬直してあほみたいな表情で聞いていた。この人本気でいっているからだ。本気とは思いたくないけれど。口が悪いのはわかったがあんまり女の子が乳とか言わないでほしい。
 しかし僕? 女性だよなこの人。そういう言い方なだけか。そういう自称する女性とはあんまり関わったことがなかったからなんだかはやり、やりずらい。
 それは置いておくとして、と久世さんが話題をばっさり切り替える。
「とりあえず自己紹介だ。僕はクリスタンベル・久世・コルデー。愛称のクリスとか言われるけど、久世って呼んでくれ。ちなみに久世は母方の苗字だ。ここでバック専門、というか監視員みたいなことをやっている」
「そう……ですか。わかりました久世、さん」
「久世、せ・ん・ぱ・いだ。先輩。僕はお前より年上なんだから。年功序列を忘れんな」
 今久世って呼べって言ったじゃないか。
 はい、とまた僕は気の抜けた返事をしたが少し不遜な顔をしている久世さんを見る。
 どうみても僕より歳が一つか二つは下だというのに年上? ああ、まぁそれもありうるか。監視員とかのとこは突っ込まないでおこうと思った。それはどう考えても「あっち系」だろうから。
 ティーア系の身体的特徴としても純血は稀ではあるが人間外観の成長がそれこそ一桁の年齢から二十歳後半で止まる。僕らの特異的なものとしては老成で生まれて、逆に若返りながらその年齢で止まるなんてもあるらしいが詳しいことはわかっていない。染色体突然変異……だったかな?
「えっと、それで俺は時津彫龍之介と言います。今日ここの大学校に教育庁より教師として着任するよう――」
「りゅう……のすけ? なんだそれ? お前本当に時津彫家の長男か?」
「え?」
 意外な反応に僕は言葉が詰まる。
 まさか、と息が詰まる。やはり藪蛇だったのかどうなのか。このトーラスでは時津彫の名は有名すぎるはずなのに。
 彼女は音楽プレイヤーを差し込んだ反対側のスカートのポケットに手を突っ込みなにか折りたたんだ紙片を出した。しばらく両手でそれを開いて紙と僕を交互に見ていたが、仕舞い、今度は腕を組んでうーん、と首を横に傾げた。
 僕はその様子を内心戦々恐々と見ていたが、彼女はやがて諦めたかのように首を戻した。
 彼女は――「時津彫龍之介」に関してどこまで知っているのだろうか。
「ま、いいや。あとで中央いけばわかることだろうし。で? 何? お前ここに何しにきたって?」
「……ですから学校の、」
 そこで僕は言葉をとめた。久世さんが――内心では見てくれ年下なので先輩と思う気にはなれない――腕を組みながら僕を見て苦笑いをしていたからだ。肩が揺れるたびに金髪も波うち、次第に笑い声が口の端から漏れ出した。
 僕はやはりそれをぼんやり見つめているしかなかった。
 一体なにが可笑しいのか。僕の言葉のどこが。それとも考えか。
 だけどそれを考えると自然に結論に行き着く。「ここに学校なんて言葉自体が不釣合い」なのだろう。
 所詮はこのトーラスに来ても古巣に帰ってくるということか。あの父親はどうやっても僕を縛りたいらしい。
「はは、げっほっ!あっごほ!」
 咽るのかよ。
 久世さんがようやくかなり咳き込んで笑うことをやめるとそれでも可笑しそうに僕に言ってくる。
「学校だって? そりゃかなり笑える話だな。いい加減お前も気づいてるんだろ? お前は本当は、一学校の教師としてここに送り込まれたわけじゃねえってこと」
 送り込まれた、か。ふむ、言いえて妙、いや無能を指摘するにはいい言葉だ。
「やっぱり、ここ、軍関係の施設なんですね」
 それを聞くと久世さんは初めて驚いた顔をして凪いだ表情を止めた。
「へえ……外見通りの朴念仁だと思ったがそうでもない。それなりにクレバーだ……。確かに畑が違うな。こっちは警備、つーかつまり、むしろ軍関係だ、うん」
 なんだか最後は歯切れが悪かったが、ああ、やっぱりそうか、とは思った。
 僕の成長した時津彫という家系は三世紀前よりここの保護地で軍部出身が理事会の一員を歴任をしてきたのだ。つまりはティーア系に限れば、重要な重鎮の家系。その家の長男がただの一学校の教員なんてありえない。
 軍の上級の職務の席について当然。その空気が必ず時津彫にはあった。
 それぐらい――僕もわかっていた。痛感できるくらいに。でも希望は、ほんの一欠片の希望はもっていたのだ。それが今案の定なくなった。
「ありあえないっていったら見も蓋もないけどな、それにこの人種保護優先地の住人の八割が軍やそれら関連施設で働いてることぐらい――お前だって知ってるだろ」
「はい」
 外部から見れば不思議なことだが、このトーラスに居住しているティーア系は例外を除けばほとんどが軍関連で働いているのだ。外の一般人は知らないことだが僕の家だからこそ聞いていたことだ。もっというと僕だからこそ知っていたというべきか。
「ですが、ティーア系の人権は先の戦争の世界人権宣言に盛り込まれて認められています。だからこそこのトーラスっていう――」
「お前、知ってるようで本当に何も知らないんだな」
 久世さんがやれやれといった感じで自身の金髪を指でくるくると遊ぶ。知らないというか、僕の言ったことはもっとも、僕の考えというよりは模範的回答を言ってみたまでだったのだが。
「なるほど、確かに人権宣言、ウェズリー条約では自由と尊厳が認められ、ティーア系は一般人であろうとも生涯を安定して生活することを約束されている。だが、だ。ではなぜこんなトーラスだとかいう箱の中に世界中のティーア系は閉じ込められているんだ?」
「それは……」
 少しだが「閉じ込められている」という表現が気にかかった。
「減った人種の保護だとか迫害への対策だとかただの政治的な建前だ。外の連中のくだらない自己満足だよ。いいか、これはただの檻だ。収容所といってもいい。つまりは怖いのさ。ユーリもオムスも。自身の体の崩壊を度外視すれば素手で岩割れるようなやつらで過ごししたく無いのは当然の反応だ」
 僕は随分と喋るなあ、と久世さんの話を聞いていた。そんなことはもう、僕だってわかっていた。既知の事実としてわかっていることを聞かされても何の感慨もわかない。逆に僕は今更なぜそんな既成事実を持ち出してくる彼女の意図がわからなかった。だから切り出す。
「報われない話ですね。もしかしたら今現在も俺が『政治的な建前』でここにいるかもしれませんよね」
 僕は鋭く、だがさりげない口調で言った。久世さんは可愛らしい顔に満面と渋面の間のような笑みを浮かべ、また僕をみたまま押し黙る。
 ……さっきからこの問答は何なのだろうか。彼女は今まさに僕に何かを伝え、それによって「ここ」に僕を縛ろうとしているようで仕方が無い。
「……感情が口に出るタイプ、と思ったら本当に思慮深いな。それはいろいろまずいな。ま、話を戻すがとりあえずこの日本国にしてみてもティーア系は八つの人種保護優先地地点に集められている。それぞれの人種保護優先地域は日本名では『トーラス』と呼称され、先述の条約にのっとり世界各国で当時、数十年掛けて建設されそこに現在全てのティーア系が居住している。もちろん、例外もあるが、さて、」
 久世さんは足を組み解いて僕のほうへと顔を寄せる。よく見ると彼女の目は碧眼というよりは深緑の色も混じって見えて不思議な光が漂っていた。
「なぜだ?」
 再度の質問。
 なぜか。
 今まで遠のいていた外の蝉の囁きも、強く通り抜ける風が引き戸を揺らす音が不意に蘇る。
 なぜティーア系をこうも一点集中させなければ成らなかったのか。三世紀前の先祖は何を考えてこのようなシステムを作り上げたのか。
「それは……やはり種の保存と繁栄のため、では?」
 模範的回答にやはり久世さんは眉をしかめる。
「お前、考えが深いのか浅いのか……。頭固いな、教科書の丸暗記じゃないだからよ」
 そんなこと言われても困る。僕は元からこういう性格なのだ。だいたい種の繁栄と復興を願ったのならば自然と相成る形のように思える。
「戦争が――まだ終わってないからだ」
 久世さんは少し間をため、そして唐突に言った。
 まるでどうでもいいような投げやりな口調でするりと。
「――え?」
 僕が抜けるような声を出すと彼女はその反応は期待していたというよりも見飽きた、といった表情で嘆息する。
 彼女の雰囲気は、僕のそのリアクションをみると先ほどと打って変わって興味を急激に失ったかのようにみられた。
「昔、当に戦争が終わったとか周囲は抜かしやがるが、そんなことは共存繁栄の大義名分で偽りの平和を着飾った当時の上層部の情報操作にすぎん」
 ――ならば、彼女がのらりくらり僕に質問のようなことをしていたのは「このことを知っているかどうかの確認」か。もし知っているなら――どこで知ったか情報漏れを確認するのが彼女の役目ということか。またどこで知ったか聞き出すために。
「戦争は今も続いている。推測でもなく事実で続いてる。そしてそのためにティーア系はここ、人種保護優先地とか言う名目で集められ、そしてその戦争の尻拭きに従事させられている。わかるか僕らは世界から隔絶させられ、迷惑ごとを押し付けられているんだ。それもこれも過去の戦争の原因がティーア系が原因であるところが大きい。ほかのやつらも甘い汁をすって、今平和であるのはうちらの心血の上に成り立っているということを見ずにな」
 久世さんの言はいまだに棘はあったが内容よりも感情は薄かった。どちらかというと既成事実を読み上げている、そんな淡白さがあった。事実、彼女にしてみれば大戦によってこうなったとしても、どうでもいいのだろう。まだあって数分だが、彼女はそんな世界の情勢などどうでもよく思うのだろうと感じられる。
 それよりも――戦争が終わってない、だって? 本当なら、それは本当に驚きの事実だ。
 僕が外で学習してきたことは、すべて嘘で今も日本国やほかの国は……南のあそこと戦っている? この三百年もの間? そしてまだ続いている戦争の要員としてティーア系が集められている?
 反拍したくないがそんなはずはないとは言わずにいられない、実際に見たわけじゃないけどあの惨劇で生き残ってる人などいるわけがない。だから僕は言う。
「そんなの――ありえないですよさすがにありえない。あの状況からどうやっても連邦は持ち直せるはずがない。そもそも戦争は終わったって、」
「誰から聞いた、そんなこと」
 間髪いれず話を割って入ってくる久世さんの言葉。綺麗なソプラノだが今は硬質だった。
 先ほどの探ってくるような目線と言葉ではなく、純粋に戦争未終結の事実を知らなかった僕に驚いている、と思う。
「誰からって――そのテレビとか歴史の教科書でも――それと当時のメディアの履歴も、」
 そこまでいっても久世さんは僕から目を離さなかった。だけど僕はなぜか必死に事実から、自分の知っていることの正当性を証明しようとしている。そんなことで正当性なんて証明できないとわかっているのに。
 なぜだろう。僕はそんなにも自分の世界が――。
「お前が自分で見たわけか」
「見てませんよ。それだったら久世さんこそ、」
「僕も見てない。だが事実として戦ってるのは戦ってる。じゃあ、『そういうことだ』と考えるしかねーだろ。外のお役人もそう言ってんだからよ」
 戦ってる――だと?
 僕は、そう僕は子供のころ、外の時津彫の家で過ごしたある日を思い出した。あれは鮮明で――だけど確かにそこに脅威があるということが、わかった。
 僕は嘆息した。やっぱりそうか。
 僕が何事もなくあの家から出られるはずがなかったのだ。
 祖父はいまだに東京の防衛庁付大使館にいるし、父も今中央で業務を行っている。そして僕、だ。
 実際のところ、僕はどこかの軍関係のどこかに放り込まれているとは思っていたけど、本当に。
 あの父親、というかあの家は最後まで僕が軍以外のところへ行くのを嫌がりはしたが、強制はしなかった。そんな結果がこれだと逆にやっぱり諦めの溜息しかでない。
 それで戦争、か。しかし放り込むには吹っ飛びすぎだろう。いきなり戦争に参加しろとは。
「それで、本当にまだ戦争しているんですか」
「ああ」
 久世さんは体を起こしてどっかりと細い肢体をソファにあずけ、ニーソックスの足を組む。顔は無表情。柔らかい金の髪がふわりと舞う。
「どこと? 誰とやってるんですか?」
 言わずとも南だと思ったが――
「それがわからないんだな」
「は?」
 久世さんの言葉にまた言葉が詰まった。なんだそれは。正体不明なものと戦争している。それってただの、
「テロじゃないですか。それだと。局地的に攻撃が行われているなら……」
 いや、違うのか? 本当に戦争と断じるに値するなら、世界で戦いが行われている……?
「お前は見たところバカじゃあないからわかるだろうがまさに戦争してるんだ。日本国が一番被害が少ないってだけで確かに戦いがある。欧州、アフリカ、米国、最前線は赤道か、どこでもある。何しろのその証拠に、敵は全部南の国旗背負ってきてるんだからな」
「じゃあ、まったく正体はわからないにしても南の国は生きていて、そして攻撃してきているってことですか」
「ま、だいたいそういうわけだ。お前が今頭んなかで考えたことはこの三百年の間で様々な専門家がすでに考え実証済みなことだ。いいか、

事実から逃げるな。

先輩からはそれだけしかいえない。後々は自分でなんとかしろ」
 なんとまぁ、無責任この上ない言葉だ。そうするとここは保護地ではなくて、戦争から僕らを保護する役割があるのか。依然として戦争が続いていれば当然ティーア系への不満が募り、人種が槍玉にあげられ迫害や殺人などおこる。実際昔があったのだから。
 だからか?
 だからこうやって自分らは戦争のために国を護り、またここに集まることによって自分たちを護っているし国が僕らを護っている。
 さきほどの「閉じ込められている」という久世さんの言葉が思い浮かんだ。それにあの刀の少女の「新規」という言葉。
 新規という言葉を使うのはティーア系、トーラス内での軍関係における新人を指す時にだけ使う言葉だ。
「つまり、世界規模の戦争はいまだにあり、その尖兵としてティーア系がこの人種保護というお題目の名の元に局地的に集められて長年戦わされている、そういうことですか」
「まあな」
「じゃあ……、戦っているのは本当にあの連邦だけ、なんですか? 『別の者とも戦っている』んじゃないんですか?」
 それを聞いて久世さんは緩く微笑み、端正な相貌を崩す。
 おそらく想像以上に確信を突いたのか、それとも妄想豊かな僕を笑ったのか。
「極論ですが南だけのためにこんな世界規模のコミュニティを作るとは考えられないです。久世さんの言うとおりならこのトーラスの成り立ち自体に疑問ができます。作られた動機は――」
「南だけ、とは自信過剰なことだが、ま、詳細はおいおいわかってくるだろ」
 久世さんは半分独白気味の僕の台詞に割り込んで可笑しそうにゆっくり頭を振る。
「だいたい僕自身もあんま実戦とか参加したこと無いんだ。戦闘つってもお遊びみたいなものだからな。形式だよ形式。軍隊なら軍らしくしてなくちゃお給料貰えないしな」
 そう言ってようやく久世さんは立ち上がると、金髪を後ろに流し道場の壁にかけてあった竹刀と木刀のうち、反りが真剣に近い木刀を二本選んで両手に持って帰ってくる。
「ま、末端の僕らには関係ないことだよ。悩むのはあー……、お前の親父さんとかトップの連中だけでいい。適当にやってりゃいいのさ」
「そう、ですね」
 しかし本当に良くしゃべる。この辺で話の落とし所だと思ったのだろう、話題を切ってきたな。
 僕はそう言って座る時の逆回しのように重心をずらさず立ち上がり彼女に身体を向ける。荷物を持つととりあえず壁に寄せておく。おそらく木刀で何かやるつもりだろうと思ったからだ。
 しかし父と僕の関係を知ってるとといい、この子、本当に得体が知れない。
「随分飲み込み早いな。お前はそういう性格じゃないと思ったんだが」
 久世さんが木刀の片方で肩とトントンと叩く。
「家柄でしてね。父が恨み言のようにお前は軍に行くんだのといわれてましたし――なにより昔にそういう体験があったので。わかってはいたんです」
 だけどわかりたくなかった。ただそれだけなのだろう。ちゃんとわかっていたのならそもそも、教師なんて辞令をほいほい信じてはいない。
 そういう僕の笑顔に久世さんは面白くなさそうな顔をしてから木刀の一本を僕へ差し向けてくる。
「とりあえず言っておこうか。もう一度。僕はクリスタンベル・久世・コルデー。一応ハーフだ。トーラス第五区法科部法科制圧課所属。お前の一応教育係兼査定などの雑用係だ。上は中央の教育庁ではなくて軍務庁が管轄だ」
 まさに僕の家柄そのままのところだな、と思った。まさか騙されて放り込まれるとは思わなかったけど。
 ――法化制圧部か。法化、ね。
「それでこれから何あるんですか? 木刀の振りで査定でも?」
 あまり質問や抵抗がないようなので拍子ぬけしたらしく不機嫌そうに頭を振った。
「だからそれっぽいことをやるってことだ。これからお前の実力をみる。それが僕の仕事だ。ここで木刀で試合って法化の人員に足る実力か改めて、見る」
 そこでにこりと可愛らしく微笑むのでどう反応したらいいのか困ったが、素直に黙っていれば可愛いのにと思った。僕は久世さんの出した木刀を掴んだ。あまり重くない、樫でできたもの。これならサブハチの竹刀のほうが重いだろう。
「戦いっていっても強襲みたいで本格的に最後にきたのは約二ヶ月前だし、そんなに力むことじゃない。だらだら訓練とかそれっぽいことやってれば普通に安穏と暮らしていける」
 久世さんは金髪を靡かせながら、僕と間合いを取るために重心のゆれない動きで離れていく。
「あとはレンとかマツとかに聞いてくれな。そろそろ口が疲れてきたから」
仕事しろよと思ったけど、レンというのは蓮杖か蓮桐のどちらか、マツは祀のことだと思った。ん? でも祀の苗字はあの蓮杖だったか。
 僕はそのまま距離を測りながら離れ、久世さんとの距離が十メートルになるところで立ち止まった。
「ところでその祀さんにあったですけど、あの方、ここで何やってたんですか?」
「あ? 祀は今中央に出ていないけど、」
 と、木刀を構えようとした久世さんが言葉を止め、ああ、と嫌そうな表情をした。
「それは多分成美だ。橋本成美。眼鏡かけてたろ? そいつが言った蓮杖ってのは今ここにはいない。嘘ついたんだろ」
「なんで嘘ついたんですか?」
「……色々な」
 なんか本当に嫌そうな顔をしていたので僕は黙って木刀を正眼に構えた。深入り禁物。ただこんなもので力が測れるのかどうか。
 しかしながらティーア系、特に純潔は外地にいなかったのでそうは言ってられない。ティーア系の世界人口の二割にも満たないのに未だに三大人種に数えられるのは突出した科学力のほかにその圧倒的な身体能力のためだ。意図的に意識しなければだが鉄程度は片手で曲げられるし、百メートル五秒切るような運動能力を備え、銃弾でも訓練すれば避けられる。純血はその最たるものでハイエンドクラスだ。当初の連邦が純血を尊んだ理由に、混血が多くなって純血から得られる軍事力低下を懸念したためとも言われているから希少性と凄さがわかる。
 目の前の少女でもトラック片手で持ち上げることぐらいできるんじゃないだろうか。
「ていうかさ、お前四月で卒業してんなら今までの三ヵ月、軍事教習うけてたろ? そんでなんで学校のセンセイなんておめでたい発想が生まれるんだか」
「おめでたくとも希望はあったんです! だいたい辞令とかにちゃんと記載があったから希望持ったっていいじゃないですか!」
「拳銃撃ち鳴らす先生がいたらそれこそ僕がみたいぐらいだっつーの」
 もっともな意見。火気演習もちゃんとあったが僕は父親に頼んでほとんどけっていたのだが。久世さんも面倒くさそうだがようやく木刀を同じく正眼に構える。
 重心はやや後ろに。右足は約半寸うかせ、地に着いている左足より半歩前に出す。教科書どおりだけど実に美しい構えだった。
「あの、そのままでやるんですか?」
「何?」
「いやだから。ソックスだと滑りますよ。床」
 久世さんの格好は手が隠れるぐらいの長いカットソーに白いミニスカート、足にはニーソックスだったので言ってみたが、
「これはハンデだハンデ。それに滑らないよ」
 そうですか。僕は少し重心を右前に、半身の形で構える。それに久世さんはスッと碧眼をすぼめた。
「じゃあ、いくぞ」
「――はい」

 

 

 

 

 

It is farther from a result.