僕が邪魔をするのはきっと好きだからだろう。
*
だいたい三世紀ほど前、十七世紀に宇宙進出をピークに迎えたこの星は依然として二つにわかれたままで、さらに三種の人種で六つに引き裂かさかれていたらしい。人種はティーア系、オムス系、ユーリ系、この三種で概ね世界人口の過半数を占めていたのは白人種ユーリ系だった。大陸東岸に多く頒布していた自分たち日本国はオムス系人種の系統樹に該当してはいるものの、人口はユーリとの混血種を含めるとどっこいどっこいであるし、主にナノ、バイオテクに特化した資源輸出国だったのもあって優位な位置にいたのだろうと思う。
そんなどうでもいい時代背景はおいとくとして、僕が属するのはティーア系。二つの人種よりも人口がすくなく、南半球の少ない地域に居住している人種だった。他人種との交わりを嫌い、純潔で純血であることをなによりも尊び、それを固有の宗教をもって三千年以上まもり続けた戒律人種。
純血の多くが金髪か有色で、例外なく目が碧眼であった。
それが例え混血であろうとも、そこから派生した家系であろうとも。青いその宝石のような目は隠せず象徴的だった。
ティーア系は古来より実を言うと迫害の歴史で語られることが多い。文化を持たない野蛮な民族というよりも独自の知的な技術により一番に宇宙に進出し、ありえない人体の膂力をもった運動機能で他人種よりも突出、もちろんそれをほかの列国及び世界は見逃すことなく、魔法だの悪魔だのと迫害の裏で、表では優遇して社会へと迎えたが、ティーア側が要求をこばめば、世界全体がしょうがないと引く、という微妙な睨み合いの体制が確立しいつまでも続いき、ねちねちとした駆け引きが水面下で行われていた。
僕に言わせればばかげた話だ。くだらない、と言うだろう。
宗教と掟だけのためにもっているものを他に渡さないなどというのは、ただのエゴで自分の首を絞めているだけじゃないか。繁栄があるというのに苦しい道を選択するなんて。保護する者の手段と目的を倒錯している。
――そして、それによってその三世紀前ほど。火星への宇宙移民技術に関して、南と北が譲らず、双方、こじれにこじれて戦争が起こり――ティーア系はほとんど滅んでしまったらしい。
さらに言えばだがその大陸ごと。別の人たちも――何億という人達を巻き添えに。そして元々南北に分かれていたこの星は二つの世界はますます二つになった、ということだった。
「暑いな……」
僕は支給されたばかりのまるで学生服のような黒いスラックスに折り目ない半袖ワイシャツを着てある広場にたっていた。少し額に吹き出た汗を袖で拭い、強い風に目をしかめる。
そして――トーラスはこの少なくなってしまったティーア系人種を保護するために作られた各国の割譲地、いや保護優先地、保護地とでもいえばいいのだろうか日本国でもこの東海含め全部で八箇所ある。多くが滅んだともいっても世界にもまだ数万と散り散りに生き残っている彼らのための楽園として用意されたものだ。
まさに箱庭――僕がずっとここへくることを望んでいた、僕と同じ人たちがいる一種の国である地。
僕が赴任する、という体裁の高校はずいぶんとトーラス内の高台にあって、事前に記憶していた校舎も外観の様子がどうやら違っていた。敷地は普通の大学キャンパス一つぐらいは入るだろうという広い面積で千二百メートルもある外延の壁の天辺がすぐそこまでに見えるぐらい壁の近くに位置していた。
「……情報よりも実際に中から見るとかなり違うんだな」
この海上都市は沿岸部に半椀状、海に突き出した円状の砦のようなものだ。それが主に巨大なメガフロートや馬鹿みたいにデカイ艦船群を足場にして浮かんでいる。中央には都市の中枢が集まっていてビルが乱立し、そこから円状に住宅地、商業地、外延近くに工業、特殊施設と機能的に整備されている。だが実際に見る限りではずいぶんとごちゃごちゃした感じを受けた。
……あれだろうか。ほとんどが地下鉄で自動車が往来できる広い道がないからか。
そんなどうでもいいことを考えるのは僕の悪い癖だとはわかっているのだが、こうやって観察してぼんやりあれこれ考えると頭が冴えるのだった。いつからの癖か忘れたけど。
キラキラと星のように光る淡い青い光に上空が包まれていて、僕はしばらくそれを見ていた。
三世紀前のご先祖様がなにをやっても、人種がどうでもあっても僕は僕なのだから。と、自信を持って言いたい。僕はそこまで強くなくて、ただ脆いだけだと思う。そう、言ってくる人も、もういないのだから。
「とりあえず……、誰も居ないのはいただけないな」
いやそれこそどうでもいい。それより今の状況。赴任時の高校へはきたものの、なんと今日は休校日じゃないかというぐらい閑散、いや、誰もいないどころか使われた形跡がなかったのだ。
植樹された森林が周りを囲み、真夏のなまったるい空気を風がざわざわと掻き回していく。その風の奏でる和音が誰もいないことを強調するようにこの敷地に反射して響いた。
ここまでくるのに電車、バスを乗りついで徒歩での三十分、長い坂を登坂してきたのだが、巨大な校舎を囲むようにあるこの高校――だとおもうのだが――は敷地に入ってすぐに円状の広場にたどり着き、ここからどこへでも移動できる仕組み。だからこそここまで誰にも会わず閑散としていると、自分が本当にここにいていいのだろうかと不安になってくる。
校門の表札曰く「第五区大学校」とあったのであっているのだろうけど。予定では「迎え」が来ているはずだった。女性が一人いる、と言われたのだが、現に誰も居らず途方に暮れているという按配だった。
「さて、どうしよう」
物事は与えるか奪うかで決まるという。この場合正しい判断はどうなのだろうかとわざとらしく考えてみる。
僕はしばらくバックから出したお茶を飲んだり、肩にかけている刀のカヴァーを直したりしていたが、いい加減立っているのに疲れてきたので中央の教育庁に電話を入れてみた。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号――』
「……」
自動音声を半分まで聞いて二、三度電話番号を確認するという無駄な動作をしてから、僕は盛大に溜息を付き、とりあえず職員室がありそうな校舎のほうへと移動し始めた。
結局の所どうやら奪われるほうだった。
「あれ? あなた、良い所に来たわね。これ、武道館まで連れてって」
そして僕は硬直していた。ここに着いた頃から耳について回っていた周囲の蝉の鳴き声が大きく聞こえ、むしろ心臓の鼓動が早く大きくなり、汗も尋常じゃないほど流れ出した。
場所は広場から見えていたコの字型の校舎を左に行き、校舎と横にある植物園をつなぐ渡り廊下だった。
植物園と特殊校舎の分かれ道で人が見えたと思って声をかけようとしてそのまま直立して動けなくなった。
少女が――二人いた。一人が立ち、一人が渡り廊下に蹲っていた。
そして立っている少女は、その蹲っている少女に向かって自身の身長より短い、とはいえ十分に長い、だが珍しい刀を突きつけていた。さらに蹲っている少女はなぜかボロボロの学生らしい制服姿でなぜか――両手に手錠がかけられていた。鉄製ではない、確かあれは指紋認証型の軍内で流通している電子ロック錠だ。円状の丸いフォルムに似合わず頑丈で有名。
長身の女性は僕と同じくらいの歳で、下はプリーツのチェックのスカートに上は黒を下地に赤のラインが入ったブレザーを着ていた。腰まで届く肌理の細かい長髪を風に遊ばせ、眠そうな、だが意思のある瞳で僕を見つめている。その瞳にはただ人を見るというより、人を威圧で屈服させることになれた雰囲気を感じた。
僕は、ああ、なんだろうこの状況はと客観的に思った。
校舎を曲がって人を探していただけなのに途端これだ。なんだ、なんなんだこれは。僕は今日確か、ただ赴任の挨拶にきただけのはずなのになぜ刀をもった女子高生らしき不審人物と、ボロボロの制服すがたのさらに不審にも手錠をされてる少女に行き当たっているのだろうか。
むしろこれは予想の範疇とも言えなくも無い、とか思考をずらしてこれからどうすべきかのんびりと考え始める。
逃げるべきか。これは。いや警察隊とかに連絡、すべきなのか。というかこのトーラスに警察機構は存在するのかどうか。
「ちょっとー、聞こえてるの、あなた」
僕が何も反応せず、ただ突然の場面にいっぱいいっぱいのために無言で直立していたら、刀の少女ほうが苛立ち気に僕に再度言ってきた。こちらに体を向け、柄を握る右手がわずかに動き、刀が持つ特有の鈴を弾いたような澄んだ金属音が鳴った。
「確か……、新人さんよね。新規の。何も聞いてはいないはずだしわかるでしょ」
いやわかりません。何て言えない。でもここでなんとなく首を縦に振ってしまうのが僕の意思の弱いところだった。硬直したまま少しだけ首肯する。
……新人? なんの? 新規? 教師、ではないよな。そもそも新規といったら『あっち』のことなんじゃないのか……。
いやな予感がここまできて的中の範囲に入ってきた。
「あれ? でもクリスがやるんだったか……。まあぁいい。なら早く連れて行け。私は中央に入って来るから事後の説明は武道館にて聞くよう」
いきなり口調がかわって目を見張った。単に同い年ぐらいの女性のぶっきら棒な口調にではない。やはり誰かの上に立つものが下のものへと命令を下すのに慣れている威圧というものが感じられたからだ。
長身で、右手だけで刀を手錠の少女に刃を平衡に構え、左手を腰にあてて、そして強気な整ったその顔――
――普通じゃないなこの子。
僕が冷静に思考したとき、また目を見張った。
雲のかげりが若干晴れ光の加減が変わったのだろうか、彼女を横からさすように太陽のひかりに照らされて踊る黒髪。
僕は――確か、
彼女は細い溜息を付くと流れるように刀を腰の鞘に収め、「じゃあ」と言って背を向けて左手を振り立ち去ろうとした。
「あのっ」
自然と言葉が出ていた。なぜだろう。突発的というか、今話さないとダメだという強迫。
彼女は顔を半分だけこちらに向け、立ち止まる。今更気づいたが形のいい瞳に収まっている目は碧眼だった。
「君――その右手が、」
僕はそこまで言って自分で何を言っているんだと愕然とした。そして僕の言葉にも彼女は愕然としていた。
おそらく僕は彼女との繋がりを確かめたかったのだろう、そんな利己的な考えで『安易なことを口に出しそうになった』。もし剣術を使うのなら口に出してはいけない。そもそも違っていたらどうするつもりだ。
風が凪いで、蝉の音が少し遠ざかった気がした。
刀の少女はしばらく驚いていたようだったが、すぐに僕とは正反対の方向、体を前に向けると長髪を躍らせながら植物園の方向に走り去ってしまった。
「……」
そう、僕は――確か、彼女に昔あったことがある。
そして――僕はきっと彼女に――
「君……、えっとどこの生徒? それって制服だよね? 別地区の学校、かな」
「……」
僕も完全にはこの大学校の高校敷地内を把握しているわけではないが、建物に沿っていけばだいたいわかるのは当然だ。
とりあえずここには四階建て校舎が六つほど団地のように縦列で並んでおり、その校舎ごとの左右に特別施設が設置されていた。実際はもっと複雑なのだが、とにかく先の植物園が第一校舎左端とつながっており、武道館はその右端だった。直進しようにも無駄に噴水や中庭などがあるので円状に迂回していかなければならなかった。
つまり今僕たちは、先ほどの道を引き返して正面の噴水経由で右端の武道館へと徒歩で向かっている。
その道すがら。どんな数奇な出会いで手錠されたどこぞの女子生徒――と思いたい――を、まるで連行(しかし本当に連行しているようなので間違いではないかもしれない)しなければならなくなっているのか、もう僕にもわからない。むしろ運命を作っている神様に聞きたい。お前は馬鹿かそれとも阿呆なのか。
手錠の少女は目方中学生が大学校生低学年程度で、よくよくみればボロボロの制服もあちこちが焦げた後があったり切られた痕跡があった。とてもじゃないが普通の家出少女という案は僕の中で即効で却下された。どんな理由であの少女に刀を突きつけられあそこにいたのか――聞くのは憚られた。
栗色に近いセミロング茶髪をそのままたらしてずっと下をむいたまま何も話そうとしない。そして手首に手錠。みるにやはりトーラス製の手錠だ。
……こんな素振りをされるとやっぱりただの、どこからから逃げ出してきた家出少女のように見える。
「あの、なんでさっきあんなことになってたの? なんていうかこう、追い詰められてたっていうかその。その服……さっきの女の子にやられたの?」
「……」
僕がいくら質問してもずっと沈黙で何の反応もない。僕は仕方なしに彼女の右手を引っ張りながら歩いているのだけれど、ここでどこか、警察署か自警所あたりに通報するのもあり、とか思うほど頭は軽くない。
こんな事件性ぷんぷんなことに巻き込まれたら僕の家族に迷惑がかかってしまう。
僕はどうなってもいい、だけど、家にはあまり迷惑はかけたくなかった。正確には家のあの人には、だが。
ただそれだけではなくて先ほどの女性も気になっていうのもあるけど。ただ、いまは彼女の言うとおりに動くのが得策だと思っただけだった。
正直馬鹿らしい話、僕はこんな明らかに困っている人を見ると助けたくなってしまう性分らしい。昔確か九条に言われてようやく自覚したことだが。そうはいってもこんなことは自覚してやることじゃないので僕は当たり前にやっているだけのことだ。
だんまりしたままの少女を傍らに一般的な体育館ぐらいはあるんじゃないかというぐらいに大きい武道館の建物の入り口には、剣道場と書かれた立派ないう表札がでていた。このすべてが剣道場……ではないはずだけど、資料には中はパーティションで仕切られいくつかの練習場がある、とあったはずだ。
事前に記憶した資料に嘘偽りがなければなんだが。
周囲はやはり人はなし。そろそろ夏の陽光が僕の頭をじりじりと焼き始め、地面に大小二つの影を作り出していた。
右手をほぐして木製の左右開きの引き戸に手を掛け、少し嘆息する。
失礼します、と申し訳程度な声だけかけて引き戸を開き、少女を引き入れて玄関らしきところに入る。
しかし本当にほぼ新品で使われていない気がする。誰もいないというか――まるでこの学校自体がただ立てられただけのような、そんな錯覚。
――むしろ、そのほうが効率が、都合がいい、といえばいいのか。そんな錯視。
コの字型の和風の広い上がりかまちに、とりあえず靴を脱いで下駄箱にいれようとしたがなぜか二足、靴がはいっていた。一方はスニーカー、もう一つはローファー。
やっぱりさっきの彼女の仲間かなんかがいるんだろうが、この状況は本当に一体何なんだろうか。僕の新天地は殺伐とした派閥争いの真っ最中でもやっているのか。人間関係って本当に面倒だよな。
「まったくなんなんだ」
一人ごちて素足のまま目の前の剣道場の扉を開けようとする。ふと振り返って後ろで、依然気配も無く佇んでいる少女に僕はなるべく優しく声を掛けた。
「とりあえず、上がりなよ。そこにいてもしょうがないし」
ただそれだけだったのだが、今度は意外にも反応があって、素直に頷くと緩慢な動作でボロボロのスニーカーを脱いで廊下に上がってくる。それを見ながら僕は試しに聞いてみた。
「君、名前は?」
「……ミスズ」
返答までかなり時間を要したけどあっさりと言った。それは苗字なのか名前なのか、どんな漢字で書くのかもわからないがその答えに僕は自然と笑みが零れてしまう。
「そっか。ミスズちゃんて言うんだね。とりあえずありがとう」
僕の言葉にしばらく不思議な顔を――なぜ御礼を言われるのかわからないらしい――して僕を見上げてきたが、またするりと彼女の口から言葉が漏れた。
「……お兄さんは?」
質問の意図も何も無いが、それは僕の名前は何かというぐらいはわかる。
「俺は時津彫な――」
一瞬言葉をつぐんだ。言い出してしまいそうになったその言葉。
漏れ出しそうになった尊い文字。
少女が首を傾げるので僕は言い直す。
「時津彫龍之介。すごい長いだろ? あだ名はトキとかリュウとか言われるんだけど――」
そのとき、すっと汗が引いた感じがした。この建物に入ったときよりも急に冷気が足元を覆われたような感触。
ずっと誰かに監視されていたのに今やっと気づいた驚愕。
外の蝉が一瞬だけなぜか鳴き止むのがはっきり感じられた。
僕は両側に通じている廊下の左側の斜め向かい、つまり僕の後ろを思わず振り返るとまた女性が立っていた。細いフレームの眼鏡をかけた知性の上に愛らしい顔をあわせたような少女が立っていた。
いつの間にいたんだこの子……。まるで始めから出迎えるためにそこにいて、それすら気づかなかったみたいだ。
「あらあら。あなた確か新人さんよね? 噂の。時津彫家のご長男とか。龍之介さん、とか仰いましたか」
その苗字に僕の顔が少し剣呑になったのが自分でもわかった。
……あれ? 僕の素性とかしられてるっぽい? まぁ、おおよそ知っていて当然だが『問題は僕を知っているかどうか』だ。
女性は先ほどの刀女と同じブレザー姿にきちっとした赤のネクタイ。で黒のソックスのまま廊下に立っていた。傍らの少女と同じく綺麗な茶髪で目は――碧眼だった。
「あなた……ティーア系ですか」
思わず聞いてしまってやってしまった、と思ったが彼女は笑顔で首を傾けるだけだ。肩口までの髪がさらさら動く。
「せっかくきていただいたのですが私も、ちょっと用事がありまして出かけなければなりません。詳しい内容はそこの剣道場奥にいる久世さんにお聞きください」
しっとりとした、丁寧な物言いにはあ、と間の抜けた返答しかできなかったが、彼女が僕の傍らのミスズに目を移すと驚くほど目が細くなった。一瞬だがまるで、何か敵をみるかのような視線。その視線にミスズが少し身じろぎするのが伝わってきた。
「その子は、ああ、蓮桐に言われて連れてきたんですか。なるほどなるほど。まったくあの子は毎度毎度後始末をやりたがらないんだから」
レンドウ? いや、蓮桐か? それなら有名だ。僕と同じく。
この保護地の脳髄である理事会トップの苗字が確か蓮桐だったはずだ。でもあれは……。
「ああ、申し遅れました。私、蓮杖祀と申します。まつるちゃんとお呼び下さい。または副部長」
僕はまたはい、と気の抜けた返事しかできなかったが、副部長とはなんの肩書きなのかとかはもう考えない事にした。副部長というからには剣道部の副部長なのかと安直に考えておいた。ありえなさそうだけど。
さて、と彼女、蓮杖は値踏みするかのように横の俯いているミスズをしばらく見て、ふむと頷くと、
「この子は私が預からせていただきますね。お疲れ様でした。とりあえず中へ」
そういうとさっさと用件を済ませるがごとく、蓮杖は自身のローファーを下駄箱から手に取り履くと、ミスズの腕を掴んでを引っ張るように武道館を出て行った。
「……」
いったい……。あのミスズという子、ティーア系に多い茶色の髪だったが碧眼じゃなかった。ボロボロの服といいどこかで犯罪でもやってこの保護地内に逃げてきたような感じだった。それに軍仕様の手錠。だが、そうだとしてもあの子が? どう見てもなんの力もない、非力な一子供にしか見えなかったが。
そしてあの蓮杖という子。どうみてもティーア系だった。なんというか、なんと言えばいいのか……。
しばらく入り口の引き戸を呆けてみていたが何の意味もないと悟ると剣道場の扉をあけた。
道場に似つかわしくない観音開きだったが、中は整然とした綺麗な板張りで、上座は質素でなにもなかった。特有の冷たい空気が一瞬足首を多い、直ぐに外へと流れた。中は広く、横にあるだろう体育館の半分以上の広さを有しているだろう。広さと雰囲気から荘厳な感触が見て取れる。
だが、その下には採光から漏れる夏の太陽をうけて、きらきらと光舞う埃の中、赤い一人がけのどでかいソファがその存在を誇示するかのように鎮座していた。
そのソファの左右の肘掛に頭と白い両足をそれぞれ乗せ、何かの分厚い本を呼んでいる少女がいた。
その少女の髪はまるで金細工のような透き通る金髪だった。そして彼女は西欧にあるような外人然とした綺麗な顔立ちだった。だが日本人離れはしていない。
入り口から道場の両端まで教室二つ分くらいあるのでかなり距離はある、そして、その距離からにもかかわらずその存在感に僕は見惚れて、そして本日二回目となる驚愕を覚えることとなる。
「純血……」
「外」でも滅多に見たことがない、その僕らの純血種。確信はないが、見ただけでわかった。
彼女はそんなことお構いなしに礼儀もあったもんじゃない格好でソファに窮屈に寝そべって音楽プレイヤーで音楽を聴きつつ、ニーソックスに包まれた足を時折揺らしながら、それにあわせて引かれるように色素の薄い金髪も動く。ミニスカートに体にフィットした長袖のカットソーも彼女だからものすごく似合いすぎているとも思えてしまう。
彼女はなにかそういえば忘れていた、ああそうだ、といった感じで予め僕に気づいていたかのように顔を向けてきた。細い指で音楽プレイヤーのイヤホンをはずすと、誰もが見とれてしまうかのような笑顔で、
「遅せえぞ糞が。どれだけ待ってたと思ってんだ」
金髪の美少女の言葉に今日通算三度目の驚愕を受けて眩暈がした。
I have not been surely yet ready.