二つ分かれの恋の歌 心をオリカエス 0/0 | ひっぴーな日記

ひっぴーな日記

よくわからないことを書いてます

 

 

例え過去が灰色しか残せなくとも、薄闇を未来へ積むしかない。

 

 

 

 

 

 

 


――プロローグ――


世界が二つになったと聞いた。


世界が滅んだとも聞いた。


でも世界は動いていた。いつもなにもなく。正常に。


だがそんなことは僕にとってはどうもでもよかった。所詮は僕とは別の世界の話で、僕に関連することといえば、この国のこの生活という空間の中で僕という存在事態が完結していたんだ。僕は僕であるということの、その証明をするためにはここにいる人たちではまったく足りなかった。


いや、足りないのではない。根源的な意味で『違う』のだ。それはどうしようもない。どうしようもないことばかり考えてもしかたがないさ、と割り切れるほど僕は残念なことに能天気な性格ではなかったので自身が自由になるときまで自身のその本質をずっとずっと、暗く曇り空の下にうごめく湖のような底に閉じ込めておくしかなった。


つまり僕はツクリモノだったのだ。詰まるところ。中も表もすべて作り物だったのだ。


そんな結論を得てからは、というか得たのは小学生のころにあの人とであったからで――いや、与えられたからでその価値観からは普通を勤めた。

すでに滅んでいると思っても可笑しくない旧家の本家でのびのびと育ち、友人にも恵まれて、勉強の覚えも自身で自覚比較するほど良かった。


大学校の三年生になり、自主卒業か進学かとなったときに自分が自主卒業して就職するとなったときはどれだけの人が自分を説得しにきたかは数え切れない。両親に始まって学校の友人から大学校の教授連からの直々の遡上がきたときはさすがにびびったのだが、やはり自分は早く自分がつくってしまった、ここという場所から離れたかったのだろう。


自分と相容れない、とは思っても、だからとして必ずしも相容れないとは限らない。その結果があの時、僕を引き止めてくれた人の数だけがあらわしているのだろうと思う。


そんなことを僕は知ってしまった。自分の外には自分を支えてくれる人が多くいるということにも。偽りと割り切って生活していたはずのこの空間のはずなのに。


人間物事はままならないものだ、とかそんなことを達観して自分勝手に優越感に浸れるぐらいに僕はこの四月に十八の誕生日を迎えた。


僕がずっと行きたかった場所――ただあの箱庭の中にだけに、前から聞いていたことを糧に、自分を信じてくれる人がいることを信じていたはずなのに。

僕の就職先は希望通り、トーラスの第五区画の剣術の教師として高校に赴任することとなった。


問題があるとすると、実家に何回か帰らなければならないということが億劫なのだが。


僕は願う。ただ僕のこの理解を共有してくれる人が、希望を聞いてくれる人がいると信じて。

 

 

   第一章 心をオリカエス 0/0

 

 

 弾丸の如く水が地面へ降り注ぎ、溜まった水溜りが辛うじてあがくように見定められる月を照らし出していた。
 石畳の一面に広がるそれらはまるで海。天界と地上が反転したような錯覚に陥りそうな光景。そこに立っていれさえすれば自分は空を浮遊しているような高揚感。天と地、その両方を自身の両憧にいれる違和感。
 バロック建築で創られたその数キロの橋の中央には二人の人物がいた。、いや、いたというよりも存在していた。橋の周囲は海。天界から降り注ぐ恵と星からの動きによる暴風によってありえないほどのうねりとなっていた。海も漆黒。橋上も漆黒。同じ世界なのか。
「貴様っ! まだやるのか! いつまでやる! なぜこんな、こんなことばかりやる!」
 興奮した少女がいた。
 字面でいえばそうだが、このような場所では不釣合いすぎる恰好だった。デザインに凝ったブレザーに履いている高級そうなローファーはすでに水でくぼんでいる。普段は背中に流しているであろうその茶味を帯びた長い髪は水分でじっとりと背中に張り付いていた。
「クソな制度もそうだが貴様もクソだ! どこまで行っても終わりはしないというのに、なぜこんなことをやる! 今のこれはただの道化だとわかっているんだろう!」
 興奮している症状がいた。
 息は荒く、前を空けたブレザーのワイシャツの下に僅かに下着が見え、平均以上の胸が忙しげに上下していた。だが彼女自身の大量の血が右肩から左胸までの一線からふきだしていることをみると息の荒さからその深刻さや切迫感もわかる。
 彼女は、腰に二重に黒のベルトをし、いくつもの携帯電話のような漆黒の棒状のものを携帯、さらに長い木刀のような漆黒のものを左側の腰につけていた。そして、彼女の左手には日本刀のを一回り大きくしたような刀が握られ、カタカタと揺れている。
「そんな感情はいらないよ蓮桐」
 重い呟き。言葉自体に本当に重力があるようにそれによって周囲の雨粒が減少したように想われた。
 その――彼女の対面。
 数メートル先に男が、立っていた。いや青年だろうか。しかし音質からして成人以上であろうが、その男は明らかに思春期後程度の顔立ちをしていた。身長はかなり高い。その長身を黒いコートに身を包み、息も切れ切れのまま方膝をつく少女をみていた。
「尊びな。そして規律しろよ蓮桐。お前は感情を寄らせすぎだ。『そんなもの』のために、自己犠牲どころか周りを殺戮する気かい?」
 男は感情も気配もなにも感じさせない。この降り注ぐ水さえも気にさえしていない。例え彼によっては降り注ぐものがひょうだろうが、隕石だろうがきにしないだろうが。
 男が静かに一歩踏み出すと、地面の水が避けるように男の革靴から離れた。
「貴様……、なぜ救おうとしない! なぜ……、」
 少女が激しく咳き込み、細い体をくの字に曲げた。
 それを男は無表情で見、そして隣に倒れている人物に目を移した。
「……なにかあったはずだ。必ず救えたと言えるというのに。貴様がやっていることは諦めだ。諦めで救うことが出来るというのか」
 水面に当たる水の量が激しさを増す。地上の月は壊れ、天上の月はその隙間から輝きを見せ始める。
「諦めで発生する救いもある。救いがあるならそれもまた救われるものがいるという事も道理。徐々に霧は晴れ始め、そして視界は鮮明になる」
 一瞬の沈黙。
「『それ』を渡せ蓮桐」
「断る」
「それがお前が言う救いか」
「そうだ」
「ここに、二人しか存命者がいなくともか」
 少女は傍に倒れている男性を一瞬一瞥して立ち上がり、顔に張り付いた髪を乱暴に背中に回し立ち上がる。
「そうだな」
 少女は右腰から漆黒の棒状の物体を取り、刀を一旦ふると柄の部分から同じ物体を地面に落とし、マガジンをリロードするかのように少女はそれを差し込む。
「相容れないな。前もそうだったな。その前も前も前も前も前も前も。お前はそんなにもこの制度とこの空間とこの機関とその自身の信念が嫌いなのか」
「そうかもな」
 男はコートから両腕をだした。刀ではないがやはり漆黒の西洋刀に近い。それを出した途端、男の周囲から雨雫がはじけるように、または男を避けるように流れる。
 しかし、男は初めから濡れてなどいなかった。その範囲を広げただけにすぎない。
「聞き入れないか」
「無理な相談だ」
「……死闘に於いて次席などはない。ただ死か生か。それを分かるなら、分かった上でなら――来い」
 少女が胸に負った大きな傷に顔を顰めながら自然体で左手に刀を構える。その瞬間に少女の体中から水分が蒸発し、胸の傷がより一層開き血が流れ出したように見えた。
 足元と頭上の水も全て蒸発し、下から来る熱気によって少女の髪が風に煽られる様に踊る。
 瞬間、少女の姿が掻き消えると思うと刀で爆発するかのように橋の地面を抉りながら男に接近した。
「フォト! アレ!」
 少女が叫ぶ。空気が異常に振動して一瞬空気中の雨水が水蒸気となった。そしてさらに加速。男の背後に回ると躊躇なく刀を首目掛けて一閃するが。
 鉄とはおもえないほど甲高い金属音が響いた。男は微動だにせずに背中に剣を回しただけで少女の攻撃を凌いでいた。
 少女はすぐに右へ移動しながら蹴りの二連撃を放つが男はやはり移動せず、まるで足自ら逸らすかのように攻撃が全て当たらない。
「……ェイクス」
 少女が呟き、左腰の漆黒の木刀のようなものを男にふると蒸気を発した刀にかわった、が、やはり男は移動すらしない。ゆるりと剣を動かすだけだ。
 少女は男の頭上に前方回転で飛び上がり両剣を振り下ろすが周囲の地面が爆裂するだけで、剣に阻まれる。着地と同時に右薙ぎ払いを放ち、接近、男の右腕を掴み、空いた脇へ刀を刺し込もうとするが、
「……っ」
 刀は男の身体直前と、止まった。
「分からない、か」
「――っ!」
 少女に衝撃が襲った。数えて今日で三度目のありえない衝撃。男が剣の腹で少女のわき腹を無造作に殴りつけただけだというのに、ボキボキと骨が数本折れ込む音が聞こえ、同時にその細い体はまるで鳥のように空中を滑空して橋の高い壁へと激突した。
「っあ、がはっ!」
 少女が呻き、胃の内容物と行き場を失った血を倒れこみながら吐き出す。
 しかしそれに汚れながらも少女は一瞬でその場から掻き消え、次の瞬間には男の目の前に接近、両剣を喉元に突きつけるが、
「――臨界っ!」
 少女がいい、
「そうだ」
 男が答え、少女の両腕を掴んだ。
「ああああっ!」
 神経を殺していたのが再構築を始めたせいか、感覚を取り戻しはじめた少女の折れた右腕から激痛が少女の頭を揺さぶる。
「苦痛も快楽に返られぬか。頭が無ければ、苦痛もない」
 呻く少女をなど見ず、男は攻撃が始まる前からずっと倒れている男を見ていた。
「死闘に於いて次席などはない。ただ死か生か」
 右手で抑えた少女を自分の目の高さまでつるし上げ、左手で剣を構えた。
「さようならだ」
 少女の細い白い首に剣が触れ、めり込む。
「あ、」

 

 

                       *

 

 

 今日も沿岸沿いのこの都市は快晴だった。昨日の雨が上がってからだろうか、今日も気温が上がりそうな陽気だ。また夕方にでも霧が発生するだろうから呼び出しを受けるのだろうかなどとぼんやり考えた。
 海を右目に大きく拡張工事を終えた真新しい専用車線を一台のスクーターが駆けていく。潮風に遊ばれるようにスクーターの主の少女の長い髪が暴れるように後ろに流れていた。
 朝日を左目に、少女はとても楽しそうな顔をしていた。
 直前の大通りとの交差路で一旦とまると、上下から車の群れがつまったレーンが地上の車線に自動的に上昇、下降してきて道路と合致。すぐにラッシュとなる。「あそこ」は地下ともつながっているからこんなへんてこな道路事情なのだろうなと少女はアクセルのグリップを離す。
 それをぼんやりと少女はみながら、家を出るときからかんでるガムを膨らませた。
 前方には巨大な塀、というかダムのような建造物がドンと鎮座していた。自分が生まれる前から計画されていた海上都市の外延部だ。風と塩害や潮や津波から守り、陸上と同等の環境をつくると銘打って今でもその建造が続けられているそれはどう考えても中に住む人たちを外に出さないための堀にしか見えなかった。まだ上腕部の飛行機の列機場や軍の割譲地などの整備が終ってない所は骨組みが丸出しであり、いつだったか友達が「でかいバースデーケーキ」と入っていたのを思い出した。

 東海沿岸の新開発地域に設けられたこのドーム状の建築物はいわゆる自分らを他人から守り、または他人を自分らから守るつまり国境なのだろうと思った。屹立するケーキの外壁はそれは約千メートルもあるのだが。
 もっとも、ケーキよりも砦のほうがかっこいいんだけどな、と少女はガムをかむと、あらかた自動車を吐き出した交差点の青のランプにスクーターを走らせる。
 沿岸部の大都市の湾に丸く突き出したように作られているこの街は合計八つの長い橋で陸上とつながれていた。スイスだかフランスだがよくわからないがどうやら有名な欧米の建築家集団に頼んだらしくレンガ造り古風な橋になっているが、上は上下に別れたアスファルトの自動車道に、下は地下鉄とリニアレーンの貨物専用車線というのはどんなコンビネーションか少女のセンスにも理解できない。
 橋の長さは大よそ二キロで、それを渡ると都市外延部のセキュリティを通る。道路の電光掲示板に「通行証、及び公証許可認定を提出してください」とスクーター、車などの専用レーン上に何個もでていた。
 少女がそのままオレンジのリチウム電池のトンネルを通過しようとすると、自動的にスクーターのエンジンが切れ、おとと、とバランスをとりながら少女がスクーターから降り、車両レーンから自主的に脇によった。
「ちょっと彩夏ちゃん! 昨日通交証切れるって言っておいたでしょう」
 トンネルのような外延部下にある長い詰め所から慌てたように20歳後半ぐらいの女性が出てきた。黒髪に両目が碧眼。黒のパンツスーツの上にカーディガンを着ているのが不釣合いだ。細いメガネに理知的な表情。歩き方からして腰に拳銃を携帯しているのが少女――彩夏にはすぐわかった。
 外延部内――つまり砦の壁の下には赤外線やらX線やらありとあらゆるセキュリティが一日何万と行きかう自動車に設置された装置と連携して自動処理されていた。もちろん彼女のような職員もいるけど。
「あ、有香ちゃんおはようー」
 彩夏が近づいてくる女性にそう言って楽しそうに手を振る。
「おはようじゃないでしょう……。通行不携帯、車両不適格、それに、『服装不適格』」
 有香と呼ばれた女性は綺麗と言っても差し支えない顔を渋面にかえながら脇にもったバインダーをペンでこつこつと叩く。
 彩夏の服装――そう、どう考えてもスクーターに乗るにはふさわしくない「道着」姿だった。しかも下は紺の袴でそれにロングブーツという恰好なのだから目立たないほうがおかしい。
 彼女の容姿は綺麗と言っていい。今笑顔でなぜか道着姿であっても誰もが認めてしまうような……そんな雰囲気があった。髪は長く、ハーフヘルメットからはみ出して後ろの髪は腰まであった。
「えーそうかなあ。結構風通し良くて着心地いいんだよ?」
「いいんだよ? じゃなくてね彩夏ちゃん。毎度毎度そんな恰好でこられると怒られる私なんだから……。第五B-2地区のセキュリティゲート事件、知ってるでしょう? 不審者扱いされて、」
「有香ちゃんとお話したかっただけなのになあ」
 彩夏は腰まである長い、茶色を帯びた髪を揺らしながら道着の胸元からアクリルでパックされたカードを取り出した。
「はい通行証。今日国交省にいったんだけどさ、おじいちゃんがわすれてて。さっき貰ってきた」
「というかどっからだしてんのよ……」
「なに? 私の人肌にキュン、ってきた?」
「バカなこといってないでさっさと学校いきなさい。服装とかは見逃してあげるから、ほら」
 はいはいー、と彩夏は楽しそうに言うとのりずらそうに――当たり前だが――スクーターにのると、
「あとでおじいちゃんが来るかもしれないからよろしくねー」
 一瞬彩夏が曇った表情でいったが直ぐにあきらめたかのような、めんどくさそうな顔になった。
「はいはい、あー、でも、罰として学校まで歩いていくこと。それで違反はみのがしてあげる」
「えー!」
 スクーターにまたがったまま彩夏はトンネル中に反響するような声で不満を言った。


 海上都市内は普通の都市とかわらない。地方の衛星都市を少し大きくしたような物で、中央にはちゃんと行政があり、小さな国のようになっている。先に彩夏が通り過ぎたところは様々なゲートチェックがあり、あんな簡単にやり過ごせるのは「ここの都市で大半の人種の議員だから」だろう。
 中は機能的に都市区画整備がされ、とても海上にあるとは思えないような様相。商業地区に住宅区画。学校は大学まであり、総合病院、図書館、消防、警察、小さいながら発電所まであるのでもし外が戦争にでもなればここは大きな核シュルターにでもなるんではないかと思う。
「どうせなら学校まで行くの認めてくれたっていいのに……」
 彩夏が初夏の街頭をぶつぶついいながら監視員の有香の言いつけ通りにスクーターを歩道上を押してあるいていた。半ヘルはすでに仕舞っている。
 風があたればいいものをこんな陽気で道着ではかなりむしむしする。
 彩夏が律儀にも言われたことを守っているのは理由がある。この都市を行き来する交通車両にはすべて駆動する機械部分に自動で制御できるようになっている為だ。イモビライザーがうんぬんと授業いわれたが彩夏は半分しかきいてはいなかったが。
 今、スクーターのキーを回してもうんともすんともいわないだろう。目的は交通の事故や盗難、などの特に防犯に特化していて、ヘリだろうが戦闘機だろうが、もし中央に体当たりでもしようものなら直前で遠隔爆破するぐらいまでできるのだった。 もちろんこれは自身の兵器方面からの受け売りなのだけども。
「暑いー」
 彩夏が自分の学校の制服に混じり、登校中の学生とサラリーマンなどにみられなることもきにせずに進んでいく。
 途中でバイクレーンを通り過ぎた一台のスクーターが彩夏の横に止まった。
「よー。蓮桐おっはよー。お前何してん?」
 彩夏が横を見る。黒のスクーターにまたがった男の子がいた。ありふれた半そでワイシャツに学校指定のズボンの制服。オレンジ色の登山用リュックに長い棒状のものを方にかけていた。カラフルな半ヘルからは茶髪が覗いている。首からは何かのアクセサリを提げ、右耳に小さなピアスが一つあった。
「おはよう。何って歩いてるのさ」
「どこへ?」
「明日へ」
 あっそ、と男の子が流す。
「どーせまたセキュでひかかったんだろ。好きだねー蓮桐ちゃん、マゾ?」
 そんなこといいながらわざわざ男の子は車両レーンから歩道へと移動してきた。
「そういう高杉は遅かったじゃない。約束どおり大通り前っていったのになー」
 そういって彩夏は口を尖らせ、足元の袴を膝まで捲り上げる。
「時間通りにいったっつーの、ていうかおめえがまたふらふらどっかいっちまうからだろ」
 とはいってもねーと彩夏が袴を腰で固定した。なんだか変なミニスカートのような風貌になったが本人は涼しくなっただけできにしてはいないようだ。
「通行証の更新やんなくちゃいけなくてさー。色々忙しかったんだよーねー? 時間は待ってくれない、ほらいうでしょ『タイムイズ私』」
「いわねーよバカ」
「あー! 今日バカって言われたの二回目ー!」
 高杉と呼ばれた男の子はイライラしたように眉間にしわを寄せながら改めて彩夏の恰好を見る。下から、上まで見て、
「柔道」
「惜しい。弓道」
 全然惜しくねー、と高杉は苦笑しながらスクーターを押しながら彼女と一緒に進む。
「今日は? 法科連のほうに顔出すわけ?」
 彼は体育会系とも思えるがっしりとした体格に似合わない白い肌の腕で髪を書き上げる。
「まあね。おじいちゃんくるし」
「大変だな、お前も。いろんな武術やってんのもいいけど時間ないからってそのままの恰好で朝くるなよマジデ。あとあとのことにさしつかえっからさあ」
 彩夏はふるふると頭を振るうとその碧眼で彼を見る。身長は数センチ彼のほうが高いくらいで彩夏が平均身長以上の身長であるだけだ。
「いいじゃないさー。これも快適なんだよー。あ、でも転んだら死ぬね。残念」
「ていうかなんで下ブーツなんだよ……」
 急にしゃがみこんで彩夏の白く細い膝の目の前で観察するように目を向ける彼に、顔面目掛けて躊躇なく彼女は膝蹴りを叩き込んだ。
「ぶぇっ!」
 しゃっくりとくしゃみを同時にしたような声を高杉は出すと、顔を抑えて呻く。
「ば……おま……」
「ごっめーん。なんだか貞操の危機を感じちゃったから思わず膝がでちゃったー。ていうか人が歩いているときに膝の前に顔を出す高ちゃんが悪いよねぇ」
 いろんなこといいながら高杉が呻いている間に彼の方に背負われている長い棒状の物を手に取る。
 手に取った瞬間、彼女の目つきが一瞬鋭くなった、がすぐに元に戻る。
「高杉ー、これってもしかして頼んでた奴?」
「そうだよ……、おまえが注文したんだろうが、ほれ」
 そういって茶褐色の棒状のものを彩夏に差し出す。彼女はそれをもつとやはり心なしか目つきが鋭くなった。
「新刀を居合刀にしてくれとか、うちもこまったぜまったく」
 そういって袋から出したものは確かに日本刀。一メートルぐらいはあるだろうか。こんな公衆の面前でこんな恰好でこんなものを出すのだからなにかのデモンストレーションととられなくもない。
「長さは?」
「ご要望どおりニ尺三寸に合わせた。重さは刀身が七百七十グラム、鞘なしで九百五十グラム」
 説明を聴きながら彩夏は朝日に刀身を当てて見、
「この柄、少し重いな。茎の部分の比率変えたか?」
「ああ、刀身は刃文にして軽くした分、手元を重くして振りをしたときの威力を増してみたんだ」
 その説明を聞いても彩夏は何も答えず見て、刀を鞘に仕舞う。
「さすがいい仕事してるね高杉。どっちにしろ空間縮するんだからこんなに凝らなくていいものを……」
 さっきまでとは口調が違う彩夏に高杉はどうも、と笑いながら立ち上がる。先ほど膝蹴りをくらった顔面はあざの一つもなかった。彼女が鞘を袋に戻して、そして肩に担いで歩き出したのを青い目でみて苦笑する。
「おまえもその性格なんとかしろよ」
「べっつにー、いいじゃに困らないんだし」
 彩夏はいつもの口調で言った。それよりも、
「今日、あれでしょ? 『外の方から』編入正くるんでしょ。うちの法科」
「ああ、あれ? でも元からくるはずだったんだろあれ。ディス系だったんだから」
「女の子らしいよ。しかも美少女」
 その言葉に高杉は驚きで青い凪いだ目を彩夏に向ける。
「うわ、マジデ?」
「嘘だよこの停学三回野郎」
 彩夏が笑いながら早足で先に行くと高杉はがっくりと肩を落とす。
「わらえねー、それ全然わらえねー」
「ドントマイケル」
「誰だよマイケルって。俺は日本国主義だっつーの」
 肩に置かれた彩夏の手を振り払う。彼女は笑いながらスクーターを押して彼に言う。
「美少女だったらいるじゃなーい、ほら私という名の美少女が」
「お前の名前、私だったんだ、じゃぁ今日から私っていうぜ、おい、私ゲンキデスカ?」
「ま、そんなどうでもいいことはいいから」
 おまえがはじめたんだろ、と高杉が髪をがしがしと掻く。
「それより、その子、うちらのところに来る見たい」
 それをきいて高杉が止まる。
「うちって、法科制圧部? ジオイドにくんの?」
 らしいねー、と彩夏は長い髪を触りながら楽しそうに頷いた。
「うちらの後輩だよ。楽しみだね」
「めんどくせぇだけだよ」
 高杉は交差点を渡って学校の坂を上り始める。
 本当に面倒なのは自分たちのことだけではないんだろうけど、彩夏は思った。
「私たちのやってること、あんまり理解してくれなさそうだけどね。どうせ」
 

 

世界は三つに分かれ、そして二つに分かれている。そんなこの世界で何が分かり合えるというのだろう。

 

 

 

 

 

 

Still I am waiting.