ずっと遠くてもきっとあなたには近く感じられるのでしょうね。
東の空に薄く広がった薄紺色の空は、徐々に燃えるように下から照らされる光によって焦がされていく。その光にたなびいていた雲の下が焼かれ、うっすらと淡色の影を山々に落す。湿った空気が変わり、窓枠際から吹いてくる風をあびながらハルヒロは山の稜線を焦がしていく朝日をぼんやりと眺めていた。
義勇兵団宿舎の二段ベッドの上段で上体を起こしながら、何をするでもなくそうしていた。そうしていた、というより起きた時点で頭をフル回転させながら昨日、の話題をどうしたら解決できるか考えていただけなのだが。
――考えて解決するようなものだったらそもそも悩んでないよね……。
そうやって嘆息してベッドから降りる。少しふらふらするのはまだ酒が抜けてないからかもしれない。ランタとモグゾーに声を掛けようか迷って辞めた。頭を反対に振って自分が寝ていた下段のベッドを見た。もちろんそこには誰ももう寝ていない。幾ら――頭が明滅するほど考えてもマナトはどこにもいないのに。どうしてもその姿を探してしまう。そんなことも駄目だということを昨晩話したばかりなのにぬけていないのは別に問題があるからだ。自分達がやってしまった、もっというとまだ何もやっていないことがあるから。そうハルヒロはふらふらと部屋を出た。
沐浴小屋で少し顔を洗ってから外に出て職人街の屋台でパンを食べたが、もちろん食が進むはずもない。朝6時前ということもあって開いてる店はまだ半分だが、でも空腹ででたらそれは危険だということはわかっているので酔い覚ましだと押し切られて飲んだ果実らしきジュースでそれなりに調子は良くなった。そんなことをしているうちに時計塔の鐘が1回鳴らされ、朝6時を告げた。綺麗な朝焼けの光に目を細めながら、宿舎、帰りたくねーな、なんていうのがハルヒロの正直な気持ちで、でもまたそれで自己嫌悪に陥って地面に頭を落とした。
オルタナ北門前、朝8時。メリィも何時も通りに来ていたがやはり最悪な雰囲気には変わらない。ハルヒロはまずはメリィ以外、ユメとシホルに積極的に声をかけようと思っていた。かなり遠まわり、というかそもそも問題の解決になってねーんじゃねぇのと自分でも思ったけれど、どうにも他の解決策が思いつかない。
ユメとシホルは朝食帰りだったのか朝偶然宿舎廊下で出会ったけれど、なんだかぎこちない。とてもギクシャクというかやはり目もあわせられない。ハルヒロが「そういえば、朝、どうだった? 起きれた?」なんて意を決していった後に、そういえばって何だよと自分に突っ込みながら2人の顔伺うと、意外にユメは何時も通りほにゃっと顔崩して「おきれたよー」とほやほや挨拶してくるので少しほっとしたが、すぐに何故か首を傾げ、困ったように眉を顰めるとふいっと顔をそらして、「……うん、いつもどおりやった」と声のトーンを少し落として言った。
「……え? いつもどおり? そっか」
そうなるべく顔が強張らないようにして言ったが、なんで顔背けるの? なに返しちゃってるの? 昨日どうだったとか聞かないの? と自問自答した。案の定、シホルに目を向けると少しユメに隠れるようにしてハルヒロの顔を見て俯き、「…………お、おはよう」と小さい声で言った。正直、ランタのように土下座でもなんでもしたくなる対応だった。破壊力が凄まじい。本当に胃が痛い。俺、なんでこんなことしてるんだろうと心底思った。リーダーだから? 俺しかやる人がいないから? でも誰かどうにかしなくちゃならないのは分かる。このままでいいって良い訳がない。良い訳じゃないけれど、じゃぁ一体なにをすれば現状が好転すればいいのか、それがハルヒロにはわからなかった。マナトがいれば、と考えては何度も考えを打ち消してマナトの偉大さを身にして感じながら自分達達の問題と置き換えた。……本当にそれでいいのだろうか。
夕方になり、ダムローからオルタナに戻ってくると、それなりに収穫があった今日は、戦利品を市場で売り払い分け会うと、それぞれ口少なく労って分かれた。結局のところメリィとは全くといって良いほど口も聞けなかった。女性陣に話しかけるというかそもそも原因らしいのがメリィであって、それを入れてしまったハルヒロらが悪い……ことになるのだろうか、いやそこは悪いのだろう。でも、あの協調性のなさはどうにもできない。神官がいなくなるのはまずいが、遠からずこのパーティーを抜けてもらう、その判断も必要になる。その前にユメとシホルをどうにかしないと、と焦った結果は、今日は無駄に話しかけたわりに全部素通りして泣きそうになった。無視されないだけは、まだ話せる糸口はあるのだろうというか……。どう考えても主体性なさ過ぎる。まるで何処かの誰かがやっているかのように考えてしまう。それじゃいけないとわかっていてもこの苦境は自分に重過ぎる。ハルヒロそう頭の中でこねくり回し、はては夕暮れの空を市場をぶらぶらとしながら見え上げ、ぼうとした。
義勇兵団宿舎に結局帰ってきたのは少し後だった。ランタもモグゾーもいつも通りシェリーの酒場に飲みにいったのだろうが、ハルヒロはどうにもそんな気分になれず、夕食も適当に職人街で摂ってから沐浴した後、部屋に戻り、でもなんだか落ち着かなくて宿舎の廊下にしゃがみ込んでいた。宿舎は沐浴して藁のベッドで寝て過ごすだけの施設だ。もちろん安っぽいだけあって廊下の床の冷たさがジンと足裏に染みる。それでなにかいい案でもあるのであれば悩まなくても良いのに。そんなことを殆ど拗ねたような思考でずっとしゃがみでいたら、沐浴して上がったばかりなのか、木綿の服に、長い濡れそぼった髪を布で拭いて歩いてくるユメと会った。
「あ、ユメ」
思わず声をかけてからどうしよう、と後悔した。ユメはシホルほど難しい性格ではないと思っている。なんというかほにゃほにゃしてるというか、他人の気持ちに疎いような気がする。ハルヒロの声に目の前で立ち止まってくれたが目は合わせようとしてくれない。普段はみつあみにしてお下げにしてるのを今は、当然解いているのでまるで別人のように見える。女の子って髪型一つで変わるというが本当だな、なんてどうでもいいことをハルヒロは考えた。
湯上りのユメは無言のまま布で髪を拭いていて、何か言おうにも言葉がでてこなく、かなり気まずい時間が流れる。ユメの衣擦れの音と長い髪が落ちる音だけが廊下に響く。
「えっと……、シホルは?」
「部屋」
ユメにしてははっきりとした声で即答した。本当にやめてくれないかなぁ……。
「そっか、あの……」
ハルヒロは首筋を掻きながら立ち上がってユメを見た。ユメは以外にも目線を合わせてくれた。
「怒ってる?」
「怒ってない」
語調が明らかに怒っている。なんとなく切り出したけれどずっと触れなかった話題だ。触れたくない話題というのが本音。
「ほんとうに? でもなんか、」
「怒ってないってゆうとるやろ。それともハルくんはユメが怒るようなことしたん?」
「した、かも」
「なにしたん?」
ハルヒロは少し深呼吸して、ぐじゃぐじゃと悩んでいた問題の中核を口にした。
「ユメとシホルには何も言わないで、メリィをパーティーに入れた。あのままってわけにはいかなかったとは思うけど、少し早まったかなって。やっぱり。おれが一人で決めたわけじゃないんだけど」
「そやったら誰のせいなん?」
なんで追求する? そんなに、そこまで怒ってるのか? ハルヒロは少し目線を伏せて言う。
「……キッカワがメリィを紹介してくれて、決めたのはおれと、ランタと、モグゾーだから……まあ、三人のせいってことかな」
「ちがうやろ」
「え?」
急な発言についていけず視線を上げる。ユメは濡れ髪をふくのをやめてハルヒロのほうを見ていた。
「ちがうやんかあ」
「……ユメ?」
様子がおかしいので思わずうろたえてしまう。
「ちがうやろお」
そう言って立ったまま布で顔を覆ってしまった。突然の行動と感情の遷移についていけずにハルヒロは棒立ちになった。
「そうじゃないやんかあ、ハルくんのばかあ」
え、ちょっ。泣いてる? 布を通した声は少し湿ってる気がする。
「え、ちょっと――、え、ユメ、な、ど、どうしたの?」
どうしたらいいかわからなくユメの肩に手を伸ばそうとしたが触れたらまずいような気がして止めた。
「ハルくんは、なあんもわかってない。そんなんやから、ユメたち、こんなふうになってしまったんやろお」
布越しにユメがそういうも、ハルヒロは迷うというよりも反発心を覚えた。何についていってるのかわからない、けれどユメたちだけが、ショックや不満を抱えているような言い方をされるとおかしいと思ってしまう。相変わらず布に顔を埋めているユメをみてハルヒロは俯いてしまう。
「いやだってさ……、わかんねーよ、そりゃ。だってユメ達は話してくれないしさ。言ってくれなきゃわかんねーだろ」
ハルヒロはほとんど投げやりな答えだとわかっているものの、燻っていた不満の一旦を思わずいわずにはいられなかった。言った所でなんの解決にもならない。
「ユメ、自分の気持ちとか伝えるのとか苦手やんなもん。うまくできないもん。シホルはそれどころじゃなかったやんかあ」
「お、おれだって!」
思わず声を荒げそうになってハルヒロは留まった。ユメたちばかり、とは違うのだと。どこかで、いやずっと前から気づいていたんじゃないかというあやふやな気持ちが分かりそうな気がしてユメを責めるのは間違いだと思った。だから思ったままに口を動かす。
「おれだって、べつにしゃべるのとか、得意じゃないし。ショックだって受けてたし」
「そやからみんなおんなじやろ」
「そうだよ、同じ……なんだよ。みんな」
ユメのいう通り、ユメが伝えようとしている通りみんな同じなのだろう。この先どうするかとか、リーダーなんて嫌だとか自分の事ばかりじゃなくて。マナトの死を受けてみんなショックを受けているは等しいはずなんだ。
「みんなのせいやんかあ」
そう布に顔を伏せたまま、きっと泣いているだろうユメはしゃくりあげなから言葉一つ一つ紡いでハルヒロに伝えようとしている。
「こんなんなってしまったのは、誰かのせいやなくてみんなのせいやんかあ。ハルくんやランタやモグゾーのせいやないやろ。ユメとシホルのせいでもあるやんか。ちがう? だって仲間やろ。マナト入れて六人で仲間やったやんか。そう思ってるのはユメだけなん? ユメ、間違ってる?」
ユメの言葉にハルヒロは肺が押しつぶされそうなほどの衝撃と共感を感じて言葉を呑んだ。そしてもうからからに乾いた口から何とか言葉を口にする。
「……間違って、ない」
そうユメは間違ってない。間違っていたのは自分だとはっきり自覚した。「ユメ達を」ではなく、「仲間達」をということを。
おれ達は仲間なんだということ。マナトは確かに一人図抜けていたけれどもなにも六人分全てやっていたわけではない。楯役のモグゾーがいてランタがいて自分がいてユメとシホルがいてそしてマナトがいた。五人が不器用で半人前でもそれぞれがちゃんと役割を演じていたからこそこの六人というパーティーの、仲間でやれたいたのだ。マナトがそれらを補完しあってパーティーだった。それがハルヒロたちには凄いとみえていたのかもしれないが、マナトにしてみれば苦心の役割で大したものじゃないかもしれない。ハルヒロ達がいたからリーダーをやれていたのかもしれない。あの夜、ベッドでいった言葉は、もしかしてそういう意味なのだろうか。
マナトは全体を常に見て補い合っていた。リーダーとかじゃなくてやりたくて全員をフォローしていたように感じる。文句や不満も言わず、楽しいことも苦しいことも全部仲間と共有することで機能することが出来ていた。マナトがいた時はそれが出来ていたのにショックと混乱で「頼む」と言われたハルヒロはただランタ達と酒に溺れるだけで全員と向き合おうとしなかった。
自分とランタ、モグゾーだけで管を巻いていて。ユメとシホルはどんな気持ちだったのだろう。ハルヒロたちはメリィを入れたために話す機を逸した。けどそれはただの結果で理由にはならない。ちゃんとユメとシホルと向き合ってショックを分かち合って話し合うべきだったのだ。二人だって人だし、仲間なのだ。メリィのことだってすぐに二人と相談すべき、というよりするのが当然なんだ。
なんで。そんな基本的なことをわからなかったのだろう。なんでユメに言われるまで気づかなかったのか。ずっとマナトのことを見ていたハルヒロがなぜ気づかないのか。自分もマナトの死でショックだということに溺れていたのでは。
「ごめん、ユメ、おれ――」
そう言って仲間のユメを意識した途端に急激に理解できた。マナトの死に際にハルヒロに言った言葉。
――ごめんな。
マナトは直前の昼で全員を褒めた時、唯一ハルヒロは何も言われなかった。ハルヒロはなぜだろうと気にはしていたけれど、マナトも同じく「褒めてあげられなかった」ことを気にしていたんだ。
「あいつ――」
急に視界がぼやけた。まるで水面を下から見上げたような霞み。言葉では表現できない感情が口から飛び出しそうになってしゃがみ込んでしまった。涙が後から後から出てきてハルヒロ自身驚いた。両手で顔を塞いだものの意思とかまわず嗚咽が喉から染み出してくる。マナトが射なくなった時には全くでなかった涙も激情もようやく理解した時に出てきてくれる。
馬鹿じゃないか、と。ハルヒロは思った。死に間際までに仲間である自分のことを思ったのだ。ハルヒロに褒めてやれなくてごめんなと。馬鹿じゃないか。他にもっといっぱいいいたいことだってあったはずなのに。シホルとかみんなに言いたいことがあったはずだろ。もう駄目だってわかってたはずだ。それなのになんで謝ってんだ。意味わかんねーよ、そんなお前が仲間扱いしてもらうような人じゃない? そんなことありえねーよ。何で死んだんだよ、マナト。全てがわけがわからない。良いものがなんで亡くなってしまうのが。
とにかく思考はぐちゃぐちゃで、何が正しいのかさえわからなくなってハルヒロはしゃがみ込みながら泣いた。
「ハルくん……」
いつのまにか近寄ってきたユメが同じようにしゃがんでハルヒロを抱き締めてくれた。最初に泣いていたようにユメも涙を浮かべてハルヒロと一緒に泣いた。もう一体なぜ泣いているのかというぐらいハルヒロは号泣していた。ユメは泣きながらハルヒロの肩と背中を頭を撫でてくれた。互いの触れ合った頬は涙で濡れて互いの体温の暖かさを感じた。ユメもハルヒロも互いに、何かに怯えるかのようにしがみつくように泣いた。
泣いてしまった後のことなど誰だって分かるはずもない。感情なんてそんなものなのだ、なんて理性がようやく働くまでにはハルヒロは正気に戻っていた。思い切り泣くというのは清清しくもあるけれど、そのあとは放心状態のような、体中の液体を出しつくして干からびたかのような――何とも言えない虚脱感があった。そしてユメとは抱き合ったままだった。まあ、そのままの状態でいつどっちが泣き止んだかわからないのだがハルヒロもユメも顔はぐずぐずになりながらすっかり涙は枯れている。でもぎゅっと互いに引き寄せ合って身体が密着した状態はハルヒロにとってはなんというか、こう、仮にも男として如何ともし難い状態だった。ていうか女の子ってなんでこんなに柔らかいの? とか香水だのつけてるはずもないのになんか甘い匂いがするのはなぜ? 女の子ってそういうものなの? だの正気に戻ってだんだんとこんな状態はまずいんじゃないの? と焦ってきた。というかユメが何も言ってくれないのが微妙である。このままでいいの、というかなし崩しの格好で抱き合っちゃってるけどいいの、ていうか何考えてるんだ、仲間だろ仲間、みたいな思考ルーチンをそろそろ数十回、酸欠気味の頭で考え続けた。
「ハルくん」
そんな考えをしていたのもあるし、まさかユメから声を掛けてくるとは思わなかったので正直慌てて「う、うん?」となんとも微妙な返事を返してしまった。
「ユメなあ」
ハルヒロとは違ってユメの声音は、いつも通りのほわほわしたような声に戻っていた。「うん」と返事をして先を促す。
「ユメ、頑張ってみる」
そういってハルヒロをさらにぎゅっと抱き締めた。元々力があるとは言っていたけれど、攻撃とただの抱き締めでは全然違うんだな、なんていうくだらない感想が思い浮かんだっていうか変な感じになるからやめてほしい。
「な、何を……?」
「メリィちゃんのこと。仲良くなれるかわからんけどなあ。やってみる」
ユメがすぐ傍にある顔をこすり付けるように動かして、ふわりとした髪が顔をかすめてなんともいい匂いがした。うん、だからやめて。
「あ、ああ、そ、それね。うん、それは……そうしてもらうと助かる、かな」
「ユメにできるかなあ。ほんとはちょっと不安やねん。メリィちゃん、ユメのこと嫌いやと思うねやんかあ」
嫌い? 以外な言葉に首を傾げたくなる。
「え? そう? そんなことはないと思うけど」
「たまあにやけどな、目が合うとな、すっごい冷たいねん。目つきとか表情とか」
「や、それユメだけにじゃないから。メリィは平等に冷たいし……」
「そうなん? それやったらだいじょうぶかなあ。もっとむつかしい気もするねんけど」
メリィとの和解、というか仲良くなるなんてむつかしい、なんて範囲は確かに超えている気はする。そもそも歩み寄りがないからだろうけれども。
「まあ……たしかに、そうかも」
「ユメ、できるかなあ、頑張ってみるけど、ハルくんにお願いがあるねやんかあ」
ユメの話はよく飛ぶので慣れているけれど少し意外な言葉だった。
「お願い? おれに?」
「ユメ、発見したんやけどなあ、こうやってぎゅっとされてるとなあ、めっちゃ落ちつくねん。そやからな、もっとぎゅっとしてな、ユメのこと励ましてほしいって思うねやんかあ」
「い、いいけど」
たどたどしく了承してしまったけれど、異性的な意味合い上いいのか、まぁいいのか励ますだけしね。もう抱き合ってるし、なんていい訳じみたことを考えてから、ユメを抱き締めている腕に力をいれた。もっときつく、ユメを自分に抱き寄せる。きつく抱き締めるとユメは「んっ……」なんて声を漏らすものだから壁に頭突きしたくなった。そんなことされたら色々おかしくなって箍が外れる、っていうかなにが外れるのかわからないけど、ヤバイって。マジでヤバイ。「そういう気」でもないのにとにかくただ励ましだ励まし。ハルヒロは力をコメながら目を瞑って言う。
「頑張れ、ユメ」
ユメは黙ったままゆっくり肯いてくれた。……もういいのかな? どうなんだ。
瞑った目を開けたらそこにシホルが立っていてハルヒロの時間が止まった。
「……あ」と声をあげるとユメも「ほ?」とシホルのほうを見て、同じく「……あ」と声を出した。
なぜか三者はにらみ合ってるかのようにその状態のまま凍りついてどれくらいか時間がたった時になんだかシホルがふらふらし始めた。
「え、え、え、っと……」
どうみてもパニックに陥っているようだがこっちもパニック状態。というかシホルはいつからそこにいたんだ? まったく気づかなかった。それとも気づかないほど周囲のことが頭から飛んでいたのだろうか。
とにかく。これは非常にまずい。や、まずいってもんじゃない。誤解を招きかねないというか誤解しか生まない状態だ。ユメとハルヒロ、抱き合ってる。うんもう駄目ジャン。
ユメとハルヒロは同時に腕を解いて飛びのいた。そして「ち、違っ!」「ちがうよ!」とまた微妙な弁解めいた台詞ではもって互いに顔を見合わせた。というか。これで違うといわれて何が違うんだって感じだけど。
「ご、ごめんなさい、あたしっ!」
同じくパニックになってるだろうシホルは、なぜかふらふらしたまま後ずさりしながら叫んだ。
「ぜんぜん知らなくて、今まで、ふ、ふとってるし、鈍いから、あたし、本当に、ごめんなさい!」
パニックのままどうみてももう立ち去ろうとするシホルにハルヒロが言う。
「や、だから、違うって!」
何が違うの? って返されたら何もいえないんだけれど。
「そ、そうや! ユメはただ、ハルくんにぎゅってしてもっらだけで!」
「……ユメ、それはあんまり適切な説明じゃないと思うんだけれど」
「ほぇ? どうして?」
ユメの天然な反応にどうしたものかなあ、なんて思ってるとそれが決定打になったのか、シホルはあわあわと顔を赤くして、
「お、お邪魔しました……!」
そういうとばたばたと駆け足で去って行った。なんだろう、この何もしていないのに凄い背徳感は。
ユメは「うぅー」と唸って両頬を手をこすって、「まあ、あとでちゃんと話したらいいんかなあ。どうせシホルとは部屋一緒やしなあ、そうしようか」
「まあ、そのへんは任せるけどね……」
ハルヒロは首筋を掻いてから深いため息をついた。問題が解決したっていうのになんだかさらに問題が出来たって言う感じ。
ユメのほうをちらっとみてみたけれど、やっぱりまずい。なにがまずいかってさっきまで抱き合っていた女の子なのだ。好き嫌いの領分じゃなくて本能的に意識してしまう。言葉より行動っていうのは物凄い偉大だなとか思ったり思わなかったり。ユメは仲間としての感情があるにしても、そういう特別なものはないと言える。それなのに抱き会うなんてことはしたらだめだ。もちろんそれで意識するなんてことはないんだろうけれど。
ユメはどうなのだろうか。普段みているとまったく恋愛なんて縁遠いというか疎い感じ見えるけれど、やっぱりないんだろうな、とまたハルヒロはため息をついた。
「そんでな、ハルくんがおったから、前から思ってたこと、言ってみようと思うねやんかあ」
義勇兵団宿舎二階。そうも広くないのでベッドの下段に腰掛けたユメが、同じく下段の対面のベッドに腰掛けたシホルに先のことを説明していた。宿舎には四人部屋か六人部屋しかないが、ハルヒロたちはモクゾーの身長の関係で六人部屋、ユメ達は二段ベッド二つの四人部屋だった。特に不自由はないけれども別に快適でもない。
最初、シホルはパニックのままにユメのいうことを流し、流してユメ以上に息も荒く、でも部屋を出るというわけにもいかず、ベッドの上でなぜか謝罪しまくっていたが、それさえも全てうけとめる、というかさっぱり意味がわからない様子のユメのほわほわした性格で幾分か落ち着いたようだった。やはり自分たちは相性がいいのだろうとユメ思う。
「でな? みんな一緒にかんがえなああかんって、前にシホルいうとったやねんかあ。だからな、ユメ、説明へたくそやけどなあ、頑張ってしてみたん」
シホルは真剣にユメの話を聞いている。時折かすかに相槌を打ちながら聞く。元々ユメが言った事はシホルと話し合って、どうしようかと考えたものだ。でもマナトの死で一番ショックを受けたシホルはもちろんそれどころじゃなかったけれど、メリィの加入後は気にはしてくれたようで、多少ユメが相談を振っても反応してくれるぐらいは、乗ってくれた。きっと今のままパーティーではだめだということはわかってはいたんだろう。
ユメはシホルに好きなだけ時間を与えて自分から回復してくれる、それを全力で支えようとしていた。なんといっても問題は恋愛。恋。シホルはマナトに恋をしていたということはユメもわかっていたが、わかっていただけでどんなものなのかは具体的には知らない。ユメにとって恋愛とはさっぱりわからない、というかそもそも興味がないのでどういうものかすら検討がつかない。でもシホルは失恋したのだ。失った。それを仲間としてどう支えるべきか、それにハルヒロらのこともあって二重に悩んだ。
ユメは基本ぼーっとしている。なんだか変に思考も飛ぶ。それは自覚している。難しいことがあると思考が停止してしまう。それでもユメなりに考えて思ったことを伝えるぐらいは出来たのだ。バラバラになった仲間をどうすべきなのか、それもシホルに相談すべきじゃないし、メリィのことで不満も怒りももちろんもったけれど、ハルヒロが一番悩んでいるのも知っている。自分たちに相談して来ないのはメリィを入れた負い目を感じているからだろう、でもそんなことじゃなくて、その悩みをユメ達と一緒に共有できなかったのが何よりも悲しかった。
そんなことを含めて所々脱線しつつシホルに聞かせると一応納得してくれたみたいだった。
「……うん、ごめんね。なんか勘違いしちゃって」
「あやまらんでええよ。ユメがなあ、勝ってにしたことやからなあ」
シホルはまだきっとマナトのことで落ち込んでいるのだろう。そんな感じはする。だから心配はする。
「シホル、まだだいじょうぶやないよなあ、ごめんなあ、ユメわからんからなあ」
「そんな、こと……」
一瞬否定しようとして俯き、そしてまた顔を上げる。
「……そんなことないっていうのは、嘘。でも……今のパーティーが大切っていうのも、よくわかってる、から」
多分シホルはユメよりもパーティーのことをよくわかっているような気がする。前に聞いた話なら一番後ろで見ているといろいろわかるらしい。ユメは長髪をひっぱって首を傾け、ふんわりと笑う。
「ほんと、ごめんなあ、ユメ、まだシホルにはゆっくりしていてほしいと思うねやんかあ」
「……ううん、今のパーティも大事だと……、思うから」
「ならなあ、メリィちゃんと仲良くしてみるっていうのは、だいじょうぶ?」
「うん……、メリィさんが加わったってことは、わたしたちの仲間って事だと思うから。凄く怖いひとだけれど、ちょっとずつ、仲良くなっていければ……皆と仲良くなる協力が出来れば、いいかなって」
そこでユメはむふぅーとため息をついた。
「シホルはつよいなあ。ユメなんかふにゃふにゃやねんかあ。こわいこととかにがてやん。だからきっとシホルにたよってしまうっておもうなあ」
「それは……別に大丈夫。……頼ってほしいし」
それをみてユメふにゃっとした笑顔をしてシホルも少し微笑んだ。何日ぶりに笑顔を見ただろうか。
「そう……いえば、ね。なんでユメはハルヒロくんの誤解を解こうと思ったの?」
「うにゅ?」
シホルは首を傾げているようだけれど、質問の意味がわからなかった。わからなかったからそのまま言う。
「なんでっていわれてもなあ。シホル、ユメとハルくんが、れんあいかんけいとかこいとかって勘違いしたままだったら、シホルは、ユメともハルくんともふいんき悪くなると思うやねんかあ。勘違いはあかんからなあ。だったらちゃんと解いておかないとあかんわけやんなあ。仲間やもん」
「な、仲間…………。え、っと。なんていうか、そ、その、ユメはハルヒロくんと、だ、抱き合って、その……どきどき――とかしなかった?」
「うぅー? どきどきというか、ハルくんもユメもめっちゃ泣いてたしなあ。どちかっていうとユメが泣いてたのを励ましてくれたな、どきどきっていうよりもしくしくって感じやねんかあ」
シホルがなぜかそこで盛大にため息をついた。なぜため息を付かれたのかわからないユメますます首を傾げる。
「そういう……人っていうふうには感じないわけなんだね」
「ふみゅ? ハルくんはひとやけどなあ。ひとっていうよりも仲間やしなあ。なんで?」
シホルは諦めたようになぜか俯いてごめん、忘れて、と言ったのでユメはますます首を傾げたが、すぐに明日どうしようかとう話題に切り替えた。
I think that it will be surely fine tomorrow.