わたしは約束します。きっとあなたを助ける事を。
最初は父のほんの気まぐれだったかもしれない。
来日していた円谷正孝とアドニス・オルグレン両名とは彩夏の家族含め、幼い頃から家族ぐるみで親しかった。だからかもしれないが、父とアドニス先生に緊張関係が続いているとはいえ、在日米軍基地へ見学につれていかれ、なんの流れか射撃場のレンジに立たされたのは。
まだ十三歳だった僕は嫌でも銃の重さとその恐ろしさを身につけさせられた。その当時になってみれば、それを静観していた父も、喜んで教える先生も理解できなかった。泣きべそをかきながらとても持てない鉄の塊の引き金を引き続けた。
ただ、もしかしたらアドニス先生はたった十三歳の子供を本気で訓練する気でいたのかもしれないが、今となってはわからない。
最初の十二発、全てを的の中心に必中させた僕に。
江東区にあったその小さい基地が、紛争によって横須賀に吸収されるまで彩夏と銃やら柔道やらと訓練を受け続け、派遣先でなんの運命か、出会ってしまった円谷先生とアドニス先生に有事だからと叩き込まれた。
パークタウン州軍学校の射撃場でアドニス先生は様々な銃と色々な武器を並べ、何がいい? と僕に聞いた。
僕は近場にあったナイフを取ってこれが良いと言うと先生は大笑いをした。何がおかしいのか途惑っていると先生はなぜそれを選んだ、と聞いてきた。僕は銃は怖いというと更に大笑いをした。お前にはまだナイフは早いと取り上げられ、銃を渡された。
お前は戦うことに迷いがある優しい性格だ。そんな奴にナイフを持たせたら殺されると。
だから銃がいいと言った。
そういう先生の顔は満面の笑みで僕の頭を撫でた。
この時、初めてアドニス・オルグレンという軍人は英国陸軍少佐という階級だということを知った。
ノックバックする銃を脱力して力を逃がしながらまたトリガーを引く。
あの時、なぜアドニス先生がナイフを止めたのかは分からなかったが、人並みに使えるようになってからそれがよくわかった。
的を変えて連射で中心を打ち抜いていく。薬莢が時折顔に当たってその熱さに自分の冷静を確かめられる。
僕は使う前からナイフを人並み以上に扱えてしまっていた。知識がないのに技術が卓越初めから卓越していた。先生は教えているとき理由は言わず、天性の才能と言っていたが、また子供には不要な才能だとも言っていた。
地面の五つの的が同時に立ち上がると射線を変更して三点バーストで打ち抜いていくが、二枚でバレルがコックした。そのまま右手の銃を離すと同時にヒップホルスターの銃を左手抜き放ち残り三枚の中心を抜いて、全体をなぞっていく。
先生はきっと僕に途中で教えることが間違っていると思ったのだろう。平和でいられるはずの子供が、「望む望まないどちらかを選択していたか明らかだった」としても、それはこの時代では僕を不幸にすると思ったのだろうと思う。
バレルがコックしたと同時にマガジンをリリースしてリロードし、コックを外して射撃体勢に戻る。今度はツーハンドで的の頭、足を順々に撃ち抜いていく。
それでも、先生は教官として仕事を全うした。一体どうしてそこまでしてくれたのかはついぞ聞けなかった。
全弾打ち終わり、コックした銃からマガジンを抜き、一度バレルをスライドさせてセーフティをかけて目の前のレンジの棚に置いた。薬莢が転がっている足元と銃からマガジンを抜く作業をして考える。
どちらにせよ。僕には銃もナイフも必要ないのだと、先生は教えたかったのかもしれない。
先生はそんな事は考えなかったかも知れないけど。
でもきっと覚えなくてもいいこと覚えてしまった事に罪悪感があったのだろう。ただの子供に。それを気紛れで。
そしてそんな分かりもしないことを夢想する自分に嫌気が差す。
していた耳栓を外していると、後ろから武藤さんが耳当てを首に下げて言う。
「いや、もう採点する必要もねーな。パーフェクト」
僕は上下長袖の私服の上に防弾チョッキをつけているが、武藤さんは普段のスーツ姿の格好でいるとどうにも異質に感じられる。奥のベンチには同じく梶原さんが、驚きなのか賞賛なのか笑顔で僕を見てきた。
あれから五日、能力テストとは武藤さんが言ってはいたが、どうやらどのくらい通用するかどうかをみたいらしく、ただとにかく与えられた課題をこなしていくだけだった。市谷駐屯地では射撃場での射撃、狙撃、又は格技場での対人格闘から防具をつけての剣道、さらに摸造刀による試合。摸造とはいっても刃は鋭利で防具に入ったら確実にめり込むものだ。
対人格闘から剣道まで全て梶原さんが相手をしてくれた。なんだか他の仕事までしているというのに時間を割いてくれてたようなので、少し申し訳なく思ったけれど気にしないで、といつもの笑顔で返す彼にはどうにも同情を誘われた。
特に梶原さんは交渉役だから後方専門と思ったら大間違いで、格闘技諸々バリバリの達人クラスだったのは当然と言うべきか。
興味があったのは格闘技の技。こちらが腕を絡めて重心を崩したと思ったら、気づいたら床に倒されている。上段打撃のフェイントから左上段蹴りをしたらあっさり捕まれて足払いから倒され寝技。
打撃を捌いて攻撃を返すと腕を固められぐぅ、と言うまで固定される。詰まるところ、相手の体の破壊を目的としたもの、近接格闘技に似ていた。そのものじゃなく似ていたのは本来相手を破壊する、制する目的のところの近接格闘より、柔軟だったからだ。
「僕のは確かに近接格闘術には似てるね。でも僕はどちらかと言うと逮捕術から円谷さんに教わったから、どちらかと言うと自衛隊格闘術といえばいいかな」
しかし恐ろしいほどまで鍛錬されていた梶原さんの技はもっと別の、そう僕が使っていた物と似ている。
前に高木さんが言っていたが使い手は僕含めて三人の「円谷流格闘術」だ。名称通り、円谷個人が考案したもので、現行の自衛隊の格闘技の素案でありそれの作成をしたのが円谷一佐で、オルグレン大佐と共通のコーチを持って教えられた機会があったのはこの三人ということだったらしい。なんでも試験的に日本の格闘技を取捨選択、僕に教えたのがきっかけで、高木、梶原さんは余興が乗った、というかノリで南に行く前に訓練を受けたという。
「そのときにはすでにちゃんとした格闘術があったからね。わざわざ変な格闘技を覚えるとクセが出て、足元掬われるとかいって教えちゃうのが円谷さんだけれども」
そんなことを笑いながら言う梶原さんに少しだけ共感できた。
実際のところ、僕は慣れるまで円谷流を使っていたし、そうそう習得した格闘技を変えれるものじゃない。空手と合気道に大陸拳法の三分類で訓練しなおすまでクセがでた。実際に梶原さんにやってもらったら、足裏に隙が出来て軽く転ばせる事ができるし、打撃の後、腹が開くので空手で吹っ飛ばせる。あくまで近接で相手を制圧するもので破壊するものではない。でもまぁ、使い手ともなるとそんな隙すらないのだが。
そのクセをついて梶原さんをすっ転ばせた後の刃引きした真剣による防具試合ではボコボコにされた。五段持ちでちゃんとした剣術を持っている剣士に勝てるわけがない。
そんなこんなで場所を西に移して朝霧駐屯地というところで連日射撃ばかりしていた。どうにも先の自衛隊駐屯地編纂で廃止になった部署がここに集まってるとか。よくわからないけれど。
僕は使った銃の初弾が薬室に入ってないか確かめてからスライドを戻し、弾層を空にした後に安全装置をかけてレンジにおいて離れた。
「いや、もう何度もやってますし所詮的ですから法則性を覚えちゃえば抜くの簡単ですよ」
「いや、その中心抜く以前に風向とか色々あるんだけれどね」
そう言って梶原さんがいつもの笑顔でヘッドセットを横の机において立ち上がる。
同じくスーツ姿の武藤さんは何時もの無表情で立つと、僕と梶原さんを見て言う。
「じゃあ、締めに近接戦闘でもやるか」
「近接戦闘?」
僕が疑問の声を上げる。格闘技、はやったからそれに類する物だろうけれど。そんな僕に梶原さんは、
「日本特有の表現だね。CQBだよ。屋内戦闘みたいなものだ」
そう笑顔で説明してくれる。
「そうは言っても、あんまり射撃とかとかわらないな……」
左手首に嵌めた頑丈そうな腕時計を見る。十分経過。現在階数は三階通路中ほど。四階の梶原さんまで直線で言えば約二百メートル。
あの後、駐屯地の脇にというか中にそれほど広くない模擬市街戦及び室内戦を想定された建物やプレハブが建てられていた。対テロ用の訓練に使われたり銃火器の近接戦闘訓練時に使われたりするらしい。それぞれの駐屯地にはあるにはあるが大規模なものは日本では三箇所あるとかどうとか梶原さんが話していたが、まあ、僕にとっては訓練できればかなりどうでもいい知識なのだが。
内容としては簡単。四階建てのプレハブ二棟から、立てこもった犯人役、梶原さんを僕が正門から突破制圧するという状況。装備は上下迷彩使用の陸自の支給品に、僕のリクエストで軽量型のタクティカルベストに運動靴。武器は機関銃にMP5が一、拳銃にグロックが一。ナイフが三本にスタングレネードが一。予備弾層が四。最小限の装備で突破しろということ。
外で跳ね上がった標的に撃った弾を見たが、初めて使うペイント弾だった。海外の軍事訓練では使用されてるとは聞いたことがあるが、日本の一部でも使われ始めてるらしい。
そんなこんなで無難にクリアしていき、左右の内、トラップの多さから左棟にいると判断。中は障害物になるような机が転がっていたり木屑が散乱、何度も使いまわしている事がわかる。窓は危険だと判断されたのか、ガラスが抜いて枠だけだった。廃屋のプレハブには簡単なテグスを使った粉末トラップやら、網が飛び出す対人地雷らや、土台に固定されたコンピュータ制御の自動機関銃に予め潜伏していた犯人役の自衛隊員やらがいたが難易度は高くなかった。ペイント弾は銃から発射されるため決して威力は低くなかったが、そもそもの火薬量が調整されてるらしくそのまま頭にうけても大丈夫らしい。ということで先の自衛隊員にはヘッドショットで退場願ったが、彼らのベルトを拝借した。現場にあるモノはなんでも使っていいということだったので。
あっちの制御か、空中に跳ね上がった対人地雷を床に転がるように避けて、そしてすぐさま頭を下げる、と、壁にペイント弾が付着する。
右棟からの狙撃。三階に上がってから狙撃が始まったが、ポンっという火薬が少ない弾特有の音にどうにも相手の場所が特定できない。撃った瞬間の狙撃手を二人当てたが、屋上にいるのはどうにも出来なかった。
三階突き当たりまで来て四階への階段の踊り場で一旦止まり、工作をする。一階で回収した六メートルのロープを肩にかけて自分のベルトに通して固定。回収した三本のベルトを特殊な結びで一本にし、片方にはスタングレネードを縛る。
「さてと」
三階踊り場から三階に戻り、ダッシュで突き当たりの窓枠をけり壊すと窓枠を両手支持しながら四階の縁へ懸垂の要領で一気に倒立、屋上の狙撃手が見えたが、流石に驚いて止まっていた。そのまま寝転がるように縁に倒れ直に同じく四階上の屋上に、登り、フェンスにベルトを縛り、そして自分のロープを縛った。
ベルトの長さが「ちょうど窓へ入ったところで止まる長さ」で、先にスタングレネード。そのピンを外して四階窓――梶原さんが立てこもっている部屋と投げ入れた。
「物凄い命中率ですね。頭の後ろに目でもついてるんですかあれ。狙撃すら避けてますよ」
横で監視カメラとトラップ制御をパソコンでしてた隊員が言う。
「いやー、あれはアッチのほうでもそういう訓練してたらしいから慣れてるんじゃねぇの」
そう、まったく感心がないように無表情でタバコを銜えている武藤は、両棟が見える屋上で片手に無線機をもったままぼー、っと様子を見ていた。
上がってくるのは歴戦の隊員の退場報告に全てのトラップつぶし、狙撃手が反対に撃たれるという始末。
そもそも梶原が左棟にいると判断したのはあのトラップのクセだろう。梶原と智之は最初こそは互いを探り合っていたが、元々どこか気に入った所があったのだろう、訓練をする度に会話の回数は多くなっていたように見える。
いや、多くなってもらわないと困る。これから何がしかのテロだのと相対しなくちゃならんというのに身内で足並みそろってねーなんて考えたくも無い。それで失敗して全滅したとかいう隊はいくらでも聴いたことがある。だからこそ、だが。あの二人には互いを信頼できる関係になって貰わなければならない。智之は稀に見る敵さん側の情報を持った凄腕少年兵だ。これを使わない手はないしがその手綱を引くのは梶原しかいない。
だが一つ気になってるとすれば、最初に課にきたとき言っていた昔の暗殺の件。さすがに管轄が国家公安委員のため、自衛隊のほうまで情報は上がってきていない。調べれば幾らでも出てくるだろうがそれは警察庁の佐々木真奈が許さないだろうし。
「……結局二人でお方付けしてもらわないということにはかわらないか」
「なんですか?」
タバコの灰を灰皿に落としながら言った言葉に監視の隊員が言う。
「いやいや、奥手の恋人二人はどうやって結ばれるかって言う話」
武藤が苦笑しながらタバコを銜える姿を隊員は不思議そうに首を傾げる。
『こちらC2。突破されました』
『屋上狙撃観測です。対象は三階階段で止まりました』
がんがんとトラップを突破していく智之が、止まった? ラストは四階の梶原だけ。
「一騎打ちじゃないとすると……」
武藤は双眼鏡で梶原のいる部屋を覗き込んで、「階段から一直線下」ということに気づいた。無線機の周波数をボタンで変えて吠える。
視界ではすでに三階の窓枠が蹴り破られていた。
「梶原、窓から来るぞ!」
「うっわー、完全に僕、やられ役だよね」
無線機から続々あがる智之の進撃に笑いながら、いい加減準備をする。部屋の入り口は一つ。窓もあるが広い部屋なので念のために五メートル距離をおいておく。机とプリンターを横倒しにして即席塹壕を作り、入り口、部屋に二箇所トラップを作成。
こちらの武器は同じく機関銃一丁と拳銃にグロックが二丁。予備弾層は床において格闘戦を想定しておく。
とにかく入り口に銃口を向けて智之が現れるのを待つ。元々パークタウン州軍の軍学校で学んでいたのだろうから何が飛んできても不思議じゃない。
『屋上狙撃観測です。対象は三階階段で止まりました』
床に置いた無線機から自衛隊員の声がした。
階段で止まった。 なぜ? 今まで直進してきたのに止まる理由は……。
しばらくして、横の窓を見た。
『梶原、窓から来るぞ!』
その声と同時に部屋は光と音に包まれた。
スタングレネードが空間発光したのを確認して、即席ロープでラペリングする。股を通して背中から肩に落とし、右手で一気に数メートル降りると勢いをつけて窓枠を蹴り破って、ベストから出したナイフを両手で持ち、上下のロープを切って転がりながら侵入、そのまま梶原さんの所へ突入する。
スタングレネードは床に転がすよりも空中のほうが効果が発揮される。それがどのくらい梶原さんに通じたかわからない。
現に梶原さんは片目を瞑って、発砲してきた。しかし音響でやられたのかまったく当たらない。ナイフを拳銃に投擲して銃を落とさせると僕は背中に吊っていた機関銃で斉射するも、梶原さんは目前に迫った僕に机を蹴飛ばして掴みかかろうとした。
しかし機関銃を捨ててもう一本のナイフを梶原さんの首と胸に寸止めしたところで終わった。もちろんナイフは強化プラスチック製だけれども。
右手の拳銃に左手でなにか掌底をつくった肩の梶原さんは少し残念そうに微笑む。
『よし、CQB能力テスト終了! 智之オールクリア』
館内放送から武藤さんの声が響いて僕はようやく力を抜く。上にある監視カメラを見て息を着く。ぶっちゃけスレスレだった。順当に入り口から入って混戦しても良かったが、梶原さんの事だから負ける確立も高い。だから確立を減らすための窓から。奇策というか力業もいいところだけれどなんとか上手くいったというところだ。
梶原さんはすでに銃をしまって両手を天井に向かって伸びをして転がってる椅子の一つに座ってため息をつく。
「はー。終わった」
物凄く疲れたようなため息。まあ、その所は少し申し訳なく思う。この僕の訓練のために何日かは止まりこみだったのだから。
僕もナイフをしまうとその場に座り込んでしまう。ぶっちゃけると僕も連日訓練でつかれていた。
「いやー、まさかとは思ったけど、本当に窓から来るとはおもわなかったねえ。特殊部隊以上じゃないの?」
梶原さんが疲れているのか抑揚のあまりない声で言う。
「はあ。なんというか梶原さんに正面突破しかけても返り討ちに会うなーとか考えてたら自然と」
その発想が凄いんだよ、と少し梶原さんが苦笑し、僕も少し微笑む。
「ああ、あとさ、藤沢祐樹の母親を殺したのは僕だ」
突然の告白。いや、ただの事実をいっているかのような淡白さで梶原さんは言った。その彼は少し気まずそうに頭を掻いて言う。
「実際の所、僕が殺したかどうか分からないんだ。智之君も知ってるとおり死因は交通事故。だが、あの時の情勢では暗殺と思われて仕方ない。だけど、僕がやったことといえば、祐樹のお母さんとは例の事故調査の過程でお会いしたことぐらい。当時は彼女も必死でね。かなりの剣幕で援助を求められた、だけど僕達は一介の警察官だ。上にも話しを通したけれど一切関わるな一点張り。日本政府も自己保身に走っていたから面倒ごとは背負い込みたくなかったというのが実情だね」
でも、それだと、
「梶原さんが殺した事にはならないんじゃないですか?」
梶原さんは少し黙った。話を整理しようとしているのか少し僕を見て、両膝に両肘を乗せて言う。
「いや、僕は彼女を見捨てられなかった。当時の僕は今ほどじゃないけれど熱血だったからね。彼女に僕の私用の電話番号を渡していた。そして何回もあって今後のことを話していたわけさ。そこで……イギリス側の関与していた軍将校が一人、銃で撃たれた姿で発見された事件が起こった」
「……それは僕も聞いていません」
「極秘のものだからね。だから僕は彼女を呼び出して直に帰国するよう説得するため、呼び出した。だが事故が起こった」
…………。
「被害者団体のトップが死亡だからね。暗殺の線はないかどうか調べたが、事故車は火で完全消失。だけど、周辺住民から当日怪しい二人組みを見かけたという証言がとれた。さあ、そこから捜査だというところで先に帰国していた真奈さんに強制帰国させられたというわけ」
話は、よくわかった。
これは恐らく梶原さんの僕への、というか被害者全員への贖罪、罪の懺悔なのだろう。助けられたかもしれない命を助けられなかった自分への自己嫌悪。言いたくても僕のような子供にしか明かせない秘密。そしてその秘密の小ささに対するバカらしさに苛立ちが募る。
彼が「殺した」というのは殺した過程に自分が入っているということだ。自分が殺したわけでもないのに自分が殺したというその優しさ。欠点となるその点を僕に露呈している。
口を開けるのに開いてはいけない。そんな状況に今自分は置かれている。「そんな経験は僕は何年も経験してきた」。
共感は出来る。だけれども、
「それは、本当に真実なのですか?」
嘘と言う事は無いが、梶原さん自身が曲解している可能性がある。
梶原さんは僕を見て、そしていつものように微笑む。
「僕が嘘や誇張を言うと思うかい?」
「いえ、思いません」
即答した。僕は微笑まなかった。
でも、彼は信じるに値する。いや、信じようと思う。こんな「怖がり」な人が嘘を言うはずが無い。
「そっか、じゃあ、早くお姫様達を助けないとな」
そう言って梶原さんは立ち上がった。
□
どういう上でのやりとりがあったのか、僕は梶原さんと二人一組で組まされる事になった。もちろん正式な手帳まで発行され、正式な四課の課員となった。
「いや、ガタイと身長がいいからそのままスーツ着てても拳銃目立たなくて助かったわ」
と、武藤さんは言って分厚い書類を僕に渡してきた。ここ最近の東京で起こったテロの詳細な経緯と考察などなどだった。
僕もこの「レアノア」が関与してるテロは興味が前々からあったので実際に見回る日々を送った。
そして三日後、八月二十五日。四課のオフィスの会議室に佐々木真奈情報局局長に高木さん、武藤に梶原さんほか数名の課員が集まっていた。
議題はもちろんのこと、僕が情報提供した来日するイギリス将校を「レアノア」が殺害するというものだ。
厳密には現在日本にいる菅原彩夏と長谷川和美二人がやるであろうと。
着慣れていないスーツ姿で会議室の前で僕は言う。
「すでにわかっていると思いますが、今回、日英同盟後の被害者支援の日本政府との答弁参加として来日されるアークライト駐日英大使、アストン中将、その他書記官などいますが、今回襲われると思われるのが現在、オーストラリアに在留しているイギリス軍の全権指揮を持っているアストン中将と思われます」
僕が資料を見ながら言う。座って、何も言わずに手元の資料に目を通している。
「今回の目的はアストン中将の護衛ではなく、菅原彩夏、長谷川和美両名の身柄拘束です」
Reality is always cruel, but there is the help.